交際していた女子高生を刺殺…逆恨み男「卑劣な脅迫内容」

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交際していた女子高生を殺害した池永。彼女の画像をネットにバラまくと脅していた。13年10月撮影

その殺人犯は、色黒で目がギョロッとした、21歳の男だった。

2013年10月初旬、男は都内にある一戸建ての家に忍び込み、クローゼットの中で息をひそめて女子高生の帰りを待っていた。その女子高生はかつて男が交際していた相手だった。

16時過ぎ、家の玄関から女子高生が帰宅する音が聞こえてきた。犯人はクローゼットから飛び出し、手に持っていたナイフを振りかざして襲いかかった。気づいた女子高生がドアを開けて逃げようとしたが、男は追いかけていていき、彼女を引き倒して首や胸などをナイフで次々と刺した。

目撃した近所の人が、すぐに110番通報。警察が駆けつけた時にはすでに瀕死の状態で、病院に搬送した後、死亡が確認された。

閑静な住宅街で起きた凶行。それは日本に「リベンジポルノ」という言葉を広めることになった事件だった――。

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2020年、コロナ禍において、リベンジポルノの相談件数が過去最多となったことを知っているだろうか。

リベンジポルノとは、相手への嫌がらせを目的として、その人の性的な画像や動画をインターネットに流す行為だ。スマートフォンの普及に伴って増加の一途をたどっており、昨年は1570件にまで膨れ上がった。

元恋人(54%)が別れた恨みから行うことが多いイメージがあるかもしれない。

ただ、2番目に多いのが「ネット関係のみの知人・友人」(16.4%)であり、3番目が「リアルにつながっている知人・友人」(13.2%)であることからわかるように、求められて何げなく送った画像や動画を流されることも3割を占めているのだ。

ちなみに、被害者でもっとも多いのが20代(42%)で、2番目が19歳以下の未成年(27.3%)となっている。リベンジポルノの被害者の7割が20代以下なのだ。

少年時に受けた凄惨な暴力

日本でリベンジポルノという言葉が広まったのは、2013年10月8日に起きた三鷹ストーカー殺人事件だった。

加害者の名前は、池永チャールストーマス。彼は、タレントの卵だった18歳の女子高生と付き合っていたが、別れたのをきっかけにストーカー行為をくり返し、性的な画像をインターネットに流出させた。そして冒頭のように家に忍び込み、帰宅したところを狙って、ナイフでめった刺しにして殺害したのである。

今なお大きな社会問題となっているリベンジポルノ。どのようにして事件が起こるのか、本件を振り返ることで考え直したい。

池永は夜の街で働くフィリピン人女性のもとで生まれ育ったハーフだった。実父は間もなくいなくなり、養育費も支払うことはなかった。

母親は食べていくために日本で水商売をしたものの、きちんと家庭を築こうとする意志は薄かった。店で知り合う男たちと次々と付き合っては遊び回るばかりで、家事や育児は放ったらかしだった。

さらに状況を悪くしたのが、男たちの悪質さだった。恋人は酒乱だったり、暴力団員みたいな男たちばかりで、家にやってきては幼い池永に対して暴力をふるった。

暴力は凄惨を極めていた。殴る蹴るはもちろん、ライターで皮膚を焼く、風呂の水に沈めるといった拷問まがいのことまでした。母親はそんな男との間に長女をもうけたが、相変わらず家庭をかえりみることはなかった。

池永の記憶によれば、住んでいたアパートの電気や水道は止まり、ごはんが用意されていたことも少なかったという。池永は薄汚い服で町をさまよい、コンビニのゴミを漁って食べられるものを口に入れ、ノドの渇きは公園の水道水でうるおした。体の汚れは公衆トイレで落としていたそうだ。

小学生くらいならば、周囲に助けを求めることもできたはずと考える人もいるだろう。だが、母親は日本語が不得意で会話がほとんど成立しなかったし、学校でもハーフということでいじめにあっていた。

彼は幼い妹とともに虐待の恐怖におびえながら、その日その日を生きていくことしかできなかった。思春期になる頃には、池永は周囲から相手にされなかったことで、自己否定感を膨らませるようになっていたようだ。

「有名大学の学生で南米系のハーフ」

中学卒業後、フリーターとなった池永が、SNSを通じて知り合ったのが、事件の被害者となる女子高生のAさんだった。有名校に通い、タレントの卵として活動もしていた。

池永は自信のなさから少しでも自分をよく見せようと、有名私立大の学生だと身分を偽り、英語が堪能などと言った。フィリピンではなく、南米系のハーフだとも言った。Aさんはそれにだまされて交際をはじめる。

