有森裕子が明かす五輪の勝機「試合当日コンタクトを落とし無心に」

ノンフィクション作家・小松成美が迫ったオリンピアンの栄光と苦悩 第1回

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インタビューに答える有森裕子。’66年、岡山県生まれ。同県の就実高から日本体育大学に進学。その後、リクルートに入社。身長165cm体重48kg

ついに開催まで半年あまりに迫った東京五輪。令和2年が、オリンピックイヤーになるのは間違いないだろう。ただ世界が注目する大舞台で、結果を残すのは並大抵のことではない。これまで五輪に出場した選手たちは、どんな苦悩を抱え克服してきたのだろうか。長年アスリートをインタビューしてきたノンフィクション作家の小松成美が、選手たちの知られざる葛藤を取材した。話を聞いたのは、バルセロナ(’92年)とアトランタ(’96年)の両五輪の女子マラソンで、銀メダルと銅メダルを獲得した有森裕子(53)だ。

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「バルセロナ五輪のマラソン当日。その朝、私はコンタクトレンズの片方を落としました。視力が悪い私は、裸眼では何も見えません。スペアのコンタクトも持っていなくて、ぼんやりする視界を前に、ただ立ち尽くしました。どうしよう・・・・・・。その言葉しか浮かんでこなかった。頭からは全てが吹き飛んでいきました。目標タイムもレースプランも、なんと、前日まで痛かったはずの足痛みも消えていました。少しでも見えた方がいいかなと考えて、片方だけコンタクトを付けた私は、覚悟を決めます。『とにかく落ち着け』と何度も呟き、『まずコースが見えればいい。後は給水所で自分のボトルが見えればいい。その他は何も見えなくてもいい』と自分に言い聞かせたんです。そのままスタートラインに立ちました。コンタクトレンズを落としたことは誰にも告げませんでした」

有森は、銀メダルを獲得したバルセロナ五輪のレースを「無心で走った」と振り返る。コンタクトをなくしたことが功を奏し、むしろ圧倒的な集中力を持って42.195kmに臨んだ。女子陸上競技では人見絹枝以来、実に64年ぶりとなる五輪銀メダルを日本にもたらしたのだ。

有森は当初からオリンピックを志していたアスリートではなかった。最初に打ち込んだスポーツも、マラソンではなかった。

「地元岡山の小学校の頃、ポートボール(台に乗った人にボールを渡す7人制の競技)をやっていたのがきっかけで、中学時代はバスケットボール部に入ったんです。でも私は不器用なので、連係プレーでミスばかりしていました。実際、チームプレーができてなくて、前しか見えない。団体競技はすごく苦手だと気づき始めました。じゃあ他にどんな競技が自分に向いているのかなと考えても、なかなか見つかりません。そんな時に出会ったのが、運動会で出場した800m走でした」

800m走は、トラック2周をほぼ全速力で走らなければならない。陸上の中でもキツい種目だ。他の生徒がやりたがらなかったため1年の運動会から出場した有森は、3年間1位になり続けた。「走ること」に自信をつけた有森は高校(岡山県・就実高)で陸上部に入部。「平凡な記録しかない選手」だったが、卒業後は日本トップレベルの選手が集う日本体育大学に進学する。

「大学時代は大変でした。日体大の学生の多くは、特待生や推薦で入ってきますからね。高校時代から国体やインターハイなどに出場しているため、みんな顔見知りで、レベルの違う私になんて誰も話しかけてくれません。『強い人たちは性格が悪いなぁ、こんな人たちに負けるもんか』と奮起して『こそ練』を始めました。あっ、『こそ練』とは『こっそり練習』の略なんです。とにかく、やるしかなかったんですよ。同い年で一人すごく速くて、インターハイで優勝するような選手がいたんです。でも、その彼女はほとんど練習していなかったんですよ。練習もしていない選手には絶対に負けたくないって思って、私は練習の鬼になりました。最終的に4年生の時にその選手の記録を抜くんです。『ああ、努力を積み重ねると結果が掴めるんだな』と、とても嬉しかったのを覚えています」

「よくその成績でここに来たね~」

現役時代のツラい体験を淡々と語る有森。苦しい過去についても笑顔で話した

大学時代、有森は教員志望だった。しかし教育実習中に参加した記録会で自己ベストから2番目の好記録で優勝したことから、実業団で陸上ランナーになることを決意する。’89年に入部したのは、リクルート社の陸上部。そこですでに名監督として名を馳せていた小出義雄と出会う。

「入部した時、最初に小出監督とは1時間くらい話をしました。監督は『国体は何位?』とか『どんな賞を獲ったの?』などと聞いてきましたが、私がたいした結果を出していないので、驚いて『よくその成績でここに来たね〜』と笑ったんです。後から聞いたのですが、本当は私をマネージャーにしようと採用したんだそうです。でも私はそれを知りませんでした。入部した私はリクルートには入れた喜びで、もう走る気満々で、監督も『それなら少し走らせてみるか』と様子を見てくれた。当時リクルートは大変な状況だったので(’88年に政治家などへの贈賄が発覚したリクルート事件の最中)、監督は『今の我が社のピンチを救えるのはヤル気のある人間だ』と考え、私を選手枠に置いてくれたのです」

とは言え、まだ選手としては無名の有森。オリンピックを目指す転機となったのは、’88年のソウル五輪だったという。

「女子マラソンで優勝したポルトガルのロザ・モタ選手のゴールは、本当に衝撃的でした。満面の笑みで彼女がゴールするのをテレビで見た時、『マラソンって、いったいどんな競技なんだろう!?』とただ考えていました。彼女の笑顔があまりにステキだったので感動しちゃったんですよ。そして『私も人を感動させる選手になりたい、オリンピックというステージへ行きたい!』と思っていました」

小出監督の作ったメニューを有森はひたすらこなしていった。トレーニングを重ねれば重ねるほど、タイムは良くなっていった。

「私自身、“諦めない力”は誰にも負けないと思っていました。キツいことは嫌いじゃなかったですし、日々タイムが縮まっていくことは喜びでした。けれど、金メダルを獲ろうと思ったことはないんですよ。バルセロナ五輪前に監督からは、『有森は練習ができたから8位には入るだろう。もう少しがんばれば5位になるかもしれない』と言われ、『私、世界で5番目の選手になれるかもしれない』と舞い上がったほどでした」

予想を覆し、有森は優勝争いを繰り広げる。一つの要因となったのが、冒頭で紹介したコンタクト紛失事件。普通なら「なんでこんな日に!」と不運を嘆くところ、彼女はそれを「前をむいてひたすら走る力」に変えたのだ。

29km付近、3位集団から抜け出してスパートをかけた有森は、35km過ぎには先頭を走っていたワレンティナ・エゴロワに追いつくと、急な登り坂が続くモンジュイクの丘での死闘とも呼べる激しい走りを繰り広げた。

競技場へ入る直前でエゴロワに引き離され、8秒差で優勝はならなかったが、2位でゴールし、銀メダルを獲得する。

「面倒臭い存在になってしまった」

オリンピックで栄光のメダルを獲得した有森だが、レース直後は実感がわかなかった、と笑う。

「’91年に始まった湾岸戦争の影響もあり、警備がスゴかったんです。それで表彰台に行くまで迷って、けっこう大変でした。やっとたどり着けたという印象です。ホテルに戻って鏡の前に立って、ぼんやりした自分の姿を見た時、初めて『あっ、メダル獲れたんだ』という実感がわきました」

銀メダルとともに帰国した有森だが、国内の過剰な空気とその反応に苦しめられる。

「飛行機を降りたら、すさまじい数のフラッシュです。メダルを獲らずに帰国したらどうなっていたんだろうと、ものすごく怖くなったのを覚えています。帰国後も私はオリンピック前と何も変わらず、普通に過ごしていたのですが、『天狗になってる』『女王様気取り』と周囲が騒ぎはじめました。以前と同じように話しても、そう言われてしまう。周りはメダルを獲って喜んでくれると思ったのに、自分自身、『なんか面倒臭い存在になってしまったんだな』と感じるようになってしいったんです。それで心も身体も、ギクシャクし始めてしまったんですね。いろいろなことが上手くいかなくて、メダルを見るたびに泣いていました。これって経験してみないとわからないことで、本当にツラかったですね。周囲の人もイヤだったでしょう。私はいつも機嫌が悪く、表情も暗かったでしょうから」

有森は、悩みを解決するには、もう一度メダリストという肩書を掴むしかないと思い始める。

「まぐれで勝ったランナーはないことを証明するしかない。そう思い詰めていましたね」

奈落の底にいるような精神状態での走り込みは、命懸けのものだった。それでも現状を変えるために、有森は4年後のアトランタ五輪を目指すことになる。

(文中敬称略)

インタビュアー後、話を聞いた小松成美と。取材は2時間に及んだ
  • 取材・文小松成美

    ノンフィクション作家、インタビュアー、小説家。取材対象者は中田英寿、イチロー、五郎丸歩、有森裕子などのトップアスリートからYOSHIKI、歌舞伎役者など多岐にわたる。著書に『横綱 白鵬』(学研教育出版)、『それってキセキ~GReeeeNの物語~』(KADOKAWA)など。最新刊は平成の歌姫・浜崎あゆみをモデルにした『M 愛すべき人がいて』(幻冬舎)。

  • 撮影福岡耕造協力アーシャルデザイン

Photo Gallary3

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