もうひとつのプロ野球「独立リーグ」を支える裏方スタッフの奮闘

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神奈川県に誕生した新チームで働くことを選んだ3人のスタッフ

日本でプロ野球といえば、読売巨人軍や福岡ソフトバンクホークスといったチームが戦うリーグを指す。数千万~数億円の年俸でプレーするスター選手を擁し、今年こそ新型コロナウイルスの影響で試合数や観客数の縮小を余儀なくされているが、昨年までの数年で観客動員数やグッズ販売など、右肩上がりで人気を伸ばしていて、日本トップの人気を誇るプロスポーツとして君臨している。 

その陰で、月10万円ほどの給料で選手がプレーする、もうひとつのプロ野球がある。それが独立リーグだ。四国アイランドリーグPlusやルートインBCリーグ(以下、BCリーグ)など、現在は日本に4つの独立リーグがあり、それぞれでいわゆるプロ野球=NPB入りを狙う若手選手らが日夜プレーしている。 

そんな独立リーグの中で、今年度から誕生したのがBCリーグの神奈川フューチャードリームス(以下、FD)だ。 

横浜DeNAベイスターズの本拠地であり、横浜高校や東海大相模高校といった高校野球の名門校があるなど、野球の盛んな神奈川県に誕生したこのチーム。運営しているのは神奈川県藤沢市に本社があるFDIホールディングスを母体とする株式会社神奈川県民球団。監督に元横浜ベイスターズの鈴木尚典、GMに山下大輔、球団アドバイザー兼任コーチに荒波翔らを招き、神奈川を拠点に参入初年度ながらリーグでも上位に食い込んでいる。 

そんな首脳陣や選手たちとともに奮闘しているのが、チームを支える裏方スタッフだ。NPBのチームとは資金力、予算に雲泥の差があり、「人手が足りないためやることは多いが、予算的な理由からできることは少ない」という厳しい環境の中、NPB入りという夢を追う選手とともに戦っているスタッフに焦点を当て、彼らの戦いぶりを取材した。

3年生よりも先に卒業してチームへ。元教員の挑戦

地域貢献担当兼チームマネージャーの小沼慶多さん。高校、大学と野球名門校でキャッチャーとしてプレー。高校、大学では新潟アルビレックスBCなどで投手として活躍した間曽晃平(現松本大学コーチ)とバッテリーを組んでいた

地域貢献担当兼チームマネージャーの小沼慶多(おぬま・けいた)さんは、神奈川県伊勢原市生まれ。野球伝統校・横浜商業高校から神奈川大学野球部を経て、教員として10年間、生徒の指導と野球部のコーチを務めた後、FDにスタッフとして入団した。

「もともと野球の指導者になりたかったので、教員を辞める気なんてなかったんですよ。天職だと思っていましたから。でも、担任をしていた生徒で、中学のときから野球の審判をやっていた子がいたんですね。その彼がなにか野球に携われる仕事がないか、進路相談に乗っているときにBCリーグのことを知ったんです」

地元神奈川に新しく野球チームができる。それも地域に根付いたチームになりそうだ。そう思うと、小沼さんの心境にも変化が訪れる。

「僕の実家が伊勢原市で酒屋をやっているんです。生まれたときから地域に根付いたことをずっとやっているのを見て育っていますから、自然と自分も地域貢献に対して興味を持っていたところで、野球で地域貢献ができるんじゃないかって。

そんなときに野球の仕事に挑戦しようとしてる生徒に触発されたんですかね。僕も挑戦したいという気持ちが強くなりました。2019年度はちょうど高校3年生のクラスの担任だったので、彼らを送り出すのと合わせてちょうどいいタイミングかなって」

とはいうものの、小沼さんがチームに合流したのは2020年の2月。生徒よりも早く、先生が卒業することになってしまった。

「3年生は2月になると授業も無くなりますし、生徒もみんな進路が決まっていましたから、いいかなって。僕の方が生徒に送り出される形になっちゃいましたけど(笑)」

そうしてやってきたチームで、小沼さんは地域貢献担当として、地元の企業や商店街などを訪ねてはチームを広報し、協力を乞うといった活動をする一方で、マネージャーとして練習場所の手配やグラウンド整備、試合中のスコアを記録するなど、多くの役割を担っている。

