20年以上ひきこもりの息子を殺害した父親の「残酷な家庭事情」 | FRIDAYデジタル

20年以上ひきこもりの息子を殺害した父親の「残酷な家庭事情」

ノンフィクション作家・石井光太が凶悪事件の深層に迫る。衝撃ルポ 第13回

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元教師の父親が長年引きこもる息子に手をかけた。写真はイメージです(画像:アフロ)

元教師の男性(66)は、父親としての責任感から20年以上、ひきこもりの息子の支援をつづけてきた。

だが、息子からの度重なる暴力、自らの体力の衰えに悩まされ、これ以上の支援は難しいと思うに至る。そして、家族に危害が及ぶのを避けるため、ついに自らの手で息子を絞殺することを決意した。

父親は寝室で寝ている息子の首を絞めて殺害。その後、30分ほど、息子の死顔を見つめた後、タクシーを呼び、警察署へ自首した――。

現在、日本には100万人以上のひきこもりの人々がいるとされている。そのうちの半数以上は中高年だ。

80歳前後の両親が、50歳前後のひきこもりの子供を養うのが難しくなり、家庭が崩壊したり、事件化したりすることは、「8050」問題と呼ばれている。高齢化が進み、コロナ禍による家庭の「密」が進めば進むほど、こうした問題はより顕著になることは明らかだ。

私は『近親殺人――そばにいたから』(新潮社)で、日本の殺人事件の半数以上を占める家庭内で起きた七件の殺人事件をルポした。その中から、8050問題の殺人事件を例に、家庭内で何が起きていたのかを述べたい。

トイレの隙間からばい菌が……

都内の一軒家で、楠本安男(仮名、以下同)は家族と暮らしていた。

安男は若い頃から文武両道で、有名大学を卒業した後、中学の体育教師となり、中学の同級生だった女性と結婚。二人の間には、長男の清太郎と、長女が生まれた。

一家の幸せな暮らしに異変が現れるのは、清太郎が高校受験の勉強をスタートさせた頃だった。町中の煙草の吸殻を集め出すなど、異常な行動をとるようになったのだ。

受験が終わって一時は収まったかに見えたが、またすぐに再発。浪人を経て大学に進んでからは、ますます悪化した。人の目が極度に気になって家にひきこもったり、トイレの隙間からばい菌が漏れていると怯えたりしたのだ。大学はそのまま中退した。

清太郎は、高校時代から複数の病院に通ったが、その都度違う診断をされたり、薬の副作用に苦しんだりして、改善の兆しは見られなかった。

生活の面でも苦労はつづいた。アルバイトは数日から数週間しかつづかず、友達もいない。買い物依存症に陥って、クレジットカードで多額の借金を抱えた上、万引きで逮捕されたこともあった。

また、時を前後して、清太郎は人生が思い通りにならない鬱憤からか、家族に対して暴力をふるうようになる。

標的は、母親だった。いきなり清太郎が「母さんは俺のやっていることを認めていない!」などと叫んで殴りかかってくるのだ。

母親が外に逃げようとしたところ、露見することをひどく嫌って、「逃げるな!」と殴る蹴るの凄惨な暴行をくわえた。それ以降、母親は襲われても抵抗せずに、ひたすら耐えるようになったという。

母親は、そんな清太郎の暴力から逃れるため、長女とともに母子二人で別居することにした。だが、長女の結婚にともない、再び実家にもどらなければならなくなる。

父親としての負い目

一家が頼ったのが、障害者の生活や就労の支援を行う「地域活動支援センター」だ。センターの担当の女性は面談をした後、次のように助言した。

「アパートを借りて清太郎君に一人暮らしさせましょう。お金は福祉制度をつかって工面することができます」

今の状況がつづけば、両親と清太郎が共倒れになるのは自明だ。そこで過去5年間にさかのぼって障害者年金をまとめて受給するなどして引っ越し費用を工面し、生活費も手に入れられるようにした。

清太郎は実家の近くにアパートを借りて一人暮らしをスタートさせた。父親の安男は、せっせとそのアパートに通って生活の支援を行った。

仕事の前に朝食を届け、勤務時間終了とともに夕飯の弁当を持ってアパートへ行く。そこで部屋の掃除を手伝ったり、とりとめのない会話に耳を傾けたりする。夜は一緒の布団に入って寝かしつけまでするので、帰宅時間が零時を回ることも度々だった。

ここまで献身的に支援したのは、父親としての負い目に加え、清太郎の自立をなんとか支える必要があったからだ。

もし清太郎が実家へ帰ってくれば、再び母親が家庭内暴力の犠牲になる。それだけは避けたかった。

清太郎は安男の支援によってなんとかバランスをとっていた。そんな状況が変わるのは、清太郎が地域活動支援センターで知り合った精神疾患の女性と結婚を決めてからだ。

周囲の懸念を押し切り、清太郎はその女性と結婚した。だが、新婚生活はわずか数ヵ月で破たんする。

二人とも病気ゆえに相手のことをうまく考えて行動できなかったのだろう、口論は家庭内暴力へとエスカレートし、最後は親族が女性を救出する事態にまで発展。離婚調停によって終止符が打たれることになった。

