90歳近い老女がお金を…東京で「極限貧困者」急増の悲痛な現実 | FRIDAYデジタル

90歳近い老女がお金を…東京で「極限貧困者」急増の悲痛な現実

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東京・新宿のホームレスたちに食事などを供給する福祉団体のスタッフたち(画像:共同通信社)
東京・新宿のホームレスたちに食事などを供給する福祉団体のスタッフたち(画像:共同通信社)

今年(2021年)の6月9日の昼、著者が東京駅を歩いていたところ、一人の老女に呼び止められた。年齢は90歳前後だろうか。

「大変申し訳ありませんが、少しだけお時間をください。恥ずかしいことに、私、お金がないんです。何も食べてなくて、お腹がすいてどうしようもありません……。申し訳ありませんが、おにぎりとお水を買うお金を貸していただけないでしょうか」

女性は、しわくちゃな手でポケットから数十円を見せて全財産なのだと言う。行くあてもなく転々としていたのだろうか、肩から大きな荷物を背負い、他にも紙袋やビニール袋をいくつも持っている。靴先はすり減っていた。

私は頭の中で、500円でお釣りがくるだろうと計算したが、本当に困っているのならばケチケチするのも情けないと思い直し、1000円札を渡すことにした。私が返済の必要はないと言うと、彼女は何度も頭を下げて「ありがとうございます」と言いつづけた。

いったん、その場を離れたが、なんとなく女性のことが気になって立ち止まり、離れたところから見てみることにした。しばらくすると、人混みの中から、同じく九十歳前後の男性(夫?)が現れた。女性は千円札をもらったことを話し、男性と手を取り合って喜んでいる。

正直、この光景を見ても、私の頭の片隅には「詐欺なのかもしれない」という思いがあった。だが、しばらくして二人はコンビニに入ると、本当におにぎりを買って出てきたのだ。

私はがく然として思った。

――あの二人は、本当におにぎり一つ買えずに困っていたんだ。

激変したホームレスの環境

新型コロナウイルスによって三度目の緊急事態宣言が出された頃から、街頭でホームレスが「物乞い」をする姿が増えだした。空き缶やコップをアスファルトの上に置いて、道行く人にお金を入れてくれるよう求めるのだ。

6月中旬に著者が都内を歩いたところ、新宿で3名、池袋で1名、上野で2名を確認することができた。これはあくまで著者が一日だけ見て回って確認した数なので、実際はもっといるかもしれない。また、名古屋や大阪からも目撃報告が届いている。

日本では、ごく一部の例外を除いて、15年くらい前から、ホームレスがこの類いの行為をすることが少なくなっていたはずだ。それがなぜ、今になって復活しているのか。

これはホームレスを取り巻く環境の変化が大きく影響している。

日本でホームレスが急増したのは、90年代前半のバブル崩壊以降だと言われている。日本経済が一気にしぼんだことで、失業者が増え、一部の人々は再就職がかなわず、支援の求め先もわからないまま、路上生活をはじめた。

当時は、ホームレス支援は今ほど充実しておらず、彼らは地面に空き缶を置いて金銭を求めた。当時を知る人であれば、そした光景を覚えているだろう。このようなホームレスは景気の悪化とともに増えていくようになる。

国がホームレスの問題に注目し、実態を把握するための全国的な調査を行ったのは、99年のことだ。国は危機感を募らせ、ホームレスが2万5000人を超えた02年には、「ホームレスの自立支援等に関する特別措置法」を施行し、対策に乗り出した。

同じ頃から、民間の団体も活動を活発化させる。01年には稲葉剛や湯浅誠らが「自立生活サポートセンター・もやい」を設立、03年にはホームレスが路上で販売する雑誌「ビッグイシュー」が創刊。08年には「年越し派遣村」が話題を呼んだ。

こうした官民の取り組みが、ホームレスを減らしていった。彼らを社会福祉につなげて保護したり、住居や仕事を提供したりすることで、路上生活から脱却させることに成功したのだ。12年、ホームレスの数は6割以下の約1万人にまで減少した。

ホームレスが「物乞い」をしなくなったのは、この時期と重なる。全国に設立された支援団体が毎日どこかで炊き出しを行い、衣服から携帯電話まで様々な生活必需品を提供した。さらに、ビッグイッシューのようなホームレスが安全にできる仕事が増え、緊急時に頼れる窓口も増えた。

急増の意外な理由

こうしたことから、ホームレスは「物乞い」をする必要がなくなり、提供される支援や仕事によって生きていけるようになったのだ。

では、なぜ今になって、その行為が急増しはじめたのだろう。

それはコロナ禍の社会変化と無縁ではない。新宿でプラスチックの保存容器を地面に置いて、金銭を求めていた男性ホームレスの一人に声をかけ、その事情を尋ねてみた。

次郎さん(仮名)は、70代。北関東で生まれて、造園業関係の仕事を転々とし、離婚と怪我をきっかけに60代でホームレスになった。これまで15年ほど都内を中心に回って生きてきたという。

次郎さんは語る。

「俺だって、今までこんな真似(物乞い行為)はしてこなかった。でも、最近はコロナのせいで、仕事が全然なんだよ。まったく金にならねえんだ。だから、食っていくのに足りない分を何とかしようと思ってやったんだ」

次郎さんは、アルミ缶などを拾い集めて売ることで生計を立てていたそうだ。もともとアルミ缶は、1kg約100円(日によって変動)くらいだったそうだ。だが、コロナ禍によって価格が下がったばかりか、収集が困難になった。丸一日町を歩き回っても、100円にならないこともあった。

