福岡3女性連続強盗殺人事件 事件後にもスナック遊びを続けた犯人

平成を振り返る ノンフィクションライター・小野一光「凶悪事件」の現場から 第11回

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2004年〜05年にかけて福岡県で3人の女性が殺される連続強盗殺人事件が起こった。ノンフィクションライターの小野一光氏は、犯人の男にカネを貸していたという金融業者の男と接触し、その行状を取材。また、死刑確定後には、犯人がかつて通ったスナックを巡った。それらの取材から見えてくる恐ろしい現実とは。

福岡県内で3人の女性を殺害。犯行後もスナック遊びをやめなかった

2004年12月から05年1月にかけて、福岡県内で3人の女性を殺害し、所持品を奪ったとして05年3月に逮捕された福岡県直方市の鈴木泰徳(逮捕時35)。

この”福岡3女性連続強盗殺人事件”の犯行のきっかけは、直方市内のスナックなどで遊興を重ね、自宅を担保に借金を繰り返したことが発覚し、妻に愛想を尽かされたからだったと前回(第10回)記した。

重大事件の発生に、『FRIDAY』編集部も、容疑者についての新たな情報を求めていた。そんな折、編集部に1本の”タレコミ”電話が入ったのである。

「じつは、鈴木に何度かカネを貸したことがあるんやけど……」

連絡してきたのは、ヤミ金業者を自称する人物だった。

彼の語る職業、さらには発言内容の真偽も含めて確認が必要なため、私が直接会うことにした。

待ち合わせたのは福岡市内某所の喫茶店。やってきたのは、スーツを着ているが、目つきに裏社会の気配を漂わす紳士だった。なぜ今回、情報提供をする気になったのかを尋ねる私に、この紳士、Aさんは言う。

「もともと態度の悪い、気に食わん客やったんよ。それでニュースを見たら、あいつはなんの罪もない女の人らに、酷いことしとるやろ。それが許せんけん、この書類ば出しちゃろうって思ったと」

そう話しながらAさんはカバンから書類を取り出した。それは、鈴木の免許証と健康保険証、実家の自動車整備工場の名前が入った名刺のカラーコピーだった。さらに、彼が書いた借入申込書もある。

03年に書かれたその借入申込書には、勤務先として実家の整備工場の名を挙げ、役職の欄には〈工場長〉と嘘を書いていた。Aさんは続ける。

「電柱の貼り紙を見て電話してきたとやけど、確認すると実家がしっかりしとるけんね、それで貸すことにしたと。うちはトイチやけん、たとえば10万円貸すなら、15万円の借用書を書かせるったい。それで10日に1万5000円ずつ利子がつく。鈴木の場合、最初のときは10万円貸して、さすがにそんときは1発で返してきた。けど、次のときからは返済が遅れて、結局3カ月くらいかかったね」

借金の目的について尋ねるAさんに対して、鈴木は「パチンコの資金」だと説明していた。

「嘘も多かった。他所で借りてないとか言いよったのに、調べてみると他の2軒で借りとったとかね」

借入申込書には〈銀行・信販を除く他社でのお借入れ〉との欄があるが、そこに鈴木が書いているのは、借入先は1箇所で、借入金は20万円というもの。Aさんは、いかに鈴木が迷惑な客だったか説明する。

「最初はおとなしい印象やったけど、逆ギレがすごいったい。取り立ての電話をかけると、『払うんやから、よかろうもん』って声を上げたりとか、あと、『警察に行く』とか、『その筋の者を知っとる』とか、キレると尋常やなかったね」

鈴木自筆の借用書。右上に他の借入先からの金額を書く欄があり、「1件 20万円」と記されている。また、勤め先での役職は「工場長」と虚偽の記述を行っている

Aさんはそれまで鈴木には10万円を3回貸したそうだが、それ以降の借金の申し込みは断ったという。

「じつは去年(04年)の3月ごろ、『50万円くらい貸してくれんやろか』って来たけど、その前の返し方が悪かったけん、それは断った。3回目に貸したとき、連絡が取れんで自宅に行ったとやけど、他にも借金取りが来とるみたいでね、奥さんは『離婚したいんです』て話しよった」

自宅にAさんが来たことを知った鈴木は、すぐに電話をかけてきた。

「強い口調で『自宅に来られちゃ困る』ってキレとったね。父親のとこにも行ったとやけど、親父さんは私の顔を見るなり『また(鈴木が)借金ですか』て、呆れ顔やった。もう何回も同じことがあったとやろうね」

鈴木の借金の総額は1000万円近くあった。それは父親が弁済したが、さらに彼は懲りずに借金を重ね、04年9月に妻から完全に愛想を尽かされ、同年12月以降の犯行に繋がった。

ここまでのことを記事にしていたのだが、鈴木についての話には後日談がある。

11年3月に最高裁で彼の死刑が確定してから4年後の15年3月のこと。直方市にやって来た私は、鈴木が通っていたスナックを捜し歩いたのだ。

そこで出てきたのは、耳を疑うような話ばかりだった。

「ちょうど事件の最中、他のスナックの女の子が3回くらい昼ご飯に誘われよったと。断ったらしいけど、もし行ってたら殺されとったかもって話が出てました」

殺人に手を染めてからも、鈴木はスナック遊びを続け、女性を誘っていたのだ。さらには、05年1月18日に起きた3番目の事件の被害者である、福岡市の福田祥子さん(仮名、当時23)から奪った携帯電話について、次のような話も出てきた。

「逮捕の後で思い出したんですけど、そういえば店に来とったとき、鈴木が赤い携帯をいじりよったんです。それで私が『(携帯電話)2台持っとうと?』って聞いてました。向こうがなんて答えたか憶えとらんのやけど、あれが被害者の携帯やったと思うと、複雑な気持ちです」

祥子さんを殺害した4日後に、3度目の自損事故を起こして勤め先の運送会社をクビになった鈴木が、逮捕時に働いていた土木会社の職を見つけたのも、スナックに於いてだった。その店のママは説明する。

「鈴木がうちに来たのは(05年)1月22日か23日でした。その日は普通に飲んで、大声で歌っていたんですけど、3日後くらいにやってきて、勤め先を辞めてしまい、仕事を探してると言うんです。子供もいるから大変だと話すから、それなら私が経営している会社で土木の仕事をやってみるね、となって働き始めたんです」

2月2日から土木作業員として働いていた鈴木が逮捕されたのは、3月8日のことだ。

「仕事に出て来んから、携帯や自宅に電話を入れたんです。ただ、電話に出た奥さんによれば、昨日から帰ってないということだったんで、じきに連絡があるだろうと思ってました。そうしたら夕方のニュースで捕まったと出て、もう、びっくりしました」

欲望の赴くまま犯行に及び、一片の後悔の気配もなく変わらぬ生活を続ける彼の実体は、底知れぬ無自覚そのものだったのである。

  • 取材・文小野一光

    1966年生まれ。福岡県北九州市出身。雑誌編集者、雑誌記者を経てフリーライターに。アフガン内戦や東日本大震災、さまざまな事件現場で取材を行う。主な著書に『新装 家族喰い 尼崎連続変死事件の真相』(文春新書)、『全告白 後妻業の女: 「近畿連続青酸死事件」筧千佐子が語ったこと』(小学館)、『人殺しの論理 凶悪殺人犯へのインタビュー』 (幻冬舎新書)ほか

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