食事は一日一回体重12kg…5歳女児を衰弱死させた両親の残酷 | FRIDAYデジタル

食事は一日一回体重12kg…5歳女児を衰弱死させた両親の残酷

ノンフィクション作家・石井光太が凶悪事件の深層に迫る。衝撃ルポ 第7回

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食事を一日一回しか与えられず衰弱死した結愛ちゃん。両親へ「ゆるして」と悲痛なメッセージを残していた(提供画像)

2018年3月2日、東京都目黒区のアパートで、船戸結愛ちゃん(当時5歳)が栄養失調による敗血症で死亡した。親からの虐待が原因だった。

事件発覚後に発見された結愛ちゃんのノートには次のような言葉が記されていた。

〈ままもう パパとママにいわれなくても しっかりと じぶんからきょうよりかもっともっとあしたはできるようにするから もうおねがい ゆるして ゆるしてください おねがいします もうおなじことはしません ゆるして〉

食事もろくに与えられずに骨と皮だけの体となって、午前4時から猛勉強を強いられ、それができなければ殴る蹴るの暴行を受けていたのだ。日本を震撼させた虐待死事件。結愛ちゃんの父親の船戸雄大と母親の優里の素顔に迫りたい。

********************

雄大は1985年2月の生まれだ。岡山、千葉と引っ越し、小学5年~高校卒業まで北海道で過ごした。父親は厳しく、体罰も辞さないタイプだった。

友人らによれば、雄大は非常にプライドが高かったようだ。バスケ部で後輩にレギュラーを奪われた途端に退部したほどで、周りからは、「しゃみ将軍(北海道の言葉で「しょぼい」を意味する)」というあだ名がつけられていた。

帝京大学卒業後、そこそこ大きな通信系企業に就職した。友人を集めて社会人バスケチームを結成する傍ら、大学時代に覚えた大麻や危険ドラッグに手を出すこともあったそうだ。

プライドの高さは相変わらずで、月収に見合わないようなレインボーブリッジを眺められる高級マンションに住んでいた。が、内心では自信がなかったのだろう、自殺未遂をくり返す女性など弱い立場の異性とばかり付き合っていたという。

そんな彼が北海道にもどったのは30歳の時だった。公判では「仕事でうつ病になった」と語ったが、友人らの話では暴力的な父親から母親を守るためだったそうだ。夜の街に憧れがあり、北海道では歓楽街で働いていた。

しばらくして知人から頼まれる形で、雄大は香川県高松市にあるキャバクラの黒服となった。この店で出会ったのが、後の妻となる8歳下のホステスの優里だった。

「一方的にベタ惚れ」

一審の懲役8年の判決を不服とし控訴した優里。告白本も出版している

一方、優里は香川県の出身だった。4人きょうだいの末っ子。父親が自衛隊で働いていたが、親族が大麻で逮捕されるなど、決して良い家庭環境ではなかったようだ。

高校卒業後、19歳で結婚して結愛ちゃんを出産。だが、夫からのDVが原因で22歳の時に離婚。シングルマザーとして生きていくため、キャバクラで働きはじめた。

元同僚の話では、優里は男性従業員と関係を持ったこともあったようだ。そんな中で出会ったのが、雄大だった。

店で雄大はよく「東京の大学を卒業した」「大手企業に勤めていた」などと自慢げに語っていた。田舎で育った優里には、そんな年上の彼が魅力的に映ったのだろう。友人たちが「優里が一方的にベタ惚れしていた」と口をそろえるほど雄大に想いを寄せ、交際をはじめた。

間もなく、優里のお腹に雄大の子供が宿る。雄大は婚約し、北海道の母親に告げた。だが、母親からは猛反対される。

「離婚歴のある女性との結婚は認めない。連れ子(結愛ちゃん)だって父親が誰かもわからないじゃないの」

それでも雄大は母親の進言を無視して結婚。結愛ちゃんを養子にした。

結婚後、雄大はキャバクラを辞め、香川県内の食品会社に就職した。彼は母親から勘当同然の扱いを受けたため、明るく理想的な家庭を築いて見返そうと思っていたようだ。プライドの高い彼は、誰もがうらやむ家庭をつくろうと決心していた。

