小泉今日子『あなたに会えてよかった』のあなたは意外な人だった | FRIDAYデジタル

小泉今日子『あなたに会えてよかった』のあなたは意外な人だった

スージー鈴木の「ちょうど30年前のヒット曲」、今回は小泉今日子の大ヒット曲に隠された秘話!

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東京都港区の麻布税務署で確定申告をする小泉今日子(1990年2月)

ちょうど30年前のヒット曲を紹介していく連載です。今回は1991年の5月21日に発売された、小泉今日子最大のヒット『あなたに会えてよかった』。オリコン1位、105.4万枚のミリオンセラーとなった曲。

ヒットの要因として、まずは個性的なサウンドの貢献が挙げられます。作・編曲は、時代の寵児への急角度な階段を駆け上がっていた小林武史。

桑田佳祐やサザンオールスターズのプロジェクトで名を上げ、この連載でも取り上げたサザンの『真夏の果実』(90年)のアレンジも手掛け、満を持して、他の音楽家のプロジェクトでも成功し始めた頃。

キラキラ・ツルツルしたサウンドは、まさに「小林武史サウンド」。加えて興味深いのは、そこはかとなくビートルズの香りがするところです。

歌い出し「♪サヨナラさえ」の直後に出て来る「♪ランララ」というコーラスは、実にビートリー(=ビートルズ的)。またエンディングの「♪ドシラソミド」(キーはE)という音列も、ビートルズ『It Won’t Be Long』風で、これまたビートリー(同じく「ビートリー歌謡」であるPUFFY『これが私の生きる道』にも、似た音列が出て来ます)。

今回、この原稿のためにコードを確かめてみて驚いたのは、先の「♪サヨナラさえ」という歌い出しのところのコード「B on A」(=コードはBでベース音がA)。この、何とも不安定で切ない分数コードの響きも、ある種、ポール・マッカートニー的なのかもしれません。

このように、キラキラ・ツルツルした最先端サウンドの中に、そこはかとなくビートルズの匂いが立ち込めているという、小林武史による個性的なサウンド作りが、まず、大ヒットの要因として挙げられましょう。

ちなみに小林武史は、『あなたに会えてよかった』で、この年のレコード大賞・編曲賞を受賞します。私は、(様々な力学が作用した結果、選出される)レコード大賞より、編曲賞の方が、音楽的に信頼に足るアワードだと思っています。

『あなたに会えてよかった』以前の主な編曲賞のラインナップをご覧ください。まさに編曲が曲の顔になっている名曲と、それを手掛けた編曲家が、ちゃんと選ばれているのが分かります。

・1978年:前田憲男/『Mr.サマータイム』(サーカス)
・1979年:坂本龍一/『アメリカン・フィーリング』(サーカス)
・1980年:後藤次利/『TOKIO』(沢田研二)
・1981年:井上鑑/『ルビーの指環』(寺尾聰)
・1982年:船山基紀/『悪女』(中島みゆき)他
・1983年:大村雅朗/『SWEET MEMORIES』(松田聖子)
・1985年:船山基紀/『Romanticが止まらない』(C-C-B)
・1988年:佐藤準/『彼女とTIP ON DUO』(今井美樹)他
・1990年:瀬尾一三/『壊れかけのRadio』(德永英明)

そして、この連載で取り上げた他のヒット曲同様、強力なタイアップの力も、大ヒットに貢献しました。91年4月から、TBSの金曜21時枠で放送されたドラマ『パパとなっちゃん』の主題歌に採用されたのです。小泉今日子自身も出演したこのドラマで、小泉の父親を演じたのが、この4月に心不全で亡くなった田村正和でした。

『パパとなっちゃん』の演出を務めたTBSのプロデューサー・貴島誠一郎は、5月19日、自身のツイッターにこう記しました。田村正和の人柄が偲ばれます。

――なっちゃん役の小泉今日子さんの婚約者役で大江千里さんがロケ現場から初参加、車で待機中の田村正和さんに挨拶をするため私がウィンドウを叩くと、正和さんはドアを開けわざわざ車から降りて「田村です」とご挨拶をされました。大勢のスタッフの名前も覚えてくれる大スターでした。

けれど、大ヒットに至った最大の要因は、ピュアでセンチメンタルな歌詞の力ではないでしょうか。結果、この曲は、レコード大賞の編曲賞のみならず、作詩賞も受賞します。作詞家の名は――小泉今日子

「♪時が過ぎて 今 心から言える あなたに会えてよかったね きっと私」

私含む、多くのリスナーは、当時、この曲をラブソングだと解釈して、何度も聴き、何度も歌ったものです。しかし、作詞した小泉今日子によれば、これはラブソングではないらしいのです。

TBSラジオ『伊集院光とらじおと』(17年5月10日)にゲスト出演した小泉今日子はこう告白しました――「恋人に対する歌って、歌詞ではそうなっていますけど、私はお父さんを思って書いたのを覚えています」

91年当時、小泉今日子が25歳の頃、体調を崩して入院生活を送っていた父親のことを思い出しながら書いたというのです。そして3年後、28歳となった小泉の目の前で、父親は帰らぬ人となるのですが。

「♪想い出が 星になる…」

小泉今日子が作詩賞を受賞した背景には、卓越した文章力があったと思います。16年に発表され、講談社エッセイ賞に輝いた『黄色いマンション 黒い猫』(スイッチ・パブリッシング)という本の中で小泉は、父親の死を、うっとりするほど見事な筆致で表現します。

――人の死は、思っていたよりずっと静かで穏やかなものだった。さっきまで痛みに苦しんで壮絶な表情をしていたのに、息を引き取る時には優しく穏やかで、生まれたばかりの赤ん坊のように無垢な顔で旅立っていく。受け止める私たちの心もとっても静かで神聖な気分だった。

こういう文章を読んで私は、上品で端正な言葉を紡ぎ出す小泉今日子に会えてよかったと思うのです。

  • スージー鈴木

    音楽評論家。1966年大阪府東大阪市生まれ。BS12トゥエルビ『ザ・カセットテープ・ミュージック』出演中。主な著書に『80年代音楽解体新書』(彩流社)、『チェッカーズの音楽とその時代』(ブックマン社)、『イントロの法則80's』(文藝春秋)、『サザンオールスターズ1978-1985』(新潮新書)、『恋するラジオ』(ブックマン社)など。東洋経済オンライン、東京スポーツ、週刊ベースボールなどで連載中。

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