川崎中1殺害事件から6年…泥酔し刺殺した加害少年へ父親の怒り

ノンフィクション作家・石井光太が凶悪事件の深層に迫る。衝撃ルポ 第5回

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事件直後の現場の様子。遼太君が好きだったバスケットのボールや大量の花がたむけられた。15年2月撮影

今からちょうど6年前、神奈川県川崎区にある多摩川の河川敷で中学1年生の男子が惨殺された。

名前は上村遼太君。バスケットボールが大好きな、笑顔のかわいい少年だった。

遼太君は5人きょうだいの次男。小学校時代の大半を島根県の隠岐諸島にある西ノ島で過ごした。だが、島での生活は小学6年生の時の幕を閉じる。離婚、困窮……。そんなことが重なり、実家のある川崎へ引っ越したのだ。

母親は生活保護を受けるなどして暮らしていたが、狭い集合住宅には5人きょうだいがひしめき合うだけでなく、母親が連れ込んだ新しい恋人までいた。

思春期の遼太君にとって、そんな生活が心地良いものではなかったのは想像に難くない。彼は中学1年の夏休み頃から夜遊びをくり返すようになった。地元の先輩グループとつるみ、神社で賽銭泥棒をしたり、スーパーやコンビニで万引きをしたりした。3学期からは不登校になった。

そんなグループの中にいたのが、主犯の少年A(事件当時18歳)だった。少年Aは遼太君とゲームやアニメといった共通の趣味でつながり、数日に一度は会って遊ぶ仲だった。

だが、少年Aは些細な勘違いから、遼太君が自分を裏切ったと思い込む。そして2015年2月20日未明、仲間の少年B(同17歳)と少年C(同18歳)とともに多摩川の河川敷に遼太君を連れて行く。そしてカッターナイフで代わる代わる43回も切りつけ、命を奪ったのである。

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事件から約1週間後、加害少年3人は警察に逮捕された。

メディアが大々的に報じたこともあって、人々の関心は川崎という地域性と、少年Aらの残酷性に集まった。

工業地帯の中心地である川崎には、大きな競輪場や風俗街があり、外国人労働者も多数暮らしていた。そんな街で少年たちが夜遊びや非行をくり返した末に、殺人事件を起こしたこともあって、メディアは当時世界を震撼させていたイスラム国(IS)を真似て「カワサキ国」などと呼んだ。

また、少年Aと少年Bがフィリピン人の母親を持つハーフだったことから、ネット上では人種差別的な発言がくり返された。外国人の血がこのような事件を起こしたのだというように。

私は『43回の殺意~川崎中1男子生徒殺害事件の深層』(新潮文庫)の取材で、遺族や加害少年の友達を含む多くの関係者にインタビューした。その経験から言えば、あまりに多くの感情論が、事件の本質を覆って見えなくしたと考えている。

父親が考える二つの事件要因

生前の遼太君。笑顔のかわいらしいバスケットボール好きの少年だった

私は遼太君の父親にもインタビューを行った。父親が考える事件の要因は、大きく二つある。一つが家庭裁判所や保護観察所の無責任さであり、もう一つがアルコールだ。順に見ていきたい。

加害少年3人のうち、少年Aと少年Bは事件当時「保護観察処分」の身だった。

事件の数ヵ月前に少年Aは酔った勢いで通行中の一般人を鉄パイプで殴ってケガをさせ、少年Bはバイクの窃盗などで捕まり、それぞれ家庭裁判所に送致されていた。

家裁は2人を少年院へは入れず、保護観察の処分にした。保護観察所の指導を受けながら、社会の中で更生を目指す決定のことだ。

しかし、彼らは保護観察処分中にもかかわらず、毎日のように夜遊びをくり返していた。酒を飲み、賽銭泥棒や万引きをし、暴力をふるった。

保護観察所は月に数回面会をするだけで彼らの粗暴な行動を野放しにしていた。保護司もそれを把握していなかった。

そんな中で彼らが起こしたのが、今回の事件だったのだ。

遼太君の父親は、家裁や保護観察所の責任を厳しく問う。以下は『43回の殺意』に掲載したインタビューである(カッコ内は同書から一部引用した父親の発言)。

〈家庭裁判所が下した保護観察処分がまちがいだったことは明白です。本来は少年院送りにするべきだった。家庭裁判所には誤った決定をし、事件を招いてしまった責任があるんじゃないでしょうか。

保護観察所も同様です。保護観察官や保護司には、2人を観察する義務があったのに、彼らは明らかにそれを怠り、事件を起こしてしまっているのです。

これらのことについては、家裁での少年審判から裁判員裁判にいたるまで、何一つ言及されてきませんでした。そこを問題視することは、国の過ちを認めることになるので都合が悪いのでしょう。加害者の親に保護者としての責任は問うのに、国の責任に目を向けないというのは矛盾しています〉

保護観察所の怠慢

事件直前には遼太君の顔にはキズやアザが多数あった。周囲には「ドアにぶつかった」と話していたとか

この主張には、私も全面的に同意する。

家裁は少年Aと少年Bの問題行動を理解していながら保護観察処分にしたばかりでなく、保護観察所も彼らの行動を管理できていなかった。だとしたら家裁が下した処分は間違いであり、保護観察所は監督責任を果たさなかったと言えるはずだ。

