妹が姉の首をナイフで深々と…親族殺害「一家の悲しい運命」 | FRIDAYデジタル

妹が姉の首をナイフで深々と…親族殺害「一家の悲しい運命」

ノンフィクション作家・石井光太が重大事件の深層に迫る。衝撃ルポ 第17回

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姉の度重なる暴挙に妹は精神的に追い詰められ……(写真はイメージです。画像:吉澤菜穂/アフロ)

東京都の郊外にある大きな邸宅の板の間に、45歳の女性の遺体が仰向けになって倒れていた。女性の首には深々と果物ナイフが刺さっており、床は黒い血の海だった。

警察官が駆け付けた後、現場にいた43歳の次女と、37歳の三女は、こう説明した。

「姉が玄関で自殺をしました。ナイフで首を刺して死んだんです」

資産家に生まれた三人姉妹は、近所でも仲が良いと評判だった。

だが、後の警察の取り調べで、長女は、次女と三女によって殺害されたことが明らかになる。当初、一部メディアによって「遺産争い」と報じられた事件の奥底には、悲しい一家の歴史があった。

現在、日本で起きている殺人事件の過半数は、親族間で起きている。私はそうした事件を七つにわけて『近親殺人――そばにいたから』(新潮社)という事件ルポとしてまとめた。その中から、資産家三姉妹の殺人事件を紹介したい。

仲の良かった三人姉妹が……

この家族には、先祖代々の土地があって資産家として知られていた。父親は堅実な性格で、アパートや駐車場を経営しながらも、電力会社で会社員として働きつづけた。

娘三人は上から、長女の冬美(仮名、以下同)、次女の絵里子、三女の雅代。冬美と絵里子は二歳違いで、絵里子と雅代は6歳の年の差があった。みんな礼儀正しく、親戚とも仲良く、三人で外出することもよくあった。

長女の冬美は、看護学校を卒業して看護師になった後に結婚。次女の絵里子は奔放な性格で、30代前半で北海道に嫁いだ。三女の雅代も結婚して隣県で幸せな家庭を築いた。

順風満帆に見えた三姉妹の人生が暗転するのは、長女の冬美が育児によって精神を病み、離婚したことがきっかけだった。

冬美は娘の夏花を抱いて実家に戻ってきたものの、精神疾患から別人のようになっていた。両親を口汚く罵り、時には暴れて食器を破壊したり、ハサミや包丁を投げつけたりする。部屋に引きこもって

「死にたい。誰か殺して!」と叫びつづけた挙句に、薬の大量摂取やリストカットで自殺未遂をしたこともあった。

初老の両親は、変わり果てた冬美を前に、どうしていいかわからなかった。病院へ行かせても悪化の一途をたどり、会話さえ成り立たない。頼れるのは、北海道に嫁いだ次女の絵里子だけだった。

〈冬美が暴れて家のものを壊している。〉

〈死にたいと言い出して首を吊った。〉

〈今日も包丁を持って飛び掛かってきた。〉

そんなメールが、北海道の絵里子の元に日夜届いた。

絵里子は子供がいなかったこともあって、度々東京の実家に帰った。彼女が危惧したのは、幼い夏花に危害が及ぶことだった。実家にいる間は、夏花を片時も離さず、3食はもちろん、寝る時もずっと一緒だった。

夏花は絵里子を慕うあまり、「ずっとお家にいて」と訴えるようになった。実母の冬美を恐れ、絵里子を頼ったのだ。絵里子は、このまま北海道と東京の往復をつづけるべきなのか、東京に帰って夏花の面倒をみるべきか、岐路に立たされた。

「勝手に入院させやがって!」

そんな絵里子が決断を下す日は不意に訪れた。両親が冬美を都内の大学病院へ連れて行き、強制的に入院させた。だが、冬美は病院内で暴れ回って、看護師や患者に散々迷惑を掛け、2週間で追い出される。冬美は、自分を入院させた両親に怒りをぶちまけた。

