<figure id="attachment_375691" aria-describedby="caption-attachment-375691" style="width: 977px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="16d57d7a"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2024/06/b2a11c5ac98a8f3fb248a1042780ec80.png" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-375691" class="wp-caption-text">話題のミュージックビデオ「親近なオボイ」で、前髪を下ろしてくだけた表情を見せる金正恩総書記（以下、写真はすべて同ビデオより）</figcaption></figure>
北朝鮮が制作した１本のミュージックビデオがSNS上で世界的にバズっている。
体制宣伝の手段として利用され、政治色の強い音楽が目立つ北朝鮮だが、今回は軽快なリズムとメロディー、親指を立てる出演者たちの姿がウケていて、SNS上では「韓国がKポップなら、こっちはKimポップだ」との声も出ている。北朝鮮との軍事的緊張が高まっている韓国政府は５月下旬、動画が金正恩総書記をたたえる内容だと警戒。国内で視聴できないよう遮断させる措置を取った。
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一方、北朝鮮の対外宣伝メディアは日本や米国、中国のリスナーから称賛の声が相次いでいるとアピールしている。異色のミュージックビデオの背景にある北朝鮮の狙いとは――。
<h2>あのアナウンサーも「サムズアップ」！金正恩氏もたびたび登場</h2>
「歌おう金正恩　偉大な領導者♪」「自慢しよう金正恩　親近なオボイ♪」
YouTubeに４月17日にアップされた新曲「親近なオボイ」の動画には老若男女、兵士から労働者、医療関係者、スポーツ選手、国営高麗航空の乗務員まで出演している。終盤には、指導者の死去や核実験成功などの「重大ニュース」を読み上げてきた朝鮮中央テレビの看板アナウンサー、李春姫氏らもチマチョゴリ姿で満面の笑みを浮かべて登場する。
<figure id="attachment_375692" aria-describedby="caption-attachment-375692" style="width: 1152px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="09e3f9ec"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2024/06/8b809c00e43a3f5185e3b96cedc8145b.png" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-375692" class="wp-caption-text">親指を立てる「サムズアップ」を披露する李春姫アナウンサー（左から３人目）</figcaption></figure>
カメラに向かって親指を立てる「サムズアップ」が繰り返され、大衆と触れ合う金正恩氏もたびたび登場する。オボイは父母の意味で、韓国では５月８日が「オボイの日」に指定されている。
<figure id="attachment_375693" aria-describedby="caption-attachment-375693" style="width: 1299px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="8fc58a01"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2024/06/36feb15d61e00c033423c83098d0f094.png" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-375693" class="wp-caption-text">医療関係者たちもサムズアップ</figcaption></figure>
<figure id="attachment_375696" aria-describedby="caption-attachment-375696" style="width: 1204px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="9b505c05"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2024/06/be28ffc0defaf116afd21bb4e8433874.png" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-375696" class="wp-caption-text">海軍兵たちも満面の笑顔でサムズアップ</figcaption></figure>