だが、それが雄大の気持ちを空回りさせる。

雄大は非常に神経質なタイプだった一方で、優里は何事にも大ざっぱだった。雄大にしてみれば、家事はだらしないし、付き合っている女友達もヤンキーみたいなキャバ嬢ばかり。それに不満を抱き、よく「まともなのは俺しかいない」と愚痴をこぼしていた。

雄大は自分が家族を引っ張っていかなければと考えるようになった。そして優里に厳しく当たるようになる。仕事が終わってから毎日一時間、時には深夜まで正座させて、家事のこと、育児のこと、友達付き合いのことなど説教をした。終わると、優里は必ず「貴重な時間をつかって怒ってくれてありがとうございました」と伝えた。

雄大の説教は結愛ちゃんの育て方にまで及んだ。ダイエットを命じたり、勉強を強いたりして、おろそかになっていると判断するや否や、罰として手を上げた。それが行き過ぎて、児童相談所が二度にわたって結愛ちゃんを保護することとなった。

雄大は自身のやっていることを虐待と考えておらず、友人にこう漏らした。

「結婚するまで(優里が)しつけをしていなかったから、自分がやっている。ここまで結愛ができるようになったのは自分がしつけをしたからだ」

彼なりの理想の家庭を築こうとするあまり物事を客観視できなくなっていたのだろう。

雄大は児童相談所の監視下に置かれ、優里の親族からもあれこれ言われる生活環境をうとましく感じる。自分が理想とする家庭を築くには、別の街へ行かなければならない。そんな思いから、東京へ引っ越すことを決めるのだ。

5歳児に課した厳格な約束事

「アメニモマケズ」の暗記など厳しい約束事を課していた雄大。緻密な性格だという(画像は一部加工しています)

2018年1月から東京都目黒区のアパートで一家4人の新しい生活がはじまる。

この引っ越しは最初から誤算だらけだった。雄大は知人から映像関係の仕事を紹介してもらう約束だったのだが、それが実現しなかったのだ。そのため、雄大は少ない貯金を切り崩して就職活動をしながら家族を養わなければならなかった。

雄大は仕事が見つからないことに焦りながら、そのいら立ちを家族にぶつけていた。優里に対する説教は激しくなり、「うるさいから」という理由で日中は下の子を連れて外に行くように命じた。

家にいるのは雄大と結愛ちゃんの二人。結愛ちゃんは生活習慣から勉強まで厳しく一日の約束事を定められていた。たとえば次のようなことだ。

・朝四時に目覚ましをかけて自分で起きる。

・息が苦しくなるまで運動をする。

・九九を覚える。

・「アメニモマケズ」の詩を暗記する。

・16時には風呂掃除をする。

5歳の子供に対してはあまりに厳しすぎるが、雄大は結愛ちゃんがミスをする度に暴力をふるった。

2月の初旬、優里にとって大きな出来事が起こる。雄大が結愛ちゃんに時計の読み方の勉強するように言ったが、結愛ちゃんは聞かずに寝てしまった。雄大は激怒し、彼女を浴室に引っ張っていって顔面を殴りつけ、シャワーの冷水を浴びせかけた。

優里はそれを目撃し、もう結婚生活をつづけられないと思い、離婚を申し出た。だが、雄大はこう言った。

「離婚なんてヤクザみたいなこと言うな。おまえは苦しさから逃げているだけだ。おまえに(結愛ちゃんの)育児はできない。これから俺がする」

この決意が虐待を余計に加速させる。部屋には次のようなメモが所狭しと貼られた。

〈何かをする時は終わった後に何分かかったか確認する〉

〈勉強する前に「結愛は一生懸命やるぞ」と言う〉

〈終わった時に「終わったぞ」と言う〉

〈うそをつない、ごまかさない、あきらめない、にこにこ笑顔で〉

ダイエットという名目で、食事は一日に一回、もずくや五目豆のようなものだけだった。体重はみるみるうちに落ち、1月には16kgだったのが、2ヵ月後には12.2kgにまで落ちた。成人女性でいえば、48kgが2ヵ月で36kgになるのと同じだ。

