染谷将太、安藤サクラ…名優が結集!「きょうの猫村さん」の凄み
心が荒みがちな大人のためのファンタジー
テレビドラマに何を求めるのかと聞かれたら、即答で
「現実とは違う妄想の世界です」
と回答する。あり得ない設定、展開。そこに人が憧れを抱いたり、否定をして楽しむ。一歩外に出ればギスギスした雰囲気の広がるコロナ禍の現在はとくに、その傾向は強い。ドラマ一本の中に、コロナとは全く縁のない世界が広がっているのだから、もうこれは癒し、休息だ。
![家政婦紹介所には市川美日子と石田ひかりが。玉のれん、ちゃぶ台にみかん、頭に巻いたカーラーなどのアイテムは、10代にとっては、懐かしいというより意味不明かもしれない](https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/c_scale,dpr_2,f_auto,t_article_image,w_664/wpmedia/2020/07/17f1ac0d5ecca00c53075ca6d5ad5f4b.jpg)
ドラマの放映も徐々に復活する中、前述の意味をもって太鼓判付きで私がお勧めしたいのは『きょうの猫村さん』(テレビ東京系)である。
週に一度、ほんの150秒の癒されタイム
“猫村ねこ(松重豊)は、自分を拾って育ててくれたぼっちゃん(濱田岳)に会うための費用を貯めようと、働くことを決意する。募集のチラシを見て訪れたのは村田家政婦紹介所。今日から、家政婦として生きていく”
というのが『きょうの猫村さん』のあらすじ。毎週水曜の深夜0時52分から2分30秒という驚異の短さで放送されている。コロナ騒動に巻き込まれる前に撮影は全て終了して、4月から放送スタート。全24回の放送は、折り返し地点を越えた。
白い猫の着ぐるみに全身を包んだ松重さんが、ごく普通の家庭生活になじんで家政婦として働いている。奉公先の家庭では、細やかな気配りができる、優秀な仕事ぶりだ。当たり前のように人間たちと会話をして、毎週放送されているテレビドラマ『泣き虫刑事』を楽しんでいる。くどいようだが、猫村さんは猫だ。
![安藤サクラが演じる「怖がり屋の主婦」。主演の松重豊をとりまく俳優陣が、豪華すぎる](https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/c_scale,dpr_2,f_auto,t_article_image,w_664/wpmedia/2020/07/e8b9ae236f3a9b9392b1d160856e7936.jpg)
![出演する作品ではつねに、圧倒的な存在感を魅せる女優・安藤サクラが、この「猫」に並ぶと少し小さく見える](https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/c_scale,dpr_2,f_auto,t_article_image,w_664/wpmedia/2020/07/039118eea4b98029f3ad869bc0e9f212.jpg)
![魚屋さんの荒川良々。役名は(たぶん)ない。セリフもほぼない。ごく自然に、魚屋さん](https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/c_scale,dpr_2,f_auto,t_article_image,w_664/wpmedia/2020/07/5606011f276bc00d97f9244af4e4d996.jpg)
この素っ頓狂な設定が最初は不自然で、疑問を感じてしまうのだけど、この世界を2分間眺め、放送終了頃になると、その疑問は消える。そして「ほぅ……」と一息をついて、寝る前にハーブティーでも飲みたくなる。
このほんわかした後味は何だろうと思い返すと、幼少期に、家事に忙しい母親からなかば強制的に見せられていたNHK教育テレビ(Eテレ)の、人形劇の感覚に近い。白目も心も澄んでいた幼稚園から小学校くらいの時期。着ぐるみと人間が共存していても何の疑問も浮かばなかった、純度100%の心がそこにある。
大人が本気でふざけているのか、それとも真剣なのか
猫村さんは家政婦として優秀であるだけではなく、ドラマの中で唐突に“猫感”を見せてくるのだが、それが非常に可愛い。急に陽だまりの誘惑に負けて、日向ぼっこをしたり、イライラすれば発泡スチロールで爪を研ぐ。
