福岡一家4人殺人事件 優等生の中国人留学生が殺人犯になるまで

平成を振り返る ノンフィクションライター・小野一光「凶悪事件」の現場から 第5回

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福岡市で2002年に発生した福岡一家4人殺人事件。残忍な犯行を起こしたのは日本に留学していた3人の中国人だった。ノンフィクションライター小野一光氏は、日本で逮捕された魏巍の中国河南省にある実家へ向かう。そこで聞いた殺人犯の素顔とは。

日本国内で逮捕された元専門学校留学生の魏巍(左)と母親

2003年6月、福岡県福岡市で家族4人が、中国からの留学生3人に殺害された”福岡一家4人殺人事件”。

犯行後すぐに出国し、中国公安当局に逮捕された元日本語学校生・王亮(犯行時21、以下同)と元私立大学留学生・楊寧(23)だが、王には無期懲役、楊に対しては死刑の判決が下され、楊の死刑は05年に中国で執行された。また、日本国内で逮捕された元専門学校留学生の魏巍(23)も、現在は死刑が確定している。

03年9月に王と楊の実家がある中国・吉林省長春へ取材のために向かった私は、楊の両親に話を聞いた。帰国後、福岡市内でさらに取材を重ねることになったが、この時期、共犯者である魏については、河南省出身であるということはわかっているものの、実家に関する情報はどのメディアも持っていなかった。だが、私は幸運にも彼の実家の電話番号を入手することになる。

詳しく記すことはできないが、とある関係者を取材中に、その人物が持つ書類の端に、魏の実家の電話番号が書かれていたのだ。私はそれを忘れないよう頭のなかで復唱しながら席を立ち、トイレで書き出したのである。

その日のうちに中国語の通訳を手配し、実家に電話を入れてもらったところ、魏の父親が電話に出た。以下、対話はすべて通訳を介したものであることをご了承いただきたい。

「日本にいるあなたの息子さんが逮捕されていて、一家4人が殺された事件に関わったと供述していることはご存知ですか?」

私の質問に、父親は息を呑む気配をさせてから答えた。

「まさか……。おとなしい子だったので信じられない……。息子から最後に電話を受けたのはもう何カ月も前です。ただ、日本にいる息子の友だちの母親から、うちの子が8月中旬に中国に帰ってくるかもしれないと連絡を受けていました。それなのに帰ってくる様子がないし、本人からの連絡もないので心配していたのです。その話は真実なのですか?」

魏が逮捕されたのは8月6日。日本を出国する直前だったという。当初は知人女性を殴ったことによる傷害容疑だったが、当然ながらそれは本件ではない。後に強盗殺人について関与を認めたことで、再逮捕されていた。私は続ける。

「お気の毒ですが、本人も認めており、ほぼ間違いありません」

「………………」

長い沈黙だった。やがて父親は「そうですか……」とだけ答える。

私は通訳の携帯電話番号を父親に伝えてもらい、もしなにか知りたいことがあったらいつでも連絡をして欲しいと言付けた。さらに、こちらからも新たにわかったことがあれば連絡すると話し、通話を終えた。

河南省新密市にある魏の実家を訪ねたのは、翌04年6月のこと。事前に電話でアポイントメントを取り、住所を教えてもらってからの訪問だった。彼の実家は工藝品を作る工場を経営している。周囲にくらべて裕福であることがわかる清潔で大きな自宅家屋では、魏に似た顔立ちの小柄で細身の父親と、やはり小柄な母親が私を迎えてくれた。

居間に通された私は、まず事件の説明をするために、被害者全員が写る家族写真を取り出した。それを見るなり父親の目から涙があふれ出す。

「こんな小さな子まで……」

そう漏らして嗚咽する父親の脇にいた母親が口を開く。

「もうすぐ事件から1年が経つのに、うちの主人は毎日泣いてます。1日5回は泣いてます。仕事がまったく手につかないのです」

私はその言葉になにも返すことができない。やがて父親が顔を上げた。

「息子の巍という名前は、大きくなって出世できるようにとの思いを込めてつけました。願いは叶い、あの子は中学、高校と、とても優秀な成績を上げていました」

父親はそこまで話すと、立ち上がって奥の部屋に行き、多くの賞状を抱えてきた。続いてその一枚一枚を広げながら説明を加える。

「これは高校1年で『三好学生』に選ばれたときの表彰状です。道徳、学業、健康に優れた生徒にだけ贈られるもので、クラスで3人しか選ばれません。あとこれは高校3年で『優秀学生』に選ばれたときのもの……」