同じことはアルミ缶の回収以外の仕事、たとえば家電回収、チラシのポスティング、並び代行といったことにも当てはまる。藤田孝典(生存のためのコロナ対策ネット共同代表。NPOほっとプラス理事)によれば、ホームレスは長い間「雇用の調整弁」として利用されてきた経緯があり、コロナ禍で雇用が減れば、ホームレスが真っ先に影響を受けるのは必然だという。

次郎さんはつづける。

「あとは、治安が悪くなった。怖い人がウロウロするようになって、これまで仕事や寝泊まりしていた場所に行けなくなった。それで慣れないところへ行くから、勝手がわからずに余計にうまくいかなくなる」

以前は、町に大勢の人たちがいたので、それが見張りの目にもなっていた。それがコロナ禍では、会社員や学生や観光客が減り、ガラの悪い人たちの割合が急増したことで治安が悪くなっているという。実際に他のホームレスが人気のない路上で暴行を受けたり、所持品を破壊されたりすることが起きているそうだ。

同じことは著者も痛感する。たとえば、コロナ前の歌舞伎町にはいろんな人がいたために怖いイメージはまったくなかったが、コロナ禍では、それまでまぎれて見えなかった暴力団や半グレが非常に目立つようになっている。

こうした社会情勢の変化の中で、ホームレスへの支援も減ってきているそうだ。第一波、第二派の時は、炊き出しが中止になったことで、支援者が積極的に町を回って弁当を配り歩いていたが、第三波以降は支援疲れもあって減ってきているという。

次郎さんは人に頼るのが嫌で、これまで炊き出しに参加することがなかった。しかし、最近では背に腹はかえられず、恥を忍んで弁当をもらっているという。

次郎さんは言う。

「できることなら、人の世話になんてなりたくねえよ。俺が国(※生活保護等)に頼らねえで生きてきたのだって、そうだからね。ひと様の足手まといになっちゃおしまいなんだよ。

だから、今はみじめだよ。弁当をもらう時も、こんなもん(お金を入れてもらうための箱)を置いているのも、本当にみじめ。なんのために生きてんのかなって思っちゃう。こんなことまでして生きてちゃダメだよな」

戦中、戦後の混乱期を耐えた人々が……

いまでこそ理解が進んだが、昔はホームレスは「働きたくない怠惰な人」と見られたこともあった。今でもその偏見は一部で残っているのかもしれない。

だが、実際にひざを突き合わせて話を聞いてみると、社会の重荷になりたくないから、国や民間の支援に頼らず、自分の力で生きていくためにホームレスをしているという人が少なくない。それこそが、彼らが生活保護を受けず、路上で生きる理由だったりする。

そんな人たちは、自分の力でサバイバルしていることにプライドを持っている。逆に言えば、そのプライドがあるからこそ、路上の過酷な暮らしに耐えられている…という一面もあったのだろう。

ところが、コロナ禍は、そうしたギリギリのところで成り立ってきた生活を崩壊させている。ホームレスから最底辺の仕事さえも奪い、身の危険を感じる環境をつくりだし、生きるためのわずかなプライドさえもズタズタに切り刻みつつあるのだ。

先述の藤田孝典は次のように述べる。

「コロナ禍でホームレスの数は増えてきていて、30~40代の人を路上で見かけることもあります。社会には生保を受けることへの批判が根強くあるので、彼らはなかなか生保を受けようとしないし、かといってここまで悪化した労働市場ではブラック企業みたいなところしか受け入れ先がなかったりする。

軽い知的障害があったり、体が悪い人たちは、そうした会社で働くだけの力がありません。それなのに、役所へ行けば、『働けるでしょ』と言われて生保の受給を拒否されてしまう。それであきらめてホームレスになるのです」

コロナ禍で、活動を休止する支援団体も増え、相談できる窓口も減少しているという。

ここでもう一度、冒頭の東京駅で出会った90歳くらいの女性と男性の胸の内を考えてみたい。女性は、1000円札を受け取る時、著者に対して数え切れないくらい頭を下げ、こう言っていた。

「こんなお願いをして恥ずかしいです。本当にみっともないです。申し訳ありません。本当に申し訳ありません」

その目にはうっすらと涙があふれていた。

私は思う。今の日本は、高齢者がおにぎりを食べるために、孫ほども年齢の離れた見知らぬ通行人にそんなことまで言わせる国なのか。

彼女が90歳とすれば、戦争を生き抜き、戦後の混乱期を耐え忍び、日本の経済成長を支えてきた年代だ。そんな人から、何を奪おうというのだろう。

繁華街を歩く中で、誰かから支援を求められたり、「物乞い」をしている人を見かけたりすることもあるかもしれない。そんな時、可能であれば支援をし、物理的な貧困だけでなく、彼らが心の中ですり減らしているものについて思いをはせてもらいたい。

  • 取材・文石井光太

    77年、東京都生まれ。ノンフィクション作家。日本大学芸術学部卒業。国内外の文化、歴史、医療などをテーマに取材、執筆活動を行っている。著書に『「鬼畜」の家ーーわが子を殺す親たち』『43回の殺意 川崎中1男子生徒殺害事件の深層』『絶対貧困』『レンタルチャイルド』『浮浪児1945-』などがある。

  • 写真共同通信社

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