<figure id="attachment_375697" aria-describedby="caption-attachment-375697" style="width: 1335px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="a359b020"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2024/06/dc6479f13ecdc2e12b65a7b99f7c3e9d.png" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-375697" class="wp-caption-text">ビデオ内で金総書記は常にモテモテ</figcaption></figure>
北朝鮮メディアによれば、「親近なオボイ」は４月16日に首都平壌で開かれ、金正恩氏も出席した１万世帯の住宅竣工式での記念公演で披露された。動画がアップされたのは翌日だ。朝鮮労働党機関紙「労働新聞」はメーデーの５月１日、社説の冒頭で「国中の人民が敬愛する総書記同志に対する果てしない感謝と敬慕の情があふれる記念碑的な頌歌（ほめたたえる歌）」だと言及。同29日には海外向けラジオ「朝鮮の声」がこの歌を取り上げ、日本のリスナーらから「日本で動画が多くの人々の話題になっている」「これからこうした歌をもっとたくさん創作してほしい」との声が寄せられた、と宣伝した。
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動画でメインボーカルを務めたのは歌手のキム・リュギョン氏。韓国メディアによると’22年７月27日、平壌で開かれた朝鮮戦争の「戦勝節」（休戦協定締結日）の記念行事で「彗星のように」登場した新人で、’23年の新年を控えて金正恩氏が参加した新年慶祝公演でも主演を務めたという。歌手出身の正恩氏の妻、李雪主氏や玄松月・労働党副部長の後を継ぐ新人歌手の一人と目されているという。
<figure id="attachment_375821" aria-describedby="caption-attachment-375821" style="width: 1221px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="163071ed"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2024/06/26b9c2d6b2e8dd05dd8ee3bdea3fcc59-1.png" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-375821" class="wp-caption-text">ビデオの冒頭、歌を披露する美女もノリノリ</figcaption></figure>
<div data-friday-nextpage-lead="「訪朝して生で聞きたい」…SNS上で大反響"></div>
普段なら「また北朝鮮が…」と冷たくあしらわれそうな話だが、今回は違った。
動画投稿アプリ「TikTok（ティックトック）」に「フレンドリー・ファーザー」の英訳曲名で投稿され、視聴回数が数十万回に達した動画がいくつもある。歌に合わせてダンスする自分の動画をアップしたり、韓国アイドルの振り付けで踊ったりする動画もある。歌を生演奏で聞くために北朝鮮を訪問したいと書き込んだ欧米人もいた。まさに、バズっているのだ。
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英BBCは５月４日、シンガポール発の記事でこの曲がなぜバズったかを分析。「元気いっぱいでテンポが速く、危険なほどキャッチーで、西洋のポップヒット曲とそれほど違いはない」と指摘した。Z世代のTikTokユーザーは「ダンシング・クイーン」などのヒット曲で知られるスウェーデンの人気音楽グループ「ABBA」に例え、グラミー賞にふさわしいとの声まで上がっていると紹介。北朝鮮アナリストの「明るくて、この上なくキャッチーで、オーケストラの響きが豊かに響くシーケンスがこれ以上ないほど際立っている」とのコメントも添えた。記事は「金正恩氏もTikTokでヒットするとは予想もしていなかったはずだ」とも指摘している。
<figure id="attachment_375702" aria-describedby="caption-attachment-375702" style="width: 1068px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="3e192769"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2024/06/969109091fc7e86835eb9f3996a7d1fb.png" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-375702" class="wp-caption-text">金総書記が子役を抱きしめるシーンも</figcaption></figure>
TikTokなどのSNS上では「中毒性がある」「耳から離れない」「トランプ（前米大統領）も嫉妬しているだろう」とのコメントも散見された。金正恩氏を妄信的に支持するような出演者らの姿について「トランプ支持者たちと大差ない！」とする書き込みもあった。
<h2>韓国は「金正恩を偶像化」と警戒して視聴制限</h2>
北朝鮮が韓流ドラマやK-POPの流入を警戒し、視聴した住民らを処罰するなど厳しく取り締まっていることはたびたび報じられている。しかし、今回は韓国が北朝鮮の動画に視聴制限をかけた形だ。韓国と北朝鮮が戦火を交えた朝鮮戦争は’53年に休戦協定が結ばれたものの終戦には至っていない。韓国内では北朝鮮メディアや体制宣伝物などの取り扱い、北朝鮮住民との接触などは厳しく制限されている。