![奉公先の犬神家のお嬢様・池田エライザは、つっぱりセーラー服がハマりすぎている。友人、強役は、大河ドラマでも活躍の実力派俳優・染谷将太。学ラン。おやつは、猫村さん特製揚げパン](https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/c_scale,dpr_2,f_auto,t_article_image,w_664/wpmedia/2020/07/422c73dae4a3b41ca91687281a6bd4b7.jpg)
一見すると、ふざけているのか真剣なのか表裏一体。でも「私たち、大人真剣なんです!」と言わんばかりに、毎回信じられないくらい豪華なキャストが揃っているのも見どころの一つ。何かと敵対する近所の主婦に安藤サクラ、奉公先の奥様は小雪。そこのヤンキー娘、池田エライザ、その彼氏にリーゼントの染谷将太。名優揃い。この名優たちが、本気で猫村さんに対峙する。毎回誰が出てくるのかワクワクしてしまう。そして、皆一様に猫村さんのファンだからこそ参加しているのだと、作品への愛が伝わってくる。
![猫村さんのほとばしるオーラに名優たちが小さく見えるなか、リーゼントをキメた染谷将太は、猫耳の松重に勝るとも劣らない存在感をみせ、その実力を見せつけた](https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/c_scale,dpr_2,f_auto,t_article_image,w_664/wpmedia/2020/07/9026e90d52bcd41b35686252e7e20bc8.jpg)
![家に猫の家政婦さんがいたら…そりゃ、驚きますわよね。猫村さんの繰り出す昭和感あふれる「女性の日本語」のたおやかさと、ときおり見せる猫仕草の愛らしさで、二度見必至](https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/c_scale,dpr_2,f_auto,t_article_image,w_664/wpmedia/2020/07/1d1c04af9d1e0083e40614f99abe41bf.jpg)
さらに演者たちだけではなく、衣装協力にも名だたるメゾンブランドが名を連ねているのは、大人たちの真剣さに深みを表しているようだ。音楽は、坂本龍一。
そして真剣さの最大の証は、猫村ねこを演じる、松重豊だろう。この『猫』という大役を、彼以外に誰が演じることができたのだろうと考えると……今、事務所退所で話題を呼んでいるTOKIOの長瀬智也はどうだろう。元祖天然男子の彼ならば、猫役に対して真剣に向き合うはずだ。その他『バイプレイヤーズ~もしも名脇役がテレ東朝ドラで無人島生活したら~』(テレビ東京系・2018年~)の出演者も思い浮かぶ。
でもやはり、この猫は、松重さんの他にいない。
かつて、『孤独のグルメ』(テレビ東京系・2012年~)を演じるにあたって
「太らないように気をつけています」
と言っていたけれど、あれはひょっとして白い猫の着ぐるみを着るための発言でもあったのかもしれない。とにかくラストまできっちりと猫の活躍を見届けたい。
![ほかにも、5歳児感がハンパない濱田岳、ゴージャスな奥様そのものの小雪、不倫疑惑の大学教授・松尾スズキなど、名優たちがこのミニドラマに結集 写真提供:テレビ東京](https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/c_scale,dpr_2,f_auto,t_article_image,w_664/wpmedia/2020/07/a4ddbf62ce34516b664f05da7eceb2cc.jpg)
『きょうの猫村さん』、この作品は紛れもない、大人たちのためのファンタジーなのだ。
- 文:小林久乃
小林久乃(こばやし・ひさの)/エッセイ、コラムの執筆、編集、ライター、プロモーション業など。著書に『結婚してもしなくてもうるわしきかな人生』(KKベストセラーズ)、『45㎝の距離感 つながる機能が増えた世の中の人間関係について』(WAVE出版)、『ベスト・オブ・平成ドラマ!』(青春出版社)がある。静岡県浜松市出身。X(旧Twitter):@hisano_k