父親が出してきた賞状の数々。魏巍が中学、高校時代にいかに品行方正で優秀だったかを伝えたかったようだ

私は通訳が伝える言葉を聞きながら、幾度も頷く。父親は魏が本当に優秀だったから留学に際して15万元(約240万円=当時)を工面したこと、日本が大好きで息子も興味を持っていたから、夫婦で日本語を学ぶように勧めたことなどを涙声で説明した。彼は続ける。

「日本に行って半年目に、生活費にするようにと、日本円で70万円を送りました。すると『授業のあとに週6日はパン工場でアルバイトをしているから、もうおカネは送らなくていい』と言われました。それ以降は送金していません。最近考えるのは、私達に金銭面で迷惑をかけたくないとの思いがあって、このような結末になってしまったのではないかということです。しかし、もしそうならばとてつもなく愚かなことです」

じつは父親の想像は半分当たり、半分外れていた。当初は倹約を重ね、アルバイトなどをして親に金銭的な負担をかけまいとしていた魏だったが、次第に友人などの影響で遊興費がかさむようになり、誘われるまま同じ中国人留学生を狙った強盗などに手を染めるようになっていたのである。やがてそれらの犯行グループの縛りから抜けることができなくなり、今回の事件に関わってしまったというのが、実情だった。

横にいた母親は涙ながらに言う。

「よく夜中の1時頃に電話がかかってきました。『お母さん、起きていますか。僕はいまアルバイトを終えて帰るところです』と話しては、私の健康のことを案じてくれていました。素直ないい子だったんです」

やがて、父親は魏から送られてきたという一通の手紙を取り出した。逮捕後の04年4月の消印で送られたその手紙にはたった一言『悔』とだけ書かれていた。

「私はもう51歳ですが、これから人生の終わりまで、生きていく希望を失ってしまいました。また、日本の方々に申し訳なく、息子の愚かな行為が恥ずかしくてしかたありません……」

魏巍からの手紙には一文字「悔」とだけ書かれていた

この取材後しばらくして、私は福岡拘置所にいる魏と面会することができた。そこで私は魏の父親が書いた、日本の関係者に宛てたお詫びの手紙を彼に見せた。

〈愚息、魏巍が貴国に於いて、驚天動地の大事件を引き起こしたことを知り、私ども2人は驚き悲しみに沈むとともに、事件で被害を受けられた貴国の方に、心から哀悼と弔意を表し、お詫び申し上げます〉

そうした書き出しで始まる3枚の手紙を見た途端、魏の目にみるみる涙があふれる様子を目の当たりにした。

以降、彼との付き合いは続き、面会や手紙のやり取りを重ねることになる。同時に、中国にいる両親に電話をかけたり、再度会いに行ったりもした。私のメッセンジャーとしての役割は、最高裁で魏の死刑が確定する11年10月まで、約7年にわたった。

福岡一家4人殺人事件 中国現地取材でわかった犯人の素顔

  • 取材・写真・文小野一光

    1966年生まれ。福岡県北九州市出身。雑誌編集者、雑誌記者を経てフリーライターに。アフガン内戦や東日本大震災、さまざまな事件現場で取材を行う。主な著書に『新版 家族喰い 尼崎連続変死事件の真相』(文春文庫)、『全告白 後妻業の女: 「近畿連続青酸死事件」筧千佐子が語ったこと』(小学館)、『人殺しの論理 凶悪殺人犯へのインタビュー』 (幻冬舎新書)、『連続殺人犯』(文春文庫)ほか

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