50分の手伝いで「ただめし」  話題の「未来食堂」は今

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「未来食堂」をご存知だろうか? 東京の本の街・神保町のちょっとレトロなオフィスビルの地下1階にある、カウンターのみ12席の小さな食堂。2015年にオープンして、この9月で3周年を迎えた。

コンセプトは、《誰もが受け入れられ、誰もがふさわしい場所》。昼のメニューは1種類のみの、一見、何の変哲もない町の食堂でありながら、「未来食堂」はオープン前から店にまつわるあらゆる情報を公開し、かついくつもの革新的な施策を生み出し実践することで、お客のみならず、メディアやビジネス界などからも大きな注目を浴びている。

 なぜこれほどまでに多くの人を惹きつけるのか? ある昼、店のカウンターでオーナー・小林せかいさんの仕事ぶりを眺めながら、考えた。

未来食堂は平日、11:00~16:00の通し営業。取材は、ランチタイムの波が引いた14:00から、営業中の店内で行われた。一瞬も手を止めることなく、またお客さんを待たせることなく、インタビューに淡々と答える小林せかいさん

開店から3年 小林せかいさんが「それでもひとりでやる理由」

レトロなムードの扉の横には、1週間分のお品書きと、提供者からのメッセージが入った「ただめし」券が

「いらっしゃいませ。空いているお席へどうぞ」

店に一歩踏み入れるか入れないか、というタイミングで、声がかかる。席に着くと、即座に日替わり定食のセットが乗った盆が渡され、続いて、熱々のスープが入った汁椀をカウンター越しに手渡しながら、「ご飯はお櫃からお好きなだけどうぞ。空になったら言ってください」とガイドされる。ここまで、ものの1分ほど。忙しいビジネス街の食堂として、一分の隙もない対応が清々しい。

一度来店した人なら誰でも、50分の手伝いで1食無料になるのが、「まかない」というシステム。小林さんの隣で働くのが、この日の「まかない」さん。ウェブサイトに公開されたカレンダーの空き時間を見て、手伝いたい人が志願する。どんなに人が来なくても、小林さんから誰かに手伝いを頼むことはないという

カウンターの中から店全体に目配りをするのが、オーナー・小林せかいさん。特集されたテレビ番組の映像で見るよりずっと小柄で、華奢な印象だ。この日は、厨房にいる「まかない」さんは1人きり。しかし、矢継ぎ早に指示を飛ばし、自らも手を動かしながら、くるくると店を回していく。しかも、食事をサーブする合間に、片付けと掃除まで同時進行で進める無駄のなさ。この見事なオペレーションは、歳月に磨かれたものだろう。3年という歳月を経ての現在の心境を尋ねると、手を動かし続けながら語り出した。

「そうですねぇ、相変わらず、というか……。店は、ある程度は有名にはなるだろうなと思っていて、まあまあそうなりましたかね、という感じ。でも、最初にメディアが殺到したときを除けば、とくに変わることもなく、困ることもなく」

淡々としているが、彼女が3年間になし遂げたことは実に革新的だ。東京工業大学を卒業し、IBM、クックパッドとエンジニアの理系エリート街道を驀進してきた小林さんは、食堂を作ると一念発起してからの経緯や事業計画を、すべてネット上に公開。開店してからは、月次の収支報告書まで公開する、徹底したオープンソース方式を貫いている。さらに、50分間店の手伝いをした人に一食を提供する「まかない」、客の食べたいものを手持ちの材料でできる限り提供する「あつらえ」、困った時に誰でも食事を食べられる無料券を店の前に貼付する「ただめし」、店に持ち込んだ飲み物を他の客とシェアする「さしいれ」などユニークなシステムを導入し、それまでの飲食店の常識を次々と破ってきた。そして、真に驚くべきは、それらすべてをたったひとりで考え、やってのけていることである。

「まかない」をした人が、自分の1食を見知らぬ誰かのために「ただめし」券としておいていくこともできる

「絶対にひとりでやる、と決めていたわけじゃなかったです。でもまあ、他に誰もいないほうがお客様は入りやすいんじゃないのかな? 『まかない』さんも、そのほうが手伝いやすいだろうし。それに、人を雇って売り上げが増えても、結局人数でそれを割ることになる。だったら、ひとりでできることを突き詰めるというのも、ひとつの戦略としてあるのかな、と思って」

「ただめし」券で食事をした人が残していくメッセージ。胸を打たれるメッセージがある一方、「お財布を忘れてきたから助かりました!」という学生からの、微笑ましいメッセージも