京都と東京の遠距離恋愛だったが、池永はアルバイトでためたお金でせっせと東京へ行ってはデートをした。彼にとって初めて男女の関係になった相手が彼女だった。

2人の関係が深まるにつれ、池永は裕福な家に生まれた才色兼備のAさんを太陽のようにまぶしく感じ、さらに嘘の上塗りをくり返す。だが、それをすればするほど、本当の自分がみじめに思え、自信を失っていく。

やがて彼はAさんといるのが耐えられなくなり、自分から浮気をほのめかすなどの行為をするようになる。それは、Aさんに対する「試し行動(わざと嫌われることをして、それでもついてくるかどうかを見る)」だった。

池永とAさんの関係はこれによって悪化。2人は別れることになった。だが、彼の想いが消えることはなかった。別れた後、Aさんが別の男性と付き合いだしたと聞くと嫉妬にかられ、ストーカー行為に及ぶ。

「ネットに写真をバラまくぞ」

ある日、池永はAさんを次のように脅した。

「俺とやり直そう。でなければ、交際していた時に撮った裸の写真や動画をネットにバラまくぞ」

そしてAさんを呼び出し、レイプする。Aさんにすれば恐怖でしかなく、ついに親や学校に相談して、きっぱりと別れる道を選んだ。

池永はこれに激怒し、殺害を決意する。後の裁判で殺人の動機をこんなふうに述べている。

「自分が何者ともつかない、将来への悲観。彼女が他の男性と一緒になってしまうのではないかという焦燥感。そして彼女を失った喪失感からです。つらく、苦しく、悲しく、この苦痛を断ち切るには殺害するしかないと思いました」

そして東京にやってきて、殺害の準備をはじめる。彼は殺害につかうナイフを購入した上で、インターネットにAさんの映るポルノ画像を流す。都内に一週間以上潜伏した後、冒頭のように家に忍び込み、あわてて逃げようとするAさんを追いかけ、家の前でナイフでめった刺しにして殺害するのだ。

池永の異常さは現場から逃走した後もつづく。その後も、インターネットにAさんのポルノ画像を流したのである。命を奪った上に、社会的にもその存在を踏みにじろうとする行為だった。

しかし、池永自身によれば、それは必ずしもリベンジ(「仕返し」「復讐」)のための行為ではなかったという。彼は次のように述べた。

「半永久的に画像を残すことができ、かなり話題になると思った。彼女と交際したことを、大衆にひけらかしたかった」

こんな自分でも、Aさんのような素敵な女性と交際できて、肉体関係にあったのだということを示すためにしたというのだ。

この言葉通り、池永はほとんど反省の色を示していない。母親は彼と話した時のことを、以下のように証言している。

「(息子は)こんな罪を犯したんだ、と殺害直後の遺体画像を私に見せ、『リベンジポルノという言葉は俺が広めた』と自慢げに言っていました」

彼の中には虐待や差別によって膨らんだ自己否定感が満ちていた。だからこそ、ポルノ画像を流したり、リベンジポルノという言葉を広めたりすることに、己の優位性を見出して悦に浸ろうとしたのだろう。

東京地裁立川支部で行われた裁判で、池永は殺人罪等で懲役22年の刑を受けることになった。

私はこれまでリベンジポルノを含めた性に関する犯罪をした人へインタビューをしてきた。詳しくは『虐待された少年はなぜ、事件を起こしたか』(平凡社新書)等をお読みいただきたいが、その経験から言えば、池永のような自己否定感から引き起こされた犯罪は決して少なくない。

虐待、いじめ、差別を受けてきた人々が、「自分が輝いている証」「自己存在の証明」としてポルノ画像を流出させる。だから、そこに罪悪感はほとんどない。それは、彼らにとっての自己顕示の手段なのだ。

冒頭に述べたように、コロナ禍に見舞われる日本では、リベンジポルノの相談件数が増加した。逆に言えば、それだけ自分に自信を無くして自己顕示欲をゆがんだ形で膨らます人が増えたと言えるのかもしれない。

  • 取材・文石井光太

    77年、東京都生まれ。ノンフィクション作家。日本大学芸術学部卒業。国内外の文化、歴史、医療などをテーマに取材、執筆活動を行っている。著書に『「鬼畜」の家ーーわが子を殺す親たち』『43回の殺意 川崎中1男子生徒殺害事件の深層』『絶対貧困』『レンタルチャイルド』『浮浪児1945-』などがある。

  • 撮影蓮尾真司

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