炎上した「ブステレビ」から考える、お笑い界と世間にある温度差

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おぎやはぎの「ブス」テレビ(AbemaTVサイトより)

「ブスにヌードをオファーする」企画で炎上

9月9日に放送された『おぎやはぎの「ブス」テレビ』(AbemaTV)という番組の内容が波紋を呼んでいる。この日の放送では「ブスはいくらで脱いじゃうのか?」という企画が行われた。6人の女性出演者が架空の取材の中でフルヌードになる仕事を持ちかけられて、いくらで引き受けるのかを検証するという内容だった。

企画内容がAbemaTVの公式ツイッターなどで紹介されると、それを見た人からSNSで批判の声が殺到した。ルッキズム(容姿による差別)を助長するような内容であり、女性差別でもある、というのが主な意見だ。

この番組が批判を受けた最大の理由は、マスメディアで「ブス」という単語を軽々しく扱ったことにある。そもそもこの単語にはルッキズムの悪いイメージがつきまとっている。女性を蔑視する人によって使われがちな言葉だ。

そのような言葉をテレビ番組の中で用いること自体が良くないことだし、不当な女性差別を助長するものである、という批判にはそれなりの正当性がある。

AbemaTVの公式ツイッターでは番組の告知文として「ブスにヌードのオファーがあったら…いくらで脱いでしまうのか大検証「〇〇万円!」ブスの口から驚きの金額が飛び出す」などと書かれていた。字面だけを見れば、問答無用で不適切な内容であると疑われるのも無理はない。

少し前にも番組のタイトルをめぐって似たような騒動があった。2019年1月スタートの『ちょうどいいブスのススメ』(日本テレビ系)というドラマが放送されることが発表されると、そのタイトルについて世間で批判が殺到した。

このドラマの原作は、相席スタートの山﨑ケイのエッセイ集『ちょうどいいブスのススメ』(主婦の友社)だった。「ちょうどいいブス」とは、山﨑いわく「酔ったらギリギリでいける女」のこと。ブスと言われても傷つかずに、前向きに生きるためにちょうどいいブスを目指そう、というのが山﨑の考えだった。

芸人である彼女自身が、一種の自虐ネタのようなものとしてちょうどいいブスを目指すと宣言すること自体は構わないし、著書の中でその持論を展開するのも問題はない。だが、それがドラマのタイトルとして提示されると、あたかも万人に向けて「ちょうどいいブス」になることを勧めているように見えてしまう。

山﨑の定義する「ちょうどいいブス」とは、男性にとって都合のいい女性であり、決して1人の女性として尊重されているわけではないのではないか、という批判もあった。それらを受けて、日本テレビは番組のタイトルを『人生が楽しくなる幸せの法則』に変更して放送した。

おぎやはぎの矢作兼

お笑いではセーフだが、世間一般ではアウトな「単語」

この事件が起こった背景にあるのは、お笑い界と世間一般の間で「ブス」という単語のイメージに温度差があることだ。お笑いの世界では、芸人同士のやりとりの中で時には「アホ」「バカ」「デブ」といったきつい言葉が飛び交うことがある。それほど頻繁に使われるわけではないが「ブス」もその1つであるとされている。

だが、世間一般では、ブスという単語自体がほぼ使ってはいけないものとされている。たとえ冗談でも人前で口にしてはいけない、ということになっている。このお笑い界と世間一般の認識のズレが問題の根底にある。お笑いの文脈ではセーフとされていることが、世の中ではアウトになることも往々にしてあるのだ。

『おぎやはぎの「ブス」テレビ』が問題になっていると騒がれていたので、私も番組を見てみることにした。私自身はもともとこの番組の熱心な視聴者というわけではない。だが、過去に何度か見たことがあり、それほど悪い印象はなかった。むしろ、和気あいあいとした雰囲気の楽しい番組だと思っていた。

番組を見終わった後で思ったのは「やはり企画内容を文章で読むのと実際に映像を見るのでは大違いだな」ということだった。「ブスはいくらで脱いじゃうのか?」という文章だけを読むと、ほとんどの人が嫌な印象を受けるだろう。だが、実際の番組内容はそこまでひどいものには見えなかった。

この番組では、レギュラーの女性出演者のことを親しみを込めて「ブス」と呼んでいる。もちろんその呼び名自体に問題があるとも言えるのだが、番組の中では彼女たちを貶めるためにそういう表現を使っているわけではない。そこにはきちんとした理由がある。

