吉川ひなの 爆売れエッセイ本でわかった「27年前の涙」の真相 | FRIDAYデジタル

吉川ひなの 爆売れエッセイ本でわかった「27年前の涙」の真相

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5月13日に出版されたエッセイ『わたしが幸せになるまで 豊かな人生の見つけ方』が話題の吉川ひなの(写真:ロイター/アフロ)
5月13日に出版されたエッセイ『わたしが幸せになるまで 豊かな人生の見つけ方』が話題の吉川ひなの(写真:ロイター/アフロ)

吉川ひなののエッセイ本『わたしが幸せになるまで 豊かな人生の見つけ方』(幻冬社刊)が話題になっている。発売日の前から重版が決まっていたというほどだから、注目度はかなりのものなのだろう。彼女は現在ハワイに住んでいるため発売記者会見はオンラインで行われ、こう語っていた。

「これまで曖昧にしてきた家族構成や生い立ちについても全部聞いてもらいたいと思っていた」

このエッセイが注目を浴びているのは、これまで知られなかった彼女の壮絶な過去が赤裸々に語られているからなのだ。

ひなのがデビューしたのは今から28年前。彼女は現在41歳だから、13歳の時である。伊勢丹のポスターに登場した彼女を見て、あまりの可愛らしさに目を丸くした人は多いだろう。その後、身長168センチの9頭身美少女はスターの階段を駆け上っていったのだった。

そのころの彼女のイメージといえばお金持ちのお嬢様。本人がそんなことを言ったわけではなく周りが勝手に思っていたようなのだが、イメージは独り歩きしていた。

だがエッセイを読むと、イメージとはかなりかけ離れていたことがわかる。幼少期は家の電話がしょっちゅう止まり、借金取りに追われる日々だったという。本の中では、そんなことも詳細に記してあった。

《学校に行く前に借金取りが来て、お母さんは今いないと言いなさいと納戸に隠れる母親に言われ、スーツを着た大人に玄関先でお母さんがいるのはわかってる。お嬢ちゃんが呼んでくれるまでおじさんたちは帰れないと言われ、学校に行けなくなったりした》

芸能界だけではないだろうが、子どもの持っているお金はたいてい親が管理している。そして子どもが大金を稼ぐようになると親は仕事をしないで子どもの収入を当てにする、あるいはむやみやたらと事業に投資したり無節操な金遣いをしたりで、子どもの稼いだお金を使い尽くす。

芸能界の“子どもタレントあるある”だ。彼女の親も例外ではなく、娘の稼いだ金で、賃貸ではあったが豪邸に住み贅沢三昧の生活をしていたようなのだ。そんな家庭事情があったことをおくびにも出さず、明るく振る舞っていた。

私が彼女にインタビューしたのはデビューから1年が過ぎたころ。女優でもタレントでも、スクリーンやテレビ画面、あるいはグラビア写真で見るのと実物がまったく同じということは少ない。だが彼女はそのまんまの美少女だった。インタビューは和やかな雰囲気の中で進んでいき、取材日の前日まで撮影の仕事で訪れていた沖縄の話になると彼女の目が輝いた。南の島が大好き、と言い、

「シュノーケリングしているとヒトデさんやナマコさんが挨拶してくるの」

なんて、“不思議ちゃん”発言に面食らってしまった記憶がある。しかし話が休日の過ごし方や家族に及んだ時だった。彼女は急に押し黙ってしまい、大粒の涙をこぼし始めたのだった。

インタビューは中断、後日改めてということになった。当時は涙のワケを聞くことは叶わなかったが、エッセイを読むと親のことで悩んでいた時期だったというのがわかる。

99年2月、ひなのはロックバンド『SHAZNA』のボーカル・IZAMと結婚する。ひなのが19歳、IZAMが26歳の時だった。人気者同士の結婚に世間は沸いたが結婚生活はわずか7か月で終わり、芸能界のスピード離婚記録にランクインした。

当時『ままごと婚』と揶揄されたこの結婚について、彼女は3年前に放送されたテレビ番組の中で、「芸能界がいやになって逃避するような感じで結婚した」ということを語っているのだが、今回のエッセイにはIZAMのイの字も出ていない。またこのエッセイを扱った情報番組でも結婚、離婚の話は出たがIZAMの名前は出なかった。

「エッセイの中でIZAMさんとの結婚・離婚については書いてありません。ですが情報番組で取り扱った時に、1回目の結婚離婚については触れています。

ひなのさん本人の意向でIZAMさんの名前は出さないことになった、と聞いています。特に圧力があったというわけではなく、本に書かれていないというのは書きたくなかったのだと判断し、触れないでおこうという配慮です」(ワイドショースタッフ)

ひどい仕打ちを受けた両親のことは書いてもIZAMのことは書かなかったのは、彼に対する配慮だったのだろう。

気になる人は多いだろうが、両親や芸能界での生活に比べたら彼女の人生の中では離婚はしたものの、きっと悪い思い出ではなくなったのかもしれない。41歳となった彼女だが、あの時の輝きを失っていないのは、今が間違いなく幸せだからなのだろう。

  • 取材・文佐々木博之(芸能ジャーナリスト)

    宮城県仙台市出身。31歳の時にFRIDAYの取材記者になる。FRIDAY時代には数々のスクープを報じ、その後も週刊誌を中心に活躍。現在はコメンテーターとしてもテレビやラジオに出演中

  • 写真ロイター/アフロ

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