最強オールブラックスに完勝したイングランド「2年半の研究」
決勝進出を果たしたイングランド、エディー・ジョーンズHCの「してやったり」
イングランドのキャプテン、オーウェン・ファレル(28)が、ある朝、目覚めて携帯電話をチェックすると、エディー・ジョーンズ(59)からのテキストメッセージが入っていた。送信時間を見てみると、午前4時となっている。ヘッドコーチは、いったい何時から仕事をしてるんだと呆(あき)れてしまった。
FWコーチのスティーブ・ボーズウィックは、4年前は日本代表のFWコーチとして快進撃を支え、そして今はイングランドでも引き続きエディーと一緒に仕事をしている。彼はラインアウトに取り憑(つ)かれた男で、現役時代から午前4時に目が覚めると、ラインアウトの映像を繰り返し見て研究に明け暮れていた。
イングランドの首脳陣は、ワーカホリックの人たちの集まりだ。しかし、させられているのではない。ラグビーをとことん愛してしまった人間だからこそ、仕事が病みつきになってしまっているのだ。
そして彼らがこの2年半、ターゲットにしてきたのがラグビーW杯日本大会準決勝で対戦したニュージーランドだった。
この夜、イングランドは完璧だった。3連覇を狙うオールブラックスにまったく好きなことをさせず、19対7で破った。
試合後の会見で、エディーはこう言い放った。
「われわれは2年半、今日の試合に向けて準備をしてきました。彼らはこの1週間だけでしょう」
研究の成果は、開始1分36秒のトライに凝縮されていた。ボールを大きく左右に展開すれば、オールブラックスの防御には穴が開く。それを読み切っての先制トライで、ゲームの主導権を握ることができた。そしてまた、ラインアウトでは、ことごとくオールブラックスのチャンスの芽を摘(つ)んだ。どこに投げてくるかを読み切り、そこに徹底的に絡んだ。
オールブラックスにストレスを! エディーの戦略はピタリとハマり、黒衣の世界最強軍団は、ラスト10分は何をしてもうまくいかず、困惑顔をした若者に戻ってしまっていた。
そしてイングランドの選手たちも、良い仕事をした。試合前夜、「いつも通り、みんなで肩を組んでオールブラックスのハカを見るのは嫌だな」という意見が出た。そこで選手たちが編み出したのが「V字フォーメーション」だった。ただし、ハーフウェイラインを越えてしまった選手がいて、審判団に注意を受けてしまったのはご愛敬。
そして、V字フォーメーションの中心で不敵な笑みを浮かべていたのが、主将のファレルだった。その笑みには、2年半かけて準備してきた自信が凝縮されていた。番狂わせは、情熱と時間の積み重ねによって生み出されたのである。
『FRIDAY』2019年11月15日号より
- 取材・文:生島淳
- 写真:PA Images/アフロ
スポーツ・ジャーナリスト
1967年、宮城県生まれ。早稲田大学社会科学部卒。博報堂勤務を経て、1999年にスポーツジャーナリストとして独立。野球や駅伝などを中心に、アメリカスポーツにも精通している