この一件は、清太郎にとって相当ショックだったようだ。彼は心のバランスを崩し、安男に無理難題を突き付けるようになる。

たとえば、安男が疲労から体調を壊したり、長女の子供の付き添いをしなければならなかったりしても、絶対に自分の身の周りの世話をするようにと主張した。安男は心身ともに疲れ果て、事故を起こすなどしていたが、家族を守るため言いなりになった。

〈不安だ、不安だ、不安、不安、不安〉

この時の安男の負担はどれだけのものだったのか。清太郎からのメッセージを見れば、想像することができるかもしれない。

以下は、いずれも清太郎が安男に送ったものである。

清太郎〈お父さん何時に帰ってくるの。不安だ、不安だ、不安、不安、不安、不安、不安、不安だ、不安だ。不安、不安、不安だ、不安、不安。〉

清太郎〈体調が悪いよ。不安だよ。また叫びそうだよ、疲れが取れないよ、不安だよ、疲れているよ。つらいよ。つらいよ、つらいよ。〉

清太郎〈不安だ、不安だ、不安だ、不安だ、不安だよ。体中がかゆいよ。この暑さで余計にかゆいよ。かゆいよ。かゆいよ。今から皮膚科に行くって。薬が間違っているよ。タリオンは一回一錠じゃなくて一回二錠だよ。〉

一日に何度もこういうメッセージが送られてきて、アパートでは一対一で丁寧に対応しなければならない。その苦労は想像を絶する。安男が精神を病むのは必然だろう。

40歳を迎える春、清太郎の精神状態をさらに悪化させる出来事が起こる。ほとんど唯一の外部の理解者だった地域活動支援センターの担当の女性が定年退職したのだ。

清太郎は、理解者を失った混乱からか、アパートで安男に対して暴力をふるった。これまで母親に手を上げることはあっても、安男にだけはしなかった。安男にしてみれば、ついに来る時が来てしまったという気持ちだったかもしれない。

さらに清太郎は長女一家にまで敵意を向けるようになる。7月の初め、長女の子供たちの誕生会に呼ばれた清太郎が、突然長女一家への殺意をほのめかすようになったのだ。幸せな家庭を目の当たりにし、逆恨みをしたようだ。

「なんであんなに幸せなのかな。みんなぶっ殺してやりたくなってくる!」

翌日になっても恨みはおさまらず、清太郎は殺意をむき出しにした。安男は、清太郎の言動にただならぬ不安を抱くようになる。

悪いことはつづくもので、数日後、実家で暴力沙汰が起きた。清太郎が、何の理由もなしに母親に襲い掛かり、顔面を殴りつけたのだ。母親は恐怖に打ち震えるばかりだった。

安男はそんな様子を目にしてこう思った。

――このままだと、長女一家に危害が及ぶか、妻が耐え切れなくなって自殺するかするだ。

そうなる前に、自分が食い止めなければ。

亡くなった息子の顔をじっと見る

冷静に考えれば、他にいくつも方法はあったはずだ。

だが、安男は精神的に追い込まれ、理論的に物事を考えられなくなっていた。そして自らの手で、清太郎を殺して妻子を守るしかないと決意する。

この晩、清太郎は実家の2階で睡眠薬を飲んで眠っていた。安男は、眠りがもっとも深くなる深夜3時過ぎ、電気ポットのコードを手にして2階に上がり、眠っている清太郎の首に巻き付けてしめ上げた。

清太郎は一度上半身を起こしたものの、やがて布団に倒れ込み、息をしなくなった。安男はそんな息子の顔をじっと見つめた後、決意したように1階へ下りていき、寝ていた妻に「大丈夫だよ。安心しなさい」と言い残し、警察署へと自首しに行った。

妻が事件の発生を知ったのは、数十分後、警察官が自首を受けて現場検証に来てからのことだった。

この事件の公判では、なぜ安男が事件を起こす前の段階で病院や警察につながらなかったのかが問題視された。

安男はこう答えた。

「清太郎は15歳の時から数えきれないくらいの病院へ行っていました。行く先々でたくさんの薬を処方されて、一生懸命に治療に励んでいたんです。それなのに、20年以上経って別の医者の先生から『統合失調症だった』と診断を覆されました。こんな中で、清太郎に医療者を信じろ、ちゃんと治療しろとは言えませんでした。

レスパイト入院も、他人と一緒にいると脅迫観念が膨らんでしまうので逆効果なんです。病院からもどってくると、毎回病状が悪化していて落ち着かせるのが大変でした」

警察については、もし清太郎が通報されたことを知れば、復讐されるという恐怖があったらしい。

第三者はよく「入院させろ」「警察に通報しろ」という。だが、事件にいたるプロセスを見ると、そんな簡単なことではないことがわかる。

本記事で紹介できるのはごく一部なので、詳細は拙著『近親殺人』を読んでいただければと思うが、こうした事件を理解するには、家族を取り巻く状況を的確に見つめなければならないのだ。

8050問題は、近い将来、今以上に大きな社会課題になることは間違いない。だからこそ、家族の間で起こる近親殺人の実態をしっかりと見つめて考える必要がある。

  • 取材・文石井光太

    77年、東京都生まれ。ノンフィクション作家。日本大学芸術学部卒業。国内外の文化、歴史、医療などをテーマに取材、執筆活動を行っている。著書に『「鬼畜」の家ーーわが子を殺す親たち』『43回の殺意 川崎中1男子生徒殺害事件の深層』『絶対貧困』『レンタルチャイルド』『浮浪児1945-』などがある。

  • 写真アフロ

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