「地元のバス会社に頼んで、チームのラッピングバスをスポンサードしてもらったり。今はなかなかできないですけど、状況が落ち着いたら地元の商店街とイベントをしたりしたいですね。選手たちもイベントなどを通して街に溶け込んで、地元の人に応援してもらったり。そんな近所づきあい、人をつなぐ役割になればいいと思っています。ホームの神奈川で選手と地元の人が知り合う機会が増えて、試合があるたびにお祭りみたいにできたら最高じゃないですか。神奈川にチームが溶け込んで、近所の小学生がFDのキャップをかぶるのが当たり前のようになったりしたら嬉しいですね」 

チームの移動用のラッピングバス。小沼さんたちが地元バス会社に頼んでスポンサードしてもらった

自身も高校、大学と神奈川でプレーをしてきた選手としても、地元やそこでプレーする若手選手にかける思いはひとしおだ。献身的にチームを支える小沼さんだが、もし、自分が高校、大学のときにFDができていたら、BCリーグでプレーしたいと思っただろうか?

「いや、野球は大学までと決めていて、その後は指導者になりたかったのでBCリーグでプレーすることはなかったんじゃないかと思います。僕は高校、大学と推薦で入学できましたが、推薦枠や金銭面など、いろいろな事情で大学でプレーできなかった人もいます。後1年早く、もしくは遅く生まれたら大学に入れたかもしれないし、社会人のチームでプレーできたかもしれないという人をたくさん見てきました。プレーしたくてもできなかった、そんなモヤモヤを持った選手たちにとってはとても大切な場所です。BCリーグは夢を追う場所であると同時に、夢をあきらめる場所でもあるんです」 

夢を追う選手と諦める選手。年齢的なこともあり、独立リーグでプレーする選手は1年1年が勝負だ。毎年、夢を追って入ってくる選手がいる分、押し出される選手もいる。独立リーグで夢を諦める選手は、NPB入りする選手よりもはるかに多い。

「NPB入りできなくて選手を引退しても、社会人としてのその先がありますねよ。せっかっく神奈川のチームで一緒にやっていたのに、引退したらそれでさようならじゃあ寂しいじゃないですか。だから僕は今のうちに他県出身の選手を地元の海やおいしい店に連れて行って『どう、神奈川っていいだろう?』って、神奈川に残ってもらうリクルーティングもしています(笑)。

引退した選手が神奈川で就職して、10年後にその人の会社がFDのスポンサーになってくれて、そのサポートを受けた選手がやがて就職してスポンサーになって……、そういうサイクルができればいいですね。神奈川で生まれ育った者として、勝手な使命感を持ってそんな活動をしています」 

神奈川で生まれ、プレーして、人を育てた小沼さん。10年間の教員生活の次に選んだ夢は、神奈川県を巻き込んだ壮大なチャレンジだ。

試合中はスコアラーとしてベンチで選手に情報や分析を伝えるほか、グラウンド整備なども行う

激務を知っていても、好奇心が勝った広報担当

広報担当の中村もとさん。神奈川に来てまず行ったのは江ノ島。「(神奈川県民球団の事務所がある)藤沢にいるなら行くしかない!」

広報・運営を担当している中村もとさんは、新潟県の高校を卒業後に県内のスポーツ専門学校に入学。卒業後に同じBCリーグの富山GRNサンダーバーズで4年間広報を務めていたという、新設球団にあって貴重なキャリアの持ち主だ。 

「小さいころからスポーツ、特に野球が好きで、スポーツチームで働きたいと思っていたんです。専門学校卒業後に紹介で富山に入って、広報と運営をしていました。マスコミなどへ露出をはじめとする広報関係全般、試合のタイムスケジュール管理、アナウンス原稿の作成、イベント企画と開催、グッズ販売、SNSの発信……、まあ、いろいろやっています(笑)」

