1955年長野県生まれ。メディア文化評論家。'81年テレビマンユニオンに参加。以後20年、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶應義塾大学助教授を経て2020年まで上智大学文学部新聞学科教授。著書に「『北の国から』黒板五郎の言葉」（幻冬舎）、「少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉」（新潮社）ほか。

碓井広義

<figure id="attachment_374702" aria-describedby="caption-attachment-374702" style="width: 1200px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="429f9f43"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2024/05/ff046ec65dd501a802f0292596d1af37.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-374702" class="wp-caption-text">イケメン３人からモテモテのめるる、という王道のラブコメ設定はおじさんは敬遠しそうだが……（『くるり～誰が私と恋をした？～』番組公式Xより）</figcaption></figure>
<p>現在放送中の『くるり～誰が私と恋をした？～』（TBS系）。記憶喪失のヒロインと彼女を知る３人の男が登場するドラマだ。</p>
<p>当初、美女とイケメンたちによる物語は、よくあるラブコメの王道かと思われた。だが、それだけではないものがこのドラマにはある。</p>
<p>また視聴率としては可もなく不可もない５％台の数字が続いているが、決して下落してはいない。この状態をキープするのに貢献しているのは、固定のファン層がついているからだと思われ、その中に少なからず「おじさん」の視聴者もいるらしい。彼らを惹きつけているのが、主演の「めるる」こと生見愛瑠（ぬくみ める）の存在だ。</p>
<p>本稿では、「ホップ・ステップ・ジャンプ」ともいえる生見の軌跡を振り返りながら、おじさんたちをも巻き込む彼女の魅力を探ってみたい。</p>
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<h3><span class="strongInContent">ホップ：「発見ドラマ」としての『日曜の夜ぐらいは…』</span></h3>
<p>生見の快進撃は、’23年春のドラマ『日曜の夜ぐらいは…』（ABCテレビ・テレビ朝日系）から始まった。</p>
<p>この作品は、どこにでもいそうな３人の女性が織りなす、異色の友情物語だった。サチ（清野菜名）は、足の不自由な母（和久井映見）を支えながら働いている。翔子（岸井ゆきの）は１人暮らしのタクシー運転手だ。</p>
<p>そして地方在住の若葉（生見）は、祖母（宮本信子）と同じ工場に勤務している。共通するのは、それぞれが鬱屈を抱えながら日々を生きていたことだ。</p>
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<p>会うはずのない３人が知り合ったのは、あるラジオ番組のリスナー限定バスツアーだった。初対面なのにどこか気が合い、互いに友だちを得たように感じる。</p>
<p>一方で、「友情」に対して、「後悔」や「裏切り」といったネガティブな言葉が思い浮かぶ３人は、無理をしてまで互いに距離をとったりする。このあたりの微妙な感情を、脚本の岡田惠和が繊細にすくい上げていた。</p>
<div data-friday-nextpage-lead="自分の美しさや目立つことがコンプレックスだった"></div>
<p>バスツアーの最中、一緒に買った３枚の宝くじ。その中の１枚で3000万円が当たったことで物語にドライブがかかる。再会して均等に分け合うが、その後は慣れない大金に戸惑い気味だ。結局、「共同出資でカフェを開こう」という話になる。</p>
<p>若葉の有り金を持ち去る母親（矢田亜希子）や、サチに金の無心をする父親（尾美としのり）といった“障害”を乗り越え、翔子の口癖である「つまんねえ人生」を変えることはできるのか。生きることに不器用で、幸福になることを恐れているような彼女たちが、何とも切なく愛おしかった。</p>
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<p>中でも若葉は、自分の美しさや目立つことがコンプレックスという「ねじれ感」が痛々しい。何もしていないのに異性の関心を集めたり、そのことで周囲の同性から嫉妬されたり、いじめられたりしてきたからだ。</p>
<p>等身大の女性の喜怒哀楽をナチュラルな演技で表現した生見は、第33回『TV LIFE年間ドラマ大賞』助演女優賞を受賞した。多くのおじさんたちが生見愛瑠を「発見」したのが、このドラマだ。</p>
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<h3><span class="strongInContent">ステップ：「成長ドラマ」としての『セクシー田中さん』</span></h3>
<p>次に生見が挑んだのが、後に原作漫画家の死をめぐる騒動が起きてしまった、’23年秋の『セクシー田中さん』（日本テレビ系）だ。</p>
<p>派遣OLの朱里（あかり、生見）は、同じ会社の経理部で働く「田中さん」こと田中京子（木南晴夏）の秘密を知る。田中は仕事は完璧だが、見た目は地味で暗いアラフォーだ。ところが、彼女にはセクシーなベリーダンサーという「別の顔」があった。</p>
<div data-friday-nextpage-lead="「愛され系女子」の憂鬱"></div>
<p>子どもの頃から周囲とうまく交わることができず、自分を封印しながら生きてきた、田中さんが言う。「ベリーダンスに正解はない。自分で考えて、自分で探すしかない」と。</p>
<p>一方の朱里は、誰からも好かれる「愛され系女子」だ。しかし、誰からも好かれるが、誰かから「本当に好かれた」という実感がなく、モヤモヤしていた。また、不安定な派遣の仕事を続ける中で、不幸にならないための「リスクヘッジ」ばかりを意識してきた。</p>
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<p>他人にどう思われようと気にしない田中さんに対する「推し活」を通じて、朱里は徐々に変わっていく。自分の価値観に従って生きようとし始めるのだ。</p>
<p>その様子が、どこか生見自身の進化と重なって見えた。朱里はもちろん、生見の「成長物語」としても秀逸だったこのドラマで、第118回『ザテレビジョンドラマアカデミー賞』助演女優賞を受賞する。</p>
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<h3><span class="strongInContent">ジャンプ：「主演ドラマ」としての『くるり～誰が私と恋をした？～』</span></h3>
<p>火曜ドラマ『くるり～誰が私と恋をした？～』は、生見のゴールデン・プライム帯での連ドラ「単独初主演」となる作品だ。</p>
