「西東京の帝王」と呼ばれたカリスマホストが殺害されるまで

ノンフィクション作家・石井光太が凶悪事件の深層に迫る。衝撃ルポ 第9回

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多くのホストクラブやキャバクラが集まる東京・新宿歌舞伎町(画像:アフロ)

業務用のずんどう鍋に押し込められた男性の遺体は、一晩かけて煮込まれた。

鍋の中には水の代わりに、業務用パイプクリーナーが大量に入れられ、コトコトと長い時間をかけて体毛、皮膚、内臓、それに軟骨までもが溶かされたのだ。

コンロの火が止められた時、鍋に残っていたのはわずかな骨くらいで肉の大半は消え失せていた。

この殺人事件を起こしたのは2人のホスト。そして犠牲となったのも、かつてカリスマホストと呼ばれた人物だった――。

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新宿の歌舞伎町を中心とするホストクラブは、世界でも類を見ない特異な文化だ。海外に男性のストリップショーなどはあっても、日本のホストクラブのような店は存在しない。

その起源は、1950年代に、社交ダンスのホールにあるとされている。ホールに男性ダンサーが待機し、マダムのパートナーを務める代わりに小遣いをもらっていたのだ。

これがホストクラブの形になったのは 1970年代初頭のことだ。愛田武という人物が、女性専用クラブ「愛」をオープン。そのビジネスモデルが人気を博し、歌舞伎町で似たような店が広まっていった。そして半世紀の間に歌舞伎町だけで二百五十店舗、全国に四百店舗近くのホストクラブが生まれることとなった。

ホストクラブの歴史は、その当初は暴力団、闇金、詐欺、売春、薬物といった社会の暗部と深く結びついていた。それについては、拙著『夢幻の街――歌舞伎町ホストクラブの50年』(角川書店)を読んでいただくとして、ここではそれを象徴するホストクラブ史上もっとも凄惨な事件について述べたい。

バブルが崩壊した直後、歌舞伎町にあったホストクラブのネオンはいったんは消えかかった。それが息を吹き返したのは、1990年代後半に起きたホストブームだった。

TBSのバラエティー番組『TOKIO HEADZ!』が、ニュー愛に勤めていた零士をナンバー1ホストとして出演させたところ火が付き、他局のバラエティー番組もこぞって若手ホストたちを取り上げだした。

これがホストブームを呼び起こした。中心となったのは、城咲仁、頼朝、香咲真也、手塚マキといった1970年代半ば~後半生まれの若手ホストたちだった。彼らはテレビをきっかけに、ファッション誌にモデルとして登場したり、写真集を出したりし、売り上げ記録を次々と塗り替えていった。

八王子から歌舞伎町へ

歌舞伎町では深夜でもホストクラブのネオンが煌々と輝く

そんなカリスマホストの一人に、後に殺人事件の被害者となる「土田十寛」こと土田正道がいた。「西東京の帝王」を名乗り、八王子など多摩地区にホストクラブを持ちながら、歌舞伎町にも進出していた人物だ。

メディアに出るようになってから数年、土田の店は飛ぶ鳥落とす勢いで成長していた。ただ、彼は狂暴なことで知られており、男女ともに周りにいる人たちを恐怖で支配していた。その暴力はあまりにおぞましく、店の従業員はもちろん、他の店のホストからも恐れられるほどだった。

一般のイメージとは異なり、総本山である歌舞伎町のホストクラブは、歴史的なこともあって暴力団との関係はそこまで密接ではなかった。だからこそ、比較的自由に開業や営業ができ、ホスト文化が根付いた。しかし、それ以外の繁華街では、地元の暴力団と太いパイプを持っていなければ店を開くことさえできないケースも多かった

土田はもともと西東京を拠点としていたこともあって、裏社会との関係が非常に深く、彼自身もまた暴力団員同然だった。彼を良く知るホストは語る。

「土田さんはヤクザ以上に暴力的な人間でしたね。とにかくサディスティックなんですよ。殴る蹴るは当たり前、店の水槽で飼ってたアロワナ(巨大古代魚)を生きたまま食えと命じるか、犬の糞を口に突っ込むってことをやってた。店の売り上げが悪くなれば、店長に『指をつめろ』と迫っていたしね」(『夢幻の街』より、以下同)

それでも店が成り立っていたのは、土田の知名度にひかれて客が押し寄せていたからだろう。どんな暴力にさらされても、そこに多額の金が流れ込んでくる以上、ホストたちは店で働きつづけたのである。

そんな状況が変わるのが、2004年以降だ。歌舞伎町浄化作戦によって、ホストクラブは深夜営業や街頭での呼び込み、スカウトを禁じられることとなった。警察主導の暴力団追放運動によって裏社会との関係も薄れていった。

「1000万円よこせ!」

ホストクラブブームを牽引した新宿・歌舞伎町の「愛」

ホストブームは終焉を迎え、ホストクラブは生き残りをかけてグループ化したり、経営の透明化や多角経営へと乗り出したりした。カリスマホストたちも経営者になるか、街を去るかした。手塚マキらのホストによる歌舞伎町の清掃ボランティアが注目されるようになったのもこの頃だ。

こうした時代の空気を読むことができなかったのが土田だった。西東京で店を営業していたことも災いしたのだろう、彼はこれまでと変わらない暴力による恐怖政治をつづけていた。従業員たちを力で脅し、無理やり客を引っ張ってこさせたり、客から金を巻き上げたりしたのだ。