何を食べても嘔吐

結愛ちゃんの様子に異変が生じたのは、死の一週間前だった。何を食べても吐くようになったのだ。優里が病院へ連れて行きたいと言ったが、体に虐待のアザがあったため、「治ってからにしよう」と決めた。

雄大は、「死ぬとは思わなかった」と語っているが、さすがにまずいと思ったのだろう。ネットで調べて、経口補水液やブドウ糖の飴を買って与えた。だが、結愛ちゃんの体力はそれだけでは回復できないほど衰えていた。

3月2日の午後、結愛ちゃんはぐったりと布団に横になってパソコンでアニメを見ていた。体の動きが遅いのが気になり、優里が雄大に外に出てもらい、自分で介抱することにした。

この時点で結愛ちゃんは一人でトイレに行くこともできなくなっていた。優里はそれを知りながら病院へ連れて行くことはせず、こう語りかけた。

「ばあば、じいじが来ているよ。一緒にディズニーランド行こうね。小学校に上がったら、一緒に楽しもうね」

香川の祖父母が遊びに来ていると嘘をついて励ましたのだ。結愛ちゃんはうなずいていたが、十七時過ぎに突然嘔吐して「お腹が痛い」と訴えた。そして、そのまま目を閉じて心肺停止の状態に陥ったのである。

帰宅していた雄大は優里からそれを聞き、あわてて119番した。

「子供の心臓が止まったかもしれない! 目黒区×××。船戸です。もうすぐ6歳になる5歳児です。救急隊が来るまでどうしたらいいですか。数日前から嘔吐が止まらず、経口補水液を与えていました。救急隊が到着するまで心臓マッサージをした方がいいですか?」

応急処置の甲斐なく、救急車によって病院に運ばれた時、すでに結愛ちゃんは帰らぬ人となっていた。

これが3年前に起きた事件の全容だ。

裁判では雄大に懲役13年、優里に8年の実刑が下された。雄大は裁判で涙ながらにこう語っていた。

「私が……親になろうとして、ごめんなさいという気持ちです」

雄大は雄大になりに「立派な父親」になることを目指し、理想の家庭を築くために必死だったのだろう。だが、その方法が同情の余地がないほど根本的に間違っており、凄惨な虐待につながったのだ。

一方、優里は裁判を通して「私は雄大に洗脳されていた」という主張をくり返した。雄大のDVによって精神的に支配され、虐待を止められなかったのだ、と。そして私も含め、自分の主張を全面的に聞き入れない人間からのアプローチを激しく拒絶した。

一審の懲役8年という判決にも、不満だったようだ。彼女は「元夫による心理的支配への評価が過少であり、量刑が不当に重い」として控訴をした上で、自らの主張を公にする告白本まで刊行した。

優里がDVを受けていたのは事実だ。でも、だからといって責任を全面的に雄大に押し付けることが正しいのだろうか。

そもそも優里が雄大にほれ込み、結愛ちゃんを巻き込んで再婚したのではなかったか。彼女は、雄大が大麻をやっていたことも知っていた。

また、結愛ちゃんにしてみれば、家の中で助けを求めることができるのは母親の優里しかいなかった。約2年の間、結愛ちゃんは優里に救ってもらえず、最後は嘘までつかれて苦しみの中で死んでいったのだ。

そう考えた時、雄大同様に、優里にも重い責任があるのは事実だし、再発を防ぐためにも彼女の至らなかったところも含めて考えていく必要があるのではないだろうか。

事件から3年。結愛ちゃんの冥福を祈るとともに、再発防止にこの事件をどう役立てていくかを今一度考える機会にしたい。

  • 取材・文石井光太

    77年、東京都生まれ。ノンフィクション作家。日本大学芸術学部卒業。国内外の文化、歴史、医療などをテーマに取材、執筆活動を行っている。著書に『「鬼畜」の家ーーわが子を殺す親たち』『43回の殺意 川崎中1男子生徒殺害事件の深層』『絶対貧困』『レンタルチャイルド』『浮浪児1945-』などがある。

  • 撮影蓮尾真司

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