もちろん、病気や事故で営業できなくなる、疲労や消耗で燃え尽きるなど、ひとりでの事業運営にはリスクがつきまとう。が、小林さんはそれらに対しても、持ち前の論理的思考であらかじめ対策を打っている。2冊目の著書『やりたいことがある人は未来食堂に来てください』(祥伝社)によると、そのひとつが《やれる範囲でやる》。一例を挙げると、「まかない」がおらず手が回らないとき、小林さんは迷わず、湯飲みを使い捨ての紙コップに切り替えるという。

「未来食堂」のロゴデザインから店内のしつらえまで、開業時からのコンセプト「懐かしくて、新しい」を貫いている

「飲めますからね、紙コップでも。そんなふうに毎日、サバイバルなんです。毎日11時にはお客様が来る。そこに向かってベストを尽くすだけ。心がけているのは、諦めないことですね。先週と同じでいいや、とか、そういうことにしないで、限界まで頑張る」

自分が作りたくて店を作ったのだから、自分で回すのが当たり前だと、表情はどこまでも涼しい。店という空間とその理念を保つためには、外から持ち込まれる余分な情報を極力入れないことが大事なのだという。小林さんが言うには、「いい人に気をつけること」。悪い人に、ではなく、いい人に?

《誰もが受け入れられ、誰もがふさわしい場所》としての安定した空気をキープしている

「ここって、ちょっと映画のセットみたいじゃないですか? 飲食店によくある招き猫とか、熊が鮭をくわえてる置物とか、名所カレンダーとか、情報を発するものが何もない。あえて置かないようにしているんです。そういうものを店に持ち込むのは、だいたいがいいお客様。嫌なお客様に置物をもらったら躊躇せずに捨てますけど、好きなお客様にもらったら、つい捨てられずに置いてしまうかもしれない。それが積み重なると、店の様子がどんどん変わってしまうので……。だから、変わらずにい続けるために注意すべきは、実はいいお客様のほうなんです」

開業の目途がつくずっと前から、「店名は、『未来食堂』といいます」と答えていたという。「やりたいことをイメージしていれば、自身の中で“絵”が色濃くなり、屋号も自然に思いつくはず」と小林さん

このストイックさは誰のためか? もちろん、お客のためだ。いつ誰が来ても変わらない居心地を提供するために、小林さんはあえて情を遠ざける。まさに孤高の覚悟。だが、彼女は決してひとりぼっちのワンマン経営者ではない。店を自主的に手伝いにやってくる「まかない」志願者は後を絶たず、遠方から、ときには海外からもやってくる。この日、厨房にいたKさん(30代・女性)はリピーター。もう10回ほど「まかない」に入っているという。

「せかいさんは伝え方が上手なので、働きやすい。今、無職なんですが、何か問題にぶち当たったときにせかいさんの本を読むと、必ず新しい切り口が見つかる。私は、すごく影響を受けてますね」

インタビューの合い間にも「まかない」さんに指示を飛ばし、閉店時間に向け着々と仕事を片付けていく。閉店後、店を出るまで10分もかからなくなったという

Kさんしかり、店に訪れるお客さんしかり、さまざまなかたちで“受け止められている”からこそ、店は赤字も出すことなく、競争の激しい都会の中心で、今も順調な営業を続けているのだろう。

「もちろん、手伝ってもらうと逆にこっちが大変になるようなまかないさんも、いるにはいますよ。でも……人は生きてるだけでいいかなぁ、って思うんですよ(笑)。いちばん大切なのは、まかないさんも私も、死なないで家に帰ること。食堂のこれから? まあ、流されるままですね。とりあえず今は、明日出す筑前煮の仕込みでせいいっぱい」

無駄のないオペレーションのために、欠かせないものは? との質問に、即答したのがこのバットだった。縁に赤いマスキングテープを貼っているので、通称「赤バット」。カウンターと厨房間の、洗い物や生ごみの受け渡しに役立つ

インタビューを終える頃には、仕込みだけでなく、厨房の片付けまで完璧に終えていた。日々の仕事の合間には、この厨房で著書の執筆を行う。次作のテーマは「人とのつながり方」。ひとりを極める人の新しい働き方論に、未来食堂の新しい未来の形が浮かぶかもしれない。

小林せかい 大阪府出身。2015年9月、「未来食堂」を開店。独自の運営方針や経営哲学を評価され、2017年、「日経WOMAN」ウーマン・オブ・ザ・イヤーを受賞。『カンブリア宮殿』『ガイアの夜明け』などテレビ番組でも紹介され評判に。著書に『未来食堂ができるまで』(小学館)、『ただめしを食べさせる食堂が今日も黒字の理由』(太田出版) 『やりたいことがある人は未来食堂に来てください』(祥伝社) がある。

未来食堂 東京都千代田区一ツ橋2-6-2 日本教育会館B1 営業時間/11:00~16:00(金・土は22:00まで) 定休日/日・月・祝日

詳細はコチラ

取材・文:大谷道子 撮影:田中祐介

Photo Gallary10

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