富山では元読売巨人軍の吉岡雄二、二岡智宏、元東京ヤクルトスワローズの伊藤智仁といった歴代の監督の元で広報全般を担当してきた。そして今は鈴木尚典、山下大輔、荒波翔と、神奈川の野球好きなら誰もが知る人たちと仕事を共にしている。

「すごく光栄だと思います。いろいろなお話を聞いて、意見をもらって、一緒に試合運営やグッズを考えたり。(新型コロナウイルスの影響で無観客試合が続く中)だから地元の方からも早く試合を観に行きたいって言ってもらえていて、スポンサーさんも含めていろいろな方に応援していただいてるなって感じています。それに、監督、コーチはもちろん、選手も経験豊富な人が多く、インタビューや取材も私がいちいち説明しなくても上手にこなしてくれるので安心しています。取材は、ほぼお任せ状態で(笑)」 

中村さんは今年の1月から合流したが、本当は一度、一般企業に就職しようと思っていたという。理由は一人で何役もこなさなければならない激務だった。

「仕事をやってもやっても終わらないんですよ! 試合が終わったらすぐ次の試合の準備。試合が無い日も次の試合の準備! 『もう無理! 疲れたー!』ってなっちゃって。でも、新しい球団ができると聞いたとき、『新しい場所で立ち上げに参加できる。それに横浜DeNAベイスターズさんがいる神奈川県だから更にいろいろな経験ができそう』って考えていたら、そっちの魅力が激務の大変さに勝っちゃって(笑)」

激務とはいえ、もちろん休日は他業種と同じくらいの日数がとれるようになっていてる。しかし、それも「雨で試合中止になったから今日は休み」、「明日、急ぎでやることがなさそうだから休む」というように、休みを取るのも突発的。この日と決めて休む日は月に2~3日程度だ。そんな働き方はやはり大変に見える。また、収入面でも気になるが……。

「う~ん。お給料は同年代の人とそんなに変わらないと思います。休日は変則的なのですが、社会人になってからずっとそうなので、特に大変だとは思っていませんよ」

そうして神奈川でもスタッフ業務に邁進する中、激務は同じでも、これまで過ごした新潟、富山と神奈川のある違いに彼女は気づいた。

「今年の1月から神奈川に来たんですけど、冬でも晴れていて、雪が降っていないことに一番びっくりしたというか、嬉しかったです! 新潟も富山も冬はずっと雪が降っていて、曇り続きですから。神奈川は散歩してても気持ちいいですね! まだまだ神奈川の土地勘がないのですが、富山でも最初の一年は地域名もまったく分からなくて苦労しました。県内の地名は試合をする球場とセットで覚えるんですよ。○○町は●●球場のある町で、■■が名物で~みたいに。今は神奈川県内の地名を同じようにして覚えているところです」

そんな中村さんに今後の目標や展望を尋ねると、真っ先に返ってきたのが「参入初年度にチームが優勝すること! そして更に多くの方にチームの存在を知ってほしい!」だった。常に首脳陣のそばにいて、その言葉を聞き、同年代の選手たちが奮闘している姿を間近で見てきている彼女だからこそ、目標は「優勝」だ。

「それに、神奈川は野球大国なので、野球教室など、子どもたちと触れ合うことをどんどんやっていきたいです。神奈川県民球団として、地域の方々と触れ合えることができたらいいなって思っています」

監督、選手への取材などを一手に引き受けるほか、試合イベントのオペレーション、試合中はSNSでイニングごとの試合経過をアップ、試合後のインタビューの手配など、業務は多岐にわたる

野球を諦めなかった元警察官

地域貢献担当の祖父江知明さん。高校時代は50㎏台だった体重も、トレーニングなどの成果で今では70㎏台に。パワーアップした筋肉は草野球でのプレーに生かしている

FDで地域貢献担当ととして働く祖父江知明(そふえ・ともあき)さんは、元警察官という経歴の持ち主。横浜市出身で、地元の港北高校の野球部で投手としてプレー。卒業後は神奈川県警職員となり、5年間を過ごした。