百歩譲って、それでも儲かっていれば店は回っていたかもしれない。だが、ホストブームが終わったことで、八王子のホストクラブにかつてのような集客力はなかった。それによって、従業員たちが土田への憎しみを膨らましていったのである。

2010年の秋、阿部卓也というホストが土田の命令で、八王子駅前でキャッチと呼ばれる呼び込みをしていたところ、警察に捕まる。警察は、土田の店を営業停止処分にした。土田は激怒し、阿部に言った。

「おめえのせいで、店は大損だ。損した分の1000万円をよこせ!」

阿部にそんな大金はない。すると、土田は阿部の家にまで押しかけて執拗に恫喝した。

追いつめられた阿部は、もう土田を殺すしかない、と考えだす。それに気づいて声をかけたのが、店の上司の玄地栄一郎だった。玄地は阿部に言った。

「俺も土田さんには我慢ならねえ。あいつを殺さないか」

彼もまた度々恐喝されており、一緒に土田を殺すことで恐怖から逃れようとしたのだ。

この年の11月、玄地は知人を介して拳銃を入手。店に土田を呼び寄せ、阿部に射殺させた。そして阿部の婚約者も巻き込み、遺体を阿部の実家まで運んだ。

実家には、阿部の父親がいた。阿部は婚約者に父親を居酒屋へ連れ出させてから、2階に遺体を運んだ。そしてあらかじめ用意していた巨大な業務用ずんどう鍋に土田の遺体をつめ、パイプ用クリーナーを大量に注ぎ込むと、コンロに火をつけて煮だした。強アルカリ性の薬品をつかえば、肉や軟骨を溶かせると調べていたのだ。

溶けない肉体……

だが、煮ても煮ても、なかなか肉体は溶けなかった。夜が更け、婚約者と居酒屋に行っていた父親が帰ってきてしまった。父親は息子が鍋で遺体を煮ているのを見て絶句した。だが、息子を殺人犯にしたくないという思いから、死体処理を手伝うことにする。

こうして父親は阿部と交代しながら、ずんどう鍋の前に立ち、沸騰による噴きこぼれに注意しながら、おたまで薬品をかき混ぜた。土田の肉体が溶け、わずかな骨だけになったのは日が昇ってからのことだった。

この日、阿部たちはずんどう鍋の中身を浴室の排水溝に流し、小さな骨も粉砕して同じように捨てた。そして翌日には、残った大きな骨を秋川の川原に運び、投棄。こうしてわずか3日で土田の肉体はこの世からかき消されたのだ。

事件が明るみに出たのは、土田の家族が警察に通報したのがきっかけだった。行方がわからなくなり、連絡も取れなくなったことから事件を疑って警察に相談したのだ。

警察は監視カメラなどの映像から、阿部や玄地を疑い、任意で事情聴取を行った。だが2人に関与を否定された上、肝心の遺体も見つからない。2人を器物破損で立件するのが精いっぱいで、殺人や遺体遺棄については起訴することもできなかった。

これによって事件は迷宮入りしたかに思われた。だが、警察はあきらめず、水面下で捜査をつづけた。

これが事件から3年後に実る。警察が阿部や玄地が自宅で遺体を解体したと推測し、下水設備を徹底的に捜索したところ、トイレの汚水槽にインプラントで使用するネジを発見。直径4.1mm、長さ2mmしかなかったが、チタン製だったため、薬品をもってしても溶解していなかったのだ。

警察の調べでは、国内のインプラント手術で同じ型のネジが使われたのは599本だけ。それを一つひとつたどったところ、汚浴槽にあったのが土田に使用されたものであることが判明した。阿部や玄地らは、これによって殺人罪で逮捕、起訴された。

完全犯罪を成し遂げたと思っていた彼らの落胆は大きかった。玄地は裁判の判決を待つことなく、拘置所で靴下を首に巻き付けて自殺。阿部は懲役20年の刑を言い渡された。土田の知り合いのホストクラブのオーナーは言う。

「時代が変わったことで、土田さんがやっていたようなホストクラブのあり方は終わったんです。土田さんはそれに気づかず、八王子で恐怖政治をつづけて金をむしり取っていた。結果として、それが殺人事件を生んだんだと思います。一つの時代の終わりを象徴する事件でした」(同書)

この後、ホストクラブは、暴力で支配する経営から脱却していく。

現在の大手ホストクラブの中には、水商売だけでなく、レストラン、エステ、芸能事務所、訪問介護、メディアなど幅広く手掛けているところも少なくない。

とはいえ、ホストクラブに集まるホストたちのなかには、社会のレールから外れた者たちもいる。彼らの行動原理は、欲望の街に飛び込んで私利私欲に突き動かされて一獲千金を目指そうというものだ。

街でホストとして成功して金をつかめるのは、ほんの握り。9割の者たちは夢破れて街を去ることになる。女性客もまたしかりだ。

それを考えると、土田の事件は、行き過ぎた時代の象徴というより、今なおつづくホストの生態の表れと言えるのかもしれない。

  • 取材・文・撮影石井光太

    77年、東京都生まれ。ノンフィクション作家。日本大学芸術学部卒業。国内外の文化、歴史、医療などをテーマに取材、執筆活動を行っている。著書に『「鬼畜」の家ーーわが子を殺す親たち』『43回の殺意 川崎中1男子生徒殺害事件の深層』『絶対貧困』『レンタルチャイルド』『浮浪児1945-』などがある。

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