第3次「タピオカ」ブームまでの平成スイーツ30年史を振り返る

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平成はスイーツが日本に根付いて文化をもたらした30年だった。平成2年のティラミスブームに始まった平成のスイーツ史だが、そのきっかけとなったのは雑誌「Hanako」の特集だと言われている。今ではすっかり定着したスイーツという言葉も、平成2年には各誌に登場している。 

そこで、するさまざまな雑誌で組まれた過去のスイーツ特集を掘り起こしつつ、スイーツ史を振り返っていきたい。

平成2(1990)年:ティラミスブームで平成スイーツの歴史がスタート!

平成スイーツシーンの幕開けとなるティラミスブーム。当時は“イタめしブーム”の真っ最中。「Hanako」(4/12号)では「いま都会的な女性は、おいしいティラミスを食べさせる店すべてを知らなければならない」と題し、8Pで東京都内の計40店のティラミスを大特集。また「SPA!」(3/14号)の山田美保子のコラム「とりあえず、ってカンジかな」でも「最先端ガールの熱き支援を集めているのが“ティラミス”というデザート」と、そのブームについて取り上げている。

2017年、イタリア北部トレビーゾで開催された「ティラミス・ワールドカップ」。優勝者はやっぱりイタリア人

この年はアニメ『ちびまる子ちゃん』の放送がはじまり、「東京ウォーカー」の創刊、スーパーファミコンの発売など、平成前半のカルチャーをけん引した巨大コンテンツが誕生している。

平成3(1991)年:フランス生まれ、ニューヨーク育ちのクレーム・ブリュレブーム

「Hanako」(1990/11/29号)では「発表! ‘91年のデザートの女王は、クレーム・ブリュレです」とブームに先駆け35店を紹介。ブームが本格化した平成3年の9/12号でも「昨年11月、ポスト・ティラミスの最強力候補としてクレーム・ブリュレをいち早く推挙した本誌の眼に狂いはなかった!」とクレーム・ブリュレを再度特集。「Hanako」の面目躍如ぶりに敬服。

クレーム・ブリュレはフランスで生まれだが、この当時は日本に先駆けてニューヨークでブームになっていて、「an・an」(1992/2/21号)でも、松雪泰子が「ニューヨークを思い出して食べる優しい風味の、クレーム・ブリュレ」と紹介。彼女の写真のキャプションには「『ダウンタウンのごっつええ感じ』(フジ系)での演技も好評」と書かれているなど、当時のテレビ番組のブームの一端がうかがえる。出てたんですね。

また、同年の「週刊女性」(1/29号)の著名人が平成3年の出来事を予想するコーナーでは、大桃美代子が「ティラミスの次に来るのは、タピオカだとみんなにいいふらしています」と語り、翌年ではあるが平成4年に第1次となるタピオカブームが巻き起こり、予感的中。ちなみに同コーナーで梨本勝は「トシちゃん(田原俊彦)とミホちゃん(中山美穂)のほうはうまくいけば、婚約発表なんてこともあるかも」と予想。こちらは残念な結果に。

平成5(1993)年:忘れないで! ナタ・デ・ココ

「Hanako」(7/15号)で「デザート界のおてんば娘 ナタ・デ・ココを忘れるでない!」と特集を展開。掲載されている店はエスニック料理店のほか、イタリア料理店、中華料理店、ファミリーレストラン、さらにはもつ鍋店までと、あらゆるジャンルのレストランをピックアップ。日本中でナタ・デ・ココブームが巻き起こっていた様子がわかる。

ナタ・デ・ココのナタは、スペイン語で浮遊物、ココはココナッツの意味

ちなみにこの年は、Jリーグが開幕し、“ドーハの悲劇”が起きた年。日本サッカー界の節目の年には、ぜひナタ・デ・ココのことも思い出してください。

平成9(1997)年:一気に燃え上がったベルギーワッフルと『失楽園』

「マネケン」から火が付いたベルギーワッフルは、爆発的なブームとなったが収束も早かった。ブームに追従してワッフル設備に投資した途端にブームが終わったしまったというお菓子メーカーの悲喜こもごもも話題となるなど、時代の徒花的スイーツとして記憶されている。日本における元祖の「マネケン」人気は今も健在。

日本でお馴染みのベルギーワッフルは、ワロン地方最大の都市であるリエージュが発祥のリエージュ風

「SPA!」(7/2号)の音楽ライター・松尾潔の連載「TOKYO Lonely WALKER」では、映画『失楽園』鑑賞後の興奮冷めやらぬ中、その足でベルギーワッフルを買いに行ったことを語っている。また「DIME」(10/2号)「‘97トレンド商品大ヒットの理由」では、同ページ内でベルギーワッフルと『失楽園』ブームを解説。そういえば、同じ時期だったか。

平成10(1998)年:シナモンロールがやってきた!

