辛島美登里『サイレント・イヴ』が最後のバブル聖夜に響いた理由 | FRIDAYデジタル

辛島美登里『サイレント・イヴ』が最後のバブル聖夜に響いた理由

スージー鈴木の『ちょうど30年前のヒット曲』、今回はこの「暗いクリスマスソング」!

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写真・共同通信社
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最後のバブル聖夜、最後のポプコン系シンガー

ちょうど30年前のヒット曲をご紹介しています。今回は1990年11月発売、翌年にかけて80万枚を売り切った大ヒット曲、辛島美登里『サイレント・イヴ』について。ちなみに上の写真は、1990年ではなく、翌1991年の辛島さん。

タイトルから分かるように、この曲はクリスマスソングです。「バブル崩壊」は俗に1991年から始まったとされていますので、つまりこの曲は、1990年の「最後のバブル・クリスマス」を彩った曲なのです。

しかし「バブル・クリスマス」のBGMとして、この曲はとても暗い。歌い出しも短調(マイナー)から始まりますし、歌詞も「♪なぜ 大事な夜に あなたはいないの」「♪さようならを決めたことは けっしてあなたのせいじゃない」と、いよいよ暗くなります。

バブル絶頂期の暗いヒット曲」という点で『サイレント・イヴ』とイメージがダブるのが、沢田知可子『会いたい』(6月発売)で、こちらは『サイレント・イヴ』を超える106万枚の特大ヒット。

『今すぐKiss Me』に『おどるポンポコリン』『愛は勝つ』と、この連載で取り上げてきた、ひたすら賑やかな曲がバブルを盛り立てていた裏で、『会いたい』や『サイレント・イヴ』などの、しっとりと暗い歌も流行っていたということ。まさに「バブルの光と影」という感じです。

そもそも辛島美登里という人は、1983年10月に行われた「第26回ポピュラーソングコンテスト」(ポプコン)でグランプリを取った人なのですが、このときの受賞曲『雨の日』もなかなかに暗い曲で、小坂明子や中島みゆきの系譜を継ぐ「正統派のポプコン系」という感じがしました。

しかし、辛島美登里がグランプリを取った1年後に開催された「第28回ポプコン」のグランプリは、あの底抜けに明るいTOM☆CAT『ふられ気分でRock’n Roll』なので、ポプコン自体も変革期を迎えていたことが分かるのです。

「正統派のポプコン系」として、暗い曲を切々と歌いきったら、ポプコン自体が変容していったという皮肉。そういう意味で、辛島美登里は「最後のポプコン系シンガー」と言えなくもないでしょう。

当時の結婚観を象徴したあのクリスマスドラマ

さて、この『サイレント・イヴ』がこれだけヒットしたのには、当然タイアップの力が効いています。1990年の10月から、TBSの金曜9時に放送されていた、あのドラマの主題歌として使われたのです。ドラマのタイトルはクイズにします。正解は、以下の文章のどこかに挟んでおきますね。

TBS公式サイトには、こう紹介されています――「恋人からのプロポーズを待ちながらも、同僚や上司たちとの複雑な恋模様の中で、心が揺れ動く女性たちを描く。『恋愛』を取るか、『女同士の友情』を取るか。『結婚』して家庭に収まるか、『自立』の道を歩むか。女性共通の悩みをテーマに内館牧子の脚本で贈る等身大のラブストーリー」

「『結婚』して家庭に収まるか」というくだりが、トラッドな結婚観がまだまだ強固だった時代を表しています。そういえば「女性はクリスマスケーキだ。25日(歳)を過ぎると一気に安くなる」という、今では考えられない、あんまりな形容も、まだまだまかり通っていました頃でした。

吉田栄作と仙道敦子が、同じ銀行に勤めていて(銀行というあたりもバブル的)、いかにもトレンディドラマっぽい、複数の男女がつながったり離れたりするストーリー。その最終回が、ちょうどクリスマスの時期と重なることで、当時かなり盛り上がった記憶があります。

『サイレント・イヴ』が『会いたい』とイメージがダブったように、このドラマにもイメージがダブる作品がありました。それはちょうど2年後、同じTBSの同じ時間帯で放映された『ホームワーク』

この『ホームワーク』の主題歌が、稲垣潤一『クリスマスキャロルの頃には』で、『サイレント・イヴ』同じくクリスマスソングということもあり、『クリスマス・イヴ』と『ホームワーク』がダブるのでしょう。あ、先のドラマのタイトル、正解は『クリスマス・イヴ』。そのまんまのタイトルでした。

バブル・クリスマスの風潮に乗れない若者の支持でヒット?

最後に個人的な話をすれば、「クリスマス・イヴには、シティホテルがカップルで満室となって、チェックアウトのときに1年後のイヴの予約をする」的なムーブメントが確かにあって、そういう風潮に乗れなかった私は、けっこう惨めな思いをしました。

杉並区阿佐ヶ谷の下宿で、ビジーフォー・スペシャルのクリスマス番組(よく出来ていた)の録画を深夜に見ながら、バブル・クリスマスの風潮に「けっ!」と思いつつ、イライラしていたものです。

そう考えると、辛島美登里『サイレント・イヴ』は、1990年冬の「けっ!」な男女の心をつかんでヒットしたのかも知れません。「けっ!」と毒づいた後に、「♪なぜ 大事な夜に あなたはいないの」という歌詞が切々と染み渡って。

あれから30年、当時バブル・クリスマスに毒づいた若者も、今や50を超えて、守るものも多くなりながら、コロナ禍で静まり返った、言葉本来の意味での「サイレント・イヴ」に身構えているのです。

  • スージー鈴木

    音楽評論家。1966年大阪府東大阪市生まれ。BS12トゥエルビ『ザ・カセットテープ・ミュージック』出演中。主な著書に『80年代音楽解体新書』(彩流社)、『チェッカーズの音楽とその時代』(ブックマン社)、『イントロの法則80's』(文藝春秋)、『サザンオールスターズ1978-1985』(新潮新書)、『恋するラジオ』(ブックマン社)など。東洋経済オンライン、東京スポーツ、週刊ベースボールなどで連載中。

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