女性を貶めるような番組ではなかったが…

この番組の紹介ページでは「女性向けの情報として世間であふれているのは美人やリア充向けの情報ばかりで、それ以外の人に向けた情報が少ない。でも、世の中ではそれ以外の人の方が多数派であるはずだ。そんな多数派に耳を傾けない社会に対して、この番組では多数派の本音をお届けする」という趣旨のことが書かれている。

この番組に批判的な人も、このコンセプト自体は悪くはないと感じるのではないだろうか。悪いところがあるとすれば、この番組では、そんな「美人やリア充以外の普通の人」のことをあえて「ブス」と表現しているところだ。言葉がきついのでここで拒否反応が生まれてしまうのだろう。

ただ、もともとのコンセプトは決して差別的なものではなく、むしろ「美人やリア充以外の社会的弱者とされる女性たちに光を当てる」という趣旨のものであることだけは理解しておいていただきたい。

この番組では、レギュラーの女性たちがさまざまな企画に挑んできた。そんな馴染みのメンバーの本音を引き出すためにドッキリを仕掛ける、というのが今回の企画の趣旨だ。

「容姿の劣る人を騙して、バカにする」というような悪意はそこには一切含まれていない。例えば、高額のギャラでないと脱がないと宣言した人に対して、「お前のヌードにそんな価値はないよ」などと言う人はいなかった。そういうふうに女性を貶めるような趣旨の番組ではないのだ。

むしろ、番組内で「1億円」とほかの人よりも格別に高い金額を挙げていた女性に対して、MCのおぎやはぎが理解を示していた。「怪しい話だから断る意味も含めての1億ということだよね」「ほかのみんなもそうやって先々のことを考えた方がいい」などと感想を述べていた。

そもそも女性に対して「いくらで脱ぐか」と聞くこと自体が失礼だという意見もあるかもしれないが、これに関しても、あくまでレギュラー出演者に対してバラエティの企画の一環として行われているだけである、ということを考慮する必要がある。

人の行動を隠しカメラで観察したり、人をいきなり落とし穴に落としたりするのも、倫理的には許されないことかもしれない。だが、テレビの企画として本人と所属事務所が了承する範囲内で行われる場合には、問題がないと考えられるのが普通だ。

番組を見ていない人からの批判がほとんどではないか

今回の企画で行われていることも、基本的にはこれと同じだ。馴染みのレギュラー出演者にドッキリを仕掛けているだけだ。街を歩く一般人をつかまえて、失礼なお願いをしているわけではないのである。

この企画に限らず、この番組ではレギュラーの女性陣を貶めるような場面はほとんど見られない。むしろ、MCのおぎやはぎの2人は彼女たちの話に真摯に耳を傾け、そこから女性の本音を学ぼうとしている。

お笑いライブの世界などでは分かりやすい「ブスキャラ」を演じることを強いられている女性芸人なども、この番組では1人の女性として生き生きと恋愛などについて本音を語っている。MCの態度も紳士的で、番組全体が温かい雰囲気に包まれている。見ていない人には信じられないかもしれないが、これは本当のことだ。

この番組は、9月19日現在までに127回も放送されている人気番組である。この番組が不当に女性を差別するだけの内容であるのなら、ここまで続いていないだろう。

番組を見て私が思ったのは、この番組に問題があるとすれば、「ブス」という言葉を軽々しく使っているということだけだ。それ以外の部分ではそれほど問題になるようなことはなかった。制作者が反省すべきことがあるとすれば、その点だけだと思う。

最後に、どうしても個人的に気になることを言っておきたい。あくまで推測だが、この番組に対する批判をネット上で書き込んでいる人の99.9%は、番組を実際に見ていないだろう。「バラエティ番組ではどうせくだらないことをやっているのだから、見ないで批判しても構わない」と思っているのなら、それは一種の「バラエティ番組」差別である。番組を批判したいと思うのなら、まずはきちんと見てみてほしい。話はそれからだ。

  • ラリー遠田

    作家・ライター、お笑い評論家。お笑いやテレビなどの評論、執筆、イベント企画などを手掛ける。『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと「めちゃイケ」の終わり〈ポスト平成〉のテレビバラエティ論』(イースト新書)、『逆襲する山里亮太』(双葉社)など多数の著書をもつ。公式サイト:http://owa-writer.com

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