「女性自身」(8/18・25合併号)の「スイートがやってくる」(※筆者註:スイーツではない)や「日経エンタテイメント」(11月号)では、ハワイ名物のシナモンロールがブームの兆しと紹介。その後じわじわと人気を広げ、平成12年に東京・吉祥寺にハワイの人気店「シナボン」が初上陸したことで、一気にブームとなった。

余談。この当時はなぜか迷彩柄のファッションが流行。「日経エンタテイメント」(11月号)によると、森高千里のビデオクリップ集「5」、「ロートCキューブ目薬」CMの内田有紀、ブラックビスケッツ「タイミング」のビビアン・スー、松たか子の「ごめんね。」、小橋賢児「once again」、SPEEDの「ALIVE」の今井絵理子といった数々のCDシングルのジャケットで迷彩柄の衣装が採用されている。シナモンロールのブームとはもちろん無関係(ですよね?)。

平成13(2001)年:『アメリ』でクレーム・ブリュレ再び

平成3年にブームを巻き起こしたクレーム・ブリュレが、平成13年公開の映画『アメリ』で再ブームに。劇中でオドレイ・トトゥ扮するアメリが、スプーンでカラメルをコツコツと割るシーンが愛らしかった。

『アメリ』は、フランス「セザール賞」で2002年の最優秀作品賞に

一方「東京ウォーカー」(11/20号)では、当時慶應義塾大学1年でミス慶應コンテストの候補(本祭で「ミス慶應」に)だった元TBSアナウンサーの青木裕子が登場し、お気に入りのスイーツとして港区三田にある「グーテ ド ママン」のフルーツのタルトを紹介。プロフィールには「理想のタイプは、顔で言えば福山雅治さんなんだけど、結局はフィーリングですよね」とのコメントも。

平成14(2002)年:地味スイーツのロールケーキにようやく脚光

それまで日陰の存在だったロールケーキがじわじわとブームに。その功労者は『KIHACHI』のフルーツをふんだんに使った“キハチトライフルロール”だと言われている。 

「Hanako」(7/10号)でも「いま、東京スイーツの大きな流れはロールケーキ」とロールケーキを特集。この年の8月にオープンした「自由が丘ロール屋」を筆頭に、12ページで37店のロールケーキを紹介。人気&注目パティシエからお取り寄せまで幅広く、充実の内容は、さすがHnako姉さん。

「自由が丘ロール屋」は、パティシエ辻口博啓氏が開いた世界初のロールケーキ専門店

この年は東京の多摩川にゴマヒゲアザラシが出現し、“タマちゃん”ブームに。タマちゃんのフォルムがどことなくロールケーキっぽいのもブームの要因……かなぁ。

また「日韓ワールドカップ」が開催された、日本サッカー界にとって記念すべき年。この大会の後から海外リーグへ移籍する日本人選手が一気に増え、サッカーシーンも新たな局面へ。サッカーをはじめ、スポーツやカルチャーにおいても海外から大物が来日するだけでなく、日本発のムーブメントも目立つように。いつか、日本発のスイーツが世界的なブームになることにも期待。

平成18(2006)年:クリスピークリーム・ドーナツが日本初上陸

この年の12月に東京・代々木に「クリスピークリーム・ドーナツ」の日本1号店がオープン。若い女性だけでなく、おじさんたちも行列を作るほどの人気に。同店のシグネチャー、砂糖でコーティングした“グレーズドドーナツ”というワードも一般化。その後、大量閉店がニュースになったりもしたが、一定の人気、支持を得て、日本に定着したイメージ。

旗艦店だった新宿サザンクロス店は2017年に閉店。「スイーツ=行列」というブームはこのころから

この年の夏の甲子園では、優勝した早稲田実業高校の斎藤佑樹についた“ハンカチ王子”が流行語に。その後の〇〇王子の先駆けとなった。ちなみに令和のスイーツ王子といえばRui。

平成20(2008)年:第二次タピオカブーム到来

それまでココナツミルクと一緒に食べるものだったタピオカが、台湾からやってきたタピオカミルクティーの登場で、過去とは違う形でブームに発展。大きな粒のタピオカと極太ストローのインパクトが話題に。2018年のブームで「あれ?またタピオカ流行ってるの?」と思った人はこのブーム世代で、現在30歳前後。

