巨人8人目の「二冠王」を目指す岡本和真に必要なもの

かつて巨人ではこんな選手が「二冠王」に輝いていた!

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9月22日の広島戦でホームランを打って祝福される岡本和真

今や巨人の不動の4番打者となった岡本和真。奈良県出身、プロ入り6年目の24歳だが、巨人の歴代強打者列伝に名前を連ねようとしている。

今季は10月8日終了の時点で25本塁打、76打点と打撃2部門でトップに立っている。まだ予断は許さないが、初の打撃タイトル、しかも二冠王が現実的な目標になってきた。

プロ野球きっての名門、巨人は数々のタイトルホルダーを輩出してきたが、三冠王は2人が延べ3回、二冠王は7人が延べ25回記録している。
これを年度順に追っていこう。

〇三冠王
1938年秋 中島治康10本38点 打率.361
1973年 王貞治51本114点 打率.355
1974年 王貞治49本107点 打率.332

三冠王は1リーグ時代、ショートシーズン制だった1938年秋の中島治康が記録。日本プロ野球史上最初の三冠王だった。

これから35年の歳月を経て、1973年に王貞治が記録。これは1965年、南海の野村克也に続いてプロ野球史上3人目、セ・リーグ初だった。巨人V9の最終年だ。

翌年も、王は三冠王を獲得。この年は長嶋茂雄が引退した年でもある。

〇二冠王
1939年 川上哲治75点 打率.338
1941年 川上哲治57点 打率.310
1948年 青田昇25本 打率.306
1951年 青田昇32本105点
1955年 川上哲治79点 打率.338
1958年 長嶋茂雄29本92点
1961年 長嶋茂雄28本 打率.353
1962年 王貞治38本85点
1963年 長嶋茂雄112点 打率.341
1964年 王貞治55本119点
1965年 王貞治42本104点
1966年 王貞治48本116点
1967年 王貞治47本108点
1968年 王貞治49本 打率.326
1969年 王貞治44本 打率.345
1970年 王貞治47本 打率.325
1971年 王貞治39本101点
1972年 王貞治48本120点
1976年 王貞治49本123点
1977年 王貞治50本124点
1998年 松井秀喜34本100点
2000年 松井秀喜42本108点
2002年 松井秀喜50本107点
2010年 Aラミレス49本129点
2012年 阿部慎之助104点 打率.340

二冠王は「打撃の神様」川上哲治、つづいて「じゃじゃ馬」こと青田昇と戦後野球のヒーローが記録したが、1958年、立教大学から鳴り物入りで入団した長嶋茂雄がいきなり本塁打、打点の二冠王。新しい時代の到来を感じさせた。

長嶋は1961年にも二冠王を獲得するが、1962年シーズン中に「一本足打法」にモデルチェンジした王貞治が打撃開眼翌1963年は長嶋が意地を見せて二冠を獲得したものの、1964年からは王が9年連続で二冠王、そして73年、74年と三冠王。圧倒的な打棒を見せた。王は76年、77年も二冠王

ここから巨人の二冠王はぱたっと出なくなる。原辰徳、篠塚利夫、クロマティなどが打撃タイトルを取ることはあったが、2つを手にする選手は昭和が終わり、平成も10年となった1998年の松井秀喜まで出なかった

松井は1年おきに二冠王を3回獲得してMLBへ。

以後は2010年に現DeNA監督のアレックス・ラミレスが外国人選手としては唯一の二冠王。2012年に捕手としては初めて阿部慎之助が二冠を手にした。

岡本和真が二冠王になれば巨人では8年ぶりのこととなる。

強い頃の巨人では、打撃タイトルの最大のライバルは自軍にいた。

青田昇は1951年に本塁打、打点の二冠を獲得したが、この年に首位打者になったのは川上哲治だった。シュアな左打者の川上と、豪快な右打者の青田は全く異なるタイプ。性格も正反対だったが、この両雄が競い合って戦後巨人の黄金時代を作ったのだ。

その川上哲治が監督になって、巨人は長嶋茂雄の時代となったが、長嶋を大股で追い抜こうとしたのが王貞治だった。こちらも右打者の長嶋と左打者の王のライバル関係。

1963年、長嶋は首位打者、打点王の二冠に加え本塁打もキャリアで2番目に多い37本。しかし3本差で本塁打王に輝いたのは王貞治だった。

1966年には王は本塁打、打点の二冠王に輝いたが長嶋茂雄が首位打者になった。そして1968年から70年まで、今度は王貞治が3年連続で本塁打、打率の二冠を獲得したが、この間の打点王はすべて長嶋茂雄。3番王、4番長嶋という巨人の絶対的なオーダーを活用して、長嶋は出塁した王など上位打線を返して打点を稼いだのだ。

1971年に王はようやく打点王を奪還、本塁打王との二冠王になったが、今度は長嶋が首位打者を獲得し、またも王の三冠王を阻止したのだ。

王貞治がようやく三冠王に輝いたのは、長嶋が38歳になりめっきりと衰えた1973年のことだ。王は1974年も連続して三冠王を獲得したが、この年に長嶋茂雄は引退。

ONと呼ばれた2人は喧嘩をすることもなく紳士的な関係だと言われていたが、長嶋茂雄は4歳年下の王貞治に激しいライバル心を抱いて、三冠王を5回も阻止したのだ。

岡本和真が今後、大打者として成長するために必要なのも「自軍のライバル」ではないだろうか。巨人には坂本勇人、丸佳浩という好打者がいる。坂本は首位打者1度獲得しているし昨年のMVPだが、打撃タイトルの常連とまではいかない。また丸もMVPを2回獲得しているが打撃タイトルは盗塁王だけだ。

今季の巨人は岡本、坂本、丸以外に規定打席に到達した選手はいない。岡本が切磋琢磨するライバルは今のところ登場していない。

巨人のセ・リーグ優勝は固いところだ。MVPは13勝して無傷の菅野智之が有力だろうが、岡本にも可能性はある。

スラッガー岡本の成長のためにも、巨人に「もう一人のスラッガー」の登場が待たれるところだ。

  • 広尾 晃(ひろおこう)

    1959年大阪市生まれ。立命館大学卒業。コピーライターやプランナー、ライターとして活動。日米の野球記録を取り上げるブログ「野球の記録で話したい」を執筆している。著書に『野球崩壊 深刻化する「野球離れ」を食い止めろ!』『巨人軍の巨人 馬場正平』(ともにイーストプレス)、『球数制限 野球の未来が危ない!』(ビジネス社)など。Number Webでコラム「酒の肴に野球の記録」を執筆、東洋経済オンライン等で執筆活動を展開している。

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