「警察官になっても草野球はずっとやっていました。勤務しているうちに、野球に携わった仕事がしたいと思うようになり、退職してスポーツ専門学校に入学しました。はい、もちろん周囲には大反対されました(苦笑)。それでも最後は自分のやりたい道を選んで、両親も応援してくれたので結果的によかったですけど」 

安定した公務員の職を捨ててまで選んだ道。専門学校に入学した後、祖父江さんはインターンとして横浜DeNAベイスターズベースボールスクールにスタッフとして入り、同スクールで子どもたちの指導やイベント運営を手伝った。そのときベースボールスクールのコーチをしていたのが、現鈴木尚典監督だ。

「鈴木監督が就任する際に声をかけてもらって、FDに入りました。鈴木監督をはじめ、そうそうたるメンバーと一緒に働けるなんて、周囲の反対を押し切った甲斐がありました。本当に野球を諦めなくてよかったと思っています」 

「野球を諦める」というのは、プレーする選手だけが使う言葉だとばかり思いがちだが、祖父江さんのように、選手としてではなく、スタッフとして野球を続けるという選択肢がある。そうして選んだ道に大きなやりがいを感じているという。

「裏方スタッフですが、こういう仕事もあると、職業として認知されつつありますよね。チームから一人でも多くの選手がNPBへ行ってほしいし、そのためのサポートはどんどんしていきたい。まあ、同い年の選手が今でもBCリーグでプレーしているのを見ていると、正直うらやましいと思いますよ。試合を見ていると血が騒ぎますが、そこは草野球で発散していますね」

小沼さんと同じように、地域貢献担当として地元の企業とチームをつなぐ仕事をしている祖父江さんが、今挑戦しているのが野球用品の中古買い取り、販売だ。

「神奈川県民球団の経営母体は、釣り具販売チェーン『タックルベリー』などを運営している会社です。その販売ノウハウを活かして、野球道具を手軽に購入できるようにしていきたい。野球用品って一式そろえると高いじゃないですか。それがネックになって野球を始められない子もいるかもしれない。そんな人たちが野球を始めるとっかかりになってくれればいいなって」

野球を諦めなかった男が、今度は野球を諦めきれない人たちを支え、手を差し伸べようと奮闘している。

ホームゲームは神奈川県内の球場を転々とする。地方では電光掲示板でない球場も多く、試合中にはスコアボード裏で選手交代や得点の表示入替なども行っている

 

2020年に、野球大国神奈川に誕生した神奈川フューチャードリームス。1年目の戦いを裏で支えるスタッフたちの思いを紹介してきた。最後にそんな彼らを間近で見ている鈴木尚典監督に彼らの評価を聞いた。

鈴木尚典監督。横浜高校から横浜ベイスターズに入団。1997年、1998年に二年連続首位打者を獲得するなど、神奈川県内でも抜群の人気と知名度を誇る

「小沼は教員を辞めてチームに来ていて、相当の覚悟を感じますよ。裏方の仕事はなんでもやってくれるのですが、フル回転し過ぎでパンクしてしまわないか心配するくらいです。(中村)もとちゃんは、富山で経験があるにしても、初年度の何にもないところからスタートしているので、大変そうなのは見ていてわかります。広報として優秀で助かります。祖父江はベースボールスクールで一緒にやっていたので、マジメで一生懸命やるヤツなのはわかっていました。球団社長にも『なんでもやるヤツですから』と、私が紹介したくらいです。実際によくがんばっています。 

3人に共通していえるのは、本当にスタッフが数少ない中で、一人何役もこなしてフル回転でチームを支えてくれているということ。NPBのチームではそれぞれの担当がいて成り立っているものも、独立リーグの環境ではそうもいかないですからね。本当にこの3人がフル回転してくれていて助かっています」

神奈川フューチャードリームスだけでなく、独立リーグのチームはどこも同じような環境だ。そんな中で、NPB入りを狙ってプレーする選手だけでなく、チームを率いて自分の経験や技術を伝える監督やコーチ、裏方として選手とチームを支えるスタッフたち。それぞれの役割で戦う関係者の奮闘に目を向けると、独立リーグの面白さがもっと見えてくるはずだ。

  • 取材・文高橋ダイスケ撮影杉山和行

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