村田諒太・TKO勝ちの舞台裏 ミドル級の王座を奪還できた秘密
息子の言葉に燃え被弾覚悟で挑んだリベンジマッチ
「不安がないわけないでしょう(笑)。不安はあっていいと思います。不安があるから頑張れますし、不安があるから成長できる。人間的だからこそ、共感していただけるのだと思う」
対戦相手をノックアウトしてからわずか数十分後、勝利の興奮が冷めやらぬなか、新チャンピオンはむしろ穏やかにこう語ったのだった。大方の予想を裏切り、約1分にも及ぶ猛ラッシュでロブ・ブラント(28)を沈めるというド派手なTKO勝利を収めた村田諒太(33)。
今回の王座奪回は前回の苦い敗戦を乗り越えることから始まった。
昨年10月――WBA世界ミドル級王者として聖地・ラスベガスに乗り込んだ村田は挑戦者のブラントのスピードに圧倒され、大差の判定負け。「手数が足りない」「消極的」「もっと獰猛(どうもう)に攻めないと勝てない」とバッシングされた。
「一番、後悔しているのが試合の10日ほど前にパンチの打ち方を変えたこと。積み上げてきたものを崩すなんて、どこか自分の中に弱さがあったんだと思います。正直、チャンピオンになって満足している自分もいました」
帰国後、村田は本誌記者にこう漏らした。「引退を考えている」とも。
村田はボクシングから距離をとった。家族と離島で過ごすなど、心のオーバーホールをする中で出会った、ある実業家の言葉が突き刺さった。
「ボクサーはまた挑戦できるからいいよね、と……。実業家は失敗したら倒産の危機になるでしょう? 新店舗を出すたびに歯が抜けたり、ストレスで毛が抜けたりすると聞いて『自分の重圧なんて大したことないな』と思ったんです。ブラント戦はハングリーさがなかった」
これで終わっていいのか? 背中を押したのは長男の「もう1回、負けたらボクシングをやめてもいいよ」という言葉だった。普段、「パパは全然、家にいない」とムクれていた息子の言葉に燃えた。
まずは敗因を徹底的に分析した。前回、上体が起きていたため、パンチに体重が乗らず、ボディも打てなかったことを反省。スパーもミット打ちもヒザを曲げ、重心を落として行うことを徹底した。手数を増やすため、被弾覚悟で前へ出て、体重の乗ったボディ、左フック、アッパーを叩き込む練習を重ねた。
そして迎えたリベンジマッチ――プラン通りの右ボディストレートがブラントの動きを止め、フックとアッパーが心を折った。前回の失敗を生かして流れを読み切り、見事に頭脳戦を制した。
「今回、初めてチャンピオンになれたと思っています。一度は世界一になれましたが、それは実力というより運と縁によるものだった。今回、自分を見つめ直して強くなり、そのうえで、タイトルを獲得できたことは、自分にとって凄く大きな人生経験だと思っています」
王座奪還後、村田は「もう僕は33歳ですよ」とおどけた。だが、”学習するボクサー”の頭脳は衰えない。村田は今後さらに強くなるだろう。


『FRIDAY』2019年8月2日号より
撮影(1枚目):福山将司写真(2枚目):山口裕朗/アフロ