５月20日、韓国の放送通信審議委員会は、情報機関・国家情報院の要請に基づき「親近なオボイ」関連の動画29件に対する遮断措置要求を議決。動画や歌の歌詞が韓国の国家保安法に違反し「金正恩を偶像化し、賞賛・美化する内容と確認された」とした。ただ、動画はあちこちでシェアされており、遮断後も「普通に見られた」という声もあって、すべてをシャットアウトするには至っていないようだ。
韓国紙の中央日報は、遮断しても国内利用者の視聴が制限されるだけで「海外利用者に対しては打つ手が事実上ない」と指摘。「住民の人権を蹂躙し、不法な核・ミサイル開発を続ける北朝鮮政権への特段の問題意識なしに宣伝歌謡を消費する人々が増えることへの憂慮も出ている」と懸念を示した。
また、SONYのマークが入ったヘッドホンが動画に出てくるとし、北朝鮮へのぜいたく品輸出を禁止した国連安全保障理事会決議がこれ見よがしに無視されていると批判した。北朝鮮は５月下旬、短距離弾道ミサイル10発以上を発射したほか、GPSの作動を妨害する電波を発信、汚物を大型風船で韓国に飛ばすなど挑発行為を続けており、韓国が“防戦”に追い込まれている。
<figure id="attachment_375822" aria-describedby="caption-attachment-375822" style="width: 1827px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="6fdf081a"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2024/06/a67702568cf2abe4a923f069feb02325.png" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-375822" class="wp-caption-text">出演者たちのヘッドホンには「SONY」のマークが</figcaption></figure>
北朝鮮がポップなミュージックビデオを公開した意図は何なのか。
礒﨑敦仁・慶應大学教授は、動画には「宣伝扇動部署が目指している指導者像が凝縮されていると言える」と分析した。
「人々の中に入っていく親しみのある指導者の姿がさまざまな角度から描かれており、それは数年前から使われ始めた『人民的首領』という呼び名にも表れている」
朝鮮労働党規約ではこれまでの「先軍政治」が「人民大衆第一主義政治」に書き換えられており、金正恩氏が人々の困窮に寄り添って涙を流しながら演説する姿がテレビで放映されるのもこの一環だと指摘。こう続けた。
「称揚歌ではあるが、娯楽の少ない北朝鮮の人々にとっては新鮮味を感じるような映像の演出も目立つ。父親の金正日国防委員長が提唱した『音楽政治』を現代風にアレンジしたものであり、上からの強制的な支配だけではなく、下からの積極的な忠誠心を引き出す策の一つだと考えられる」
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在日朝鮮人の北朝鮮ウォッチャーは、核戦力の向上で経済建設に集中できる精神的、物質的余裕が芽生えたため「（サムズアップや音楽スタイルなど）外の文化を受け入れやすくなったのではないか」と分析した。
歌詞の中で「金正恩」が呼び捨てになっていることについては、これまでも軍事パレードの際などに前例があって特段新しい現象ではなく、歌のリズムとの兼ね合いで敬称を付けなかっただけではないかと推測。
<figure id="attachment_375706" aria-describedby="caption-attachment-375706" style="width: 1258px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="d256ae51"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2024/06/eb5a59d14cf33c74d6f2ff6893147cd7.png" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-375706" class="wp-caption-text">子供たちに囲まれて。ビデオ内ではとにかく笑顔だ</figcaption></figure>
脱北者の研究者は「これまでは韓流文化の流入に処罰をもって『法的対応』を取ってきたとすれば、今回の動画は西側のメロディーを活用したミュージックビデオによる『文化的対応』の道を開拓した初の事例だ」と見ている。
北朝鮮が自国のコンテンツで国民を満足させて、韓流への関心を「遮断」できるのかどうか。「親近なオボイ」の動画に対する北朝鮮住民の本音の反応は不明だが、海外でバズった今回の経験を踏まえ、さらなる「Kimポップ」が登場する可能性は否定できないだろう。

おのはら・りょうせい／1979年生まれ。英国と米東部への留学経験がある。2000年の初の南北首脳会談と2002年の初の日朝首脳会談をきっかけに朝鮮半島に関心を持ち、韓国に渡って語学研修した後、現地で約6年間、ジャーナリストとして活動した。米国事情や国際情勢にも精通し、取材などで訪れた国は20カ国を超える。

小野原遼成

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