「勝手に入院させやがって! 許さないからな!」

これを機に、冬美は両親に対してこれまで以上に暴力をふるうようになった。家では怒鳴り声や暴力が絶えず、夏花の泣き叫ぶ声が響いた。

絵里子はそれを知り、決断した。

――東京にもどって夏花の母親として生きよう。

2006年の春、絵里子は夫と離婚して東京の実家にもどった。すべては夏花を守り、自らの手で育てるためだった。

絵里子は、夏花に母親以上の愛情を注いで片時も傍から離さなかった。毎食つくり、入浴も寝るのも一緒、休日は手をつないで遊びに出掛けた。不動産収入があったので、すべての時間を夏花にかけられた。

後の公判で、絵里子はこう語っている。

「家の中で、私や両親はひと時も休まる時間がありませんでした。たとえば、ある夜、私と夏花が眠っていたら、いきなり姉がロープを手にして怒鳴り込んできたんです。彼女は私たちの前で首にロープを巻いて、『これで私の首を絞めろ! こんなつらい人生は嫌だ。殺してくれ!』と叫びました。私たちがためらえば、今度はそのことに怒って突っ掛かってくる。昼でも夜でも突発的にそんなことが起こるので、私は夏花を一人にすることはできず、常に警戒してなければなりませんでした」

冬美は病院に入院することを断固として拒んだ。両親と絵里子は3本の矢のように団結して、冬美の言動に耐え忍ぶしかなかった。

だが、2011年以降、家庭環境が一気に変わる。まず、父親の新平が脳溢血で亡くなった。悪いことは重なるもので、間もなく母親の体にがんが見つかった。がんは進行しており、夫の死からわずか二年で母親も他界する。

冬美にとっても、両親の立て続けの死は大きかったようだ。葬儀の後、冬美は精神をかき乱されたように、祭壇に水をぶちまけたかと思うと、骨壺から母親の骨をつかみ取り、娘の夏花に投げつけた。

「おい、夏花! 見ろよ! 骨だぞ!」

夏花は、母親の取り乱す姿に怯えるあまり失禁した。

メールに書かれた「K」の恐ろしい意味

両親亡き後、絵里子は一人で夏花を守らなければならなくなった。この時、絵里子が頼ったのが、昔の勤め先の上司である三沢剛だった。剛はかつて絵里子と男女の関係にあった。彼女はそんな剛に連絡を取っては悩み事を聞いてもらっていた。

こうした環境は、絵里子にとってあまりにストレスが大きすぎた。彼女はだんだんと心を病むようになり、わけもなく号泣したり、極度の不眠に悩まされたりした。病院へ行くと、医師から次のように言われた。

「うつ病です。お姉さんを正面から受け止めてしまっているのが原因でしょう」

医師は、姉から距離を置くように指示したが、家の不動産を管理しなければならない上、夏花を守らなければならない。離れる術などなかった。

当時、絵里子が相談者の剛に送ったメールが次だ。

〈殴られた。あと100回殴んなきゃすまないみたい。もう死んでもらいたいのかな。〉

〈もしかしたら殺されるかもしれない。殴られた。私たちがバカにしているから許せないんだと思う。〉

〈もう疲れた。私が死んだらいいのかな。何年も前からK(※「冬美を殺す」の意味)のこと考えてる。それしかないのかな。うちがやる? もうそれしかない。〉

これ以降、絵里子のメールには、姉の殺害をほのめかす「K」という文字が頻繁に表れるようになる。精神的に追いつめられ、姉を殺すしかないと考えるようになったのだ。

事件が起きたのは、日曜日の夜のことだった。

前日から、冬美は病状が不安定で、いきなり仏壇のメロンをフォークで何度も刺したり、ハサミを持って絵里子や夏花を追い回したりする騒動を起こしていた。絵里子は夏花を守るので精いっぱいで、ほとんど眠れていなかった。

この日、昼になると、冬美が起きてきて、