タピオカミルクティー発祥のお店といわれる「春水堂」。日本上陸は、2013年

平成21(2009)年:天然氷のかき氷に注目が集まる 

埼玉県秩父市の天然氷蔵元「阿佐美冷蔵」の天然氷のかき氷が注目され、かき氷がブームに。「Hanako」(7/23号)でも特集を組むが、このときはまだ東京都内の老舗甘味処のかき氷の紹介がメイン。「シュシュ」(8/27号)の「スイーツ番長の男燃えデザートNo.1」でも東京都北区十条の「だるまや餅菓子店」のかき氷を紹介している。このころから“スイーツ男子”が一般化。男でもスイーツ好きを公言してもOKな風潮に。

ハワイのお気に入りショップで「かき氷」を食べるオバマ元米大統領とミシェル夫人
ベルリンに登場した日本式かき氷屋さん

スイーツ男子が台頭する一方で、エド・はるみの「グ~!」や「アラフォー」が流行語となり、「美魔女」というワードも定着し、妙齢の女性にも脚光が。さまざまな年齢、性別でのムーブメントが目立つようにも。

平成24(2012)年:パンケーキ

平成18年ころから話題になっていたパンケーキに、本格的なブームが到来。「an・an」(1/29号)では、日本初上陸のパンケーキ店、ハワイの人気店、国内人気店などのパンケーキをシンプル系、食事系、スイート系といったカテゴリごとに紹介。このころには多様なスタイルのパンケーキが定着していることがわかる。

パンケーキとホットケーキの違いに関する議論も
写真は、イギリス各地で毎年行われる「パンケーキレース」

平成26(2014)年:かき氷、ときどきカップケーキ

天然氷のかき氷が定番化し、ふわふわ系かき氷、台湾系かき氷が次々にブームに。「東京ウォーカー」(7/15)では老舗系の店を取り上げ、氷の扱い方に言及。「週刊ポスト」(8/29号)でも老舗や人気店のほか、アボカドピーチ、ティラミスといった変わりダネかき氷が注目を集めているニューカマーを紹介。このころから独自のスタイルで勝負するかき氷店が増えはじめた。

台北発「ICE MONSTER」のかき氷。イチバン人気は、「マンゴーかき氷」
米旅行専門誌で、世界のベストデザートトップ10に選ばれたという台北発「ICE MONSTER」

また、映画『プラダを着た悪魔』やドラマ『セックス・アンド・ザ・シティ』などに登場し、一部でたびたび話題になっていたカップケーキにブームの兆しが。「東京ウォーカー」(7/15)ではかき氷に続いて、日本初上陸の人気店「マグノリアベーカリー」を紹介。「BRUTUS」(6/15号)の「Coming Soon?? 日本に来て来て、あの店、このサービス!」ではニューヨークに登場した24時間稼働の“カップケーキATM”を取り上げ、「non-no」(9月号)でもNEXTヒットスイーツとして紹介。爆発的なブームとはならなかったが、いまでも根強い人気。

「SATC」や「プラダを着た悪魔」で主人公たちが食べているカップケーキとして世界的に有名になった「マグノリアベーカリー」。写真は、NYのお店
アン・ハサウェイはプライベートでもカップケーキが好物?

平成30(2018)年:第三次タピオカブームで定番化なるか? 

令和になっても衰える気配がないタピオカミルクティーブーム。SNS映えと相まって、空前のブームとなったが、この人気ぶりを見ていると写真映えだけでなくその味も定番化したように見える。最近ではコンビニでの扱いも増えたが、一時期の盛り上がりは感じられない。雨後の筍のごとくできた専門店は撤退時をどこに見ているのか。それともこれからもっと粘るのか? 人気店、専門店の今後の動向にも注目したい。

台北で話題のお店も続々上陸中。写真は、「鹿角巷 THE ALLEY」
「タピオカミルクティー」は世界的にヒット中。ヒラリー・クリントンもお気に入り? ちなみに英語の呼称は“bubble tea”

こうして平成のスイーツブームを振り返ってみると、大ブームといえるムーブメントは3~4年周期で訪れていることが多いようだ。令和元年にシーンを席捲しているタピオカミルクティーに代わるスイーツの登場は、令和3(2012)年ごろだろうか?

スイーツという言葉や、男性のスイーツ好きなどさまざまな要素が定番化した平成。令和の時代はどんなブームが起き、そして定着するのか。まだ見ぬスイーツ(もしくは違う言葉が生まれるかも)や、それを楽しむ新しいスタイルは登場するのか。そしていつか「令和のスイーツシーンを振り返る」記事を書く日を心待ちにしたい。30年後かしら?

  • 取材・文高橋ダイスケ写真アフロ

Photo Gallary19

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