私は本書を執筆する際、この問題を保護観察所に問いかけるべく取材依頼を行った。だが、返ってきたのは取材の全面拒否だった。

まず、少年が保護観察を受けていたという前提での話は一切できないと言われた。そこで私は譲歩する形で、事件とは別に保護観察所のあり方について意見を聞きたいと頼んだ。すると、彼らは、保護観察制度として大切にしているのが相手(少年)との信頼関係なので、取材を受けることで「保護観察所はこういうことを話すのか」という思いを抱かれることを危惧するとして断った。

保護観察所のこの主張ははたして正しいものだろうか。

裁判所は加害者2人が保護観察を受けていたことを明らかにしているので、その前提で話ができないというのは理屈が通らない。また、そもそも保護観察所と加害少年らの信頼関係が成り立っていなかったから、今回の事件が起きたのではないか。

そういう意味では、彼らの理屈は到底納得できるものではなかった。

もう一つ事件の要因となったのがアルコールだ。これは少年Aの特性が関係している。

少年Aは決して粗暴な不良というわけではなかった。むしろ、小学校時代からいじめられ、事件を起こした時も地元の元暴走族グループに追い立てられ、恐喝をされているような存在だった。

彼が属していた夜遊びのグループのメンバーも、みな元いじめられっ子や元不登校児だ。少年Aは弱い立場の人間たちとつるみ、その中で年下を相手にしていきがっていたにすぎなかったのだ。

だが、彼には大きな欠点があった。酒を飲むと、人格が変わって暴力的になるのだ。最初に保護観察処分になった暴行事件も、酒を飲んだ挙句に起こしたものだった。仲間内でも彼の酒癖の悪さは評判で、飲みはじめた途端に逃げる者までいたほどだった。

酒を飲むと豹変……

小学生時代の遼太君の文集。ゲームとバスケットボールが大好きだったことがわかる

実は、今回の殺人事件を起こした時も、少年Aは酒を飲んで酔っていた。酒屋で少年Bや少年Cとともに焼酎を飲んでいるうちに怒りがふつふつと沸きだして抑えきれなくなり、遼太君を呼び出して、酔った勢いで殺害したのである。そうしたことから遼太の父親は次のように語る。

〈少年Aが殺人事件を起こしたのは、彼の酒癖の悪さが大きな原因です。彼は酒を飲むと別人になる。人間じゃなくなるんです。つまり、酒が人殺しの導火線なんです。

でも、酒癖の悪さは生まれ持っての体質です。少年刑務所へ行って、それが完治すると思いますか? せいぜい少年刑務所にいる間は強制的に飲酒を禁じられ、矯正プログラムの中では「出所後はお酒を控えましょう」と習うくらいでしょう。何の抑止力にもなりませんよ。

少年Aの酒癖の悪さが治らないのだとしたら、刑務所でどんなに言葉で反省を促すより、酒が絶対に飲めないような環境をつくる方が、再犯を防ぐという意味でははるかに効果的なのではないでしょうか。僕が「更生ありき」に疑問を感じているのはそこなんです。今回の裁判の有効性については、僕は疑いしか持っていません〉

アルコールと暴力の関係性は、これまでも再三指摘されてきた。

精神科医の松本俊彦によれば、「傷害および殺人事件の40~60%、強姦事件の30~70%、DV(ドメスティックバイオレンス)事件の40~80%にアルコールが関与しているとの報告がある」(毎日新聞2015年7月9日)とのことだ。

少年Aの詳しい特性については、拙著『43回の殺意』を読んでいただきたいと思うが、彼の暴力とアルコールの関係性は明らかだ。

だが、裁判は少年Aが未成年ということもあって、アルコールのことはほとんど議論にならなかった。少年刑務所での矯正プログラムにおいても、根本的な解決がなされるとは思えない。

少年Aは「懲役9年以上、13年以下」の刑を受けた。だが、遼太の父親が言うように、少年刑務所から出たところで、酒癖の悪さが治るわけがなく、再び酔って暴行事件を起こす可能性はある。

川崎で起きた事件は、大々的に報じられて大勢の人の注目を浴びた。

多くの人は報道やネットの書き込みを見て事件の全容をわかったつもりになっているだろう。しかし、事件が抱えていた本質的な問題は何一つ解決していないどころか、ほとんど議論さえされていないのだ。

事件から6年。そろそろ、少年たちは刑期を終えて順々に野に放たれることになるだろう。

悲しい事件が再び起こらないように、私たちは何をするべきなのか。そのことを今一度考える時期にきていると思う。

事件現場となった川崎市内の河川敷。現在は平和な雰囲気が漂う
  • 取材・文石井光太

    77年、東京都生まれ。ノンフィクション作家。日本大学芸術学部卒業。国内外の文化、歴史、医療などをテーマに取材、執筆活動を行っている。著書に『「鬼畜」の家ーーわが子を殺す親たち』『43回の殺意 川崎中1男子生徒殺害事件の深層』『絶対貧困』『レンタルチャイルド』『浮浪児1945-』などがある。

  • 撮影蓮尾真司

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