<p>まこと（生見）は階段からの転落事故で記憶を失ってしまう。名前はもちろん、自分に関する情報は皆無。唯一の手掛かりは、ラッピングされた男性用の指輪だった。</p>
<p>やがて、彼女を「知っている」という男たちが現れる。会社の同僚で「唯一の男友達」と称する朝日（神尾楓珠）。フラワーショップの店主で、「元カレ」だという公太郎（瀬戸康史）。さらに偶然出会った年下の青年・律（宮世琉弥）だ。</p>
<div data-friday-nextpage-lead="単純な「記憶喪失もの」ではない"></div>
<p>自分が何者で、何をしてきたのか。周囲の人たちにとっての自分は、一体どんな人間だったのか。それが分からないことが一種のサスペンス性を生む。まことは自分のことを知りたいが、同時に「少し怖い」とも思っている。記憶を失くした今の自分から見て、「好ましい自分」かどうか、分からないからだ。</p>
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<p>一方で、別の考え方があることも知った。記憶喪失は、「自分らしさ」という呪縛から自由になることであり、人生の「リセット」ができるかもしれないのだ。</p>
<p>このドラマ、始まる前は単純な記憶喪失ドラマかと思われた。しかし、そうではなかった。注目すべきは、「過去の自分」探しと「未来の自分」作りが同時進行していく、物語の新しさだ。そこには「本当の自分とは？」という普遍的なテーマが潜んでいる。</p>
<p>しかも、そんなテーマを持ちながら、この作品は暗くもなく、重たくもない。生見が持つ生来の「明るさ」がドラマの基調トーンを支えているのだ。</p>
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<p>生見の演技は、「私を見て」とか「私はここにいる」といった自己主張をしない。「自分をよく見せよう」とは思わない、無欲ともいえる究極の「自然体」。自分が演じる女性にひたすら共感することで役柄になり切るのが、生見愛瑠という俳優の魅力だ。見る側は、そんな生見と一体化したヒロインをつい応援したくなる。</p>
<p>ドラマは終盤へと差し掛かってきた。徐々に扉を開きはじめた記憶は、まことに何をもたらすのか。それは分からない。だが、どんな展開が待っていようと、まこと＝生見が不幸にならないことだけを、おじさんたちはひたすら祈っている。</p>
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<div data-friday-nextpage-lead="めるる、ロケでの制服姿"></div>
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<figure id="attachment_374708" aria-describedby="caption-attachment-374708" style="width: 1388px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="aa0e4602"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2024/05/49fab22b15b69498c4d05f3f52c42f46.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-374708" class="wp-caption-text">初出演映画『モエカレはオレンジ色』でヒロイン役だった（’22年４月15日号）</figcaption></figure>
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<figure id="attachment_374709" aria-describedby="caption-attachment-374709" style="width: 2500px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="5eed3d4b"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2024/05/e2e0c010236ce59ab05177318cecafe9.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-374709" class="wp-caption-text">ロケは強風の中で行われた。長い髪が何度も顔を覆ってしまい、何度も撮り直ししていた（’22年４月15日号）</figcaption></figure>
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<figure id="attachment_374710" aria-describedby="caption-attachment-374710" style="width: 1896px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="5e0a97af"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2024/05/62ba039a2358fdf98ca4fe877b0774c2.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-374710" class="wp-caption-text">スタンバイ中は体を温めるためかピョンピョンと飛び跳ねていることも（’22年４月15日号）</figcaption></figure>
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<figure id="attachment_374712" aria-describedby="caption-attachment-374712" style="width: 930px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="9b1eebfd"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2024/05/71d96d7ab304301159cfa8aa925cd3aa.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-374712" class="wp-caption-text">『くるり～誰が私と恋をした？～』番組公式Xより</figcaption></figure>
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視聴率的には可もなく不可もなく、話題になることも少ない生見芽瑠の主演ドラマ『くるり』だが、おじさんにも刺さる不思議な魅力があると一部で評判に。その理由をメディア文化評論家の碓井広義氏がひも解く。

「記憶喪失ヒロイン×イケメン3人」王道ラブコメと思いきや…ドラマ『くるり』がおじさんに刺さるワケ

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