検事長「賭け麻雀事件」で見える、安倍政権の幼稚な愚かさ
検事長が新聞記者と麻雀賭博って「福本伸行ワールド」? 漫画の悪役より「格落ち」な安倍政権と周囲の人たち 〔人気ライターCDB〕
「福本伸行漫画かよ」。東京高検の黒川弘務検事長の麻雀賭博報道をネットで知った時、まずそう思った。
緊急事態宣言下、産経新聞と朝日新聞という保守革新の両極の新聞記者、元記者が集まり行われる麻雀賭博。相手は時の政権が法を曲げても留任させ検事総長に据えると噂される検事長である。なんと劇的なシチュエーションなのだろうか。
ギャンブルコミックのカリスマ、福本伸行先生にオマージュを捧げるにも程があるだろう。一番知名度があるのでイラストでは『カイジ』の名前を出したが、同じ福本伸行コミックでも『アカギ』の鷲巣麻雀、『銀と金』の政治的メッセージ、それら全てを統合した福本伸行ワールドの集大成と言っても過言ではない。いや別に福本先生描いてないけどね。でもそれくらいの状況だと思う。
まあ現実には黒川検事長は別にロンするたびに『アカギ』の鷲巣みたいにキキキと笑いながら朝日新聞の元記者から血液を抜いたりはしてなかったと思うし、朝日の元記者も謎の天才代打ちを引き連れて「もしオレたちが勝ったら…総理が関わったあの事件、起訴してもらうぞっっ…!」などという政治的要求は出していないと思う。
単純に麻雀めっちゃ好きなんでしょうね黒川さん。というか検事長なのに新聞記者の家に呼び出されてんじゃねーよ。そこは完全な防犯体制が敷かれた検事長の豪邸の地下室でやってもらいたい所である。奥様が厳しいんですかね。まあそれはいいや。
とにかく黒川検事長は21日辞表を提出した。なにしろ22年前とはいえ蛭子能収先生を麻雀賭博で逮捕して罰金刑をくらわしているわけだし、万事休すという形だ。
各メディアで大きく報道された通り、今月ツイッターでは検察定年改定法案に対するハッシュタグが数百万のレベルで駆け巡った。その反対運動の中心には法案そのもの以上に、その前に総理が法案審議を経ることなく口頭で定年延長を決定したという黒川検事長の人事があったと思う。
黒川検事長は官邸の守護神と囁かれ、定年の延長のみならず、再延長、再々延長までできるよう法案に追加した背景には彼がいるのではないかと言われてきた。猛烈な反対運動によって今国会での通過が見送られた後も、法案は修正せず次期国会でそのまま通過を目指すと政府は引かなかった。その結末がこれである。
猛攻をしのいでなんとかドローに持ち込んでアウェイ戦に備えていたら、相手チームの監督が逮捕されたみたいな状態だ。呆然とするような結末ではある。
でもたぶん、著名人から市井の人々まで、日弁連や元検事、歴代特捜部長までも動かしたあのハッシュタグがなければ、今回の報道から辞職、という動きはなかったのではないかと思う。過去の不起訴になった数々の疑惑に対して、世論の風が弱いと見るや政権がそうしてきたように「真相は藪の中」で通過されてしまったのではないか。
でも緊急事態宣言の今、少なくない数の人々が「いったいこの事態はいつ終わるのか」「この損害に補償はあるのか」という深い痛みとともにニュースをチェックしている。このニュースは、過去に僕たちが日々の生活の中で通り過ぎてきた、不起訴で葬られてきたいくつもの政権スキャンダルを死者の告発のように蘇らせている。政府が薄笑いを浮かべて押し切れる「日常」は終わったのだ。
福本伸行の漫画には多くの魅力的な悪役たちが登場する。『カイジ』における利根川、『アカギ』の鷲巣、『銀と金』なら神威秀峰。彼らは彼らなりに悪の哲学、リベラルな理想論を打ち砕く弱肉強食の真理を語る。その強者の思想と無名の貧しい青年の対決が福本伸行漫画の本質である。
でも多くの人が、この政権はそうした「巨悪」ではないことに気がつき始めている。
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悪は世界を狡猾に支配するが、愚かさは世界を崩壊させる。
僕たちは今、その政治的愚かさと向き合っている。言うまでもなくそれは愚かな政治家を選んできた僕たち国民の愚かさの反映だし、それはもしかしたら、伊藤カイジや赤木しげるが巨万の富を持つ狡猾な悪を倒すより、もっと難しい闘いになるかもしれないのだ。
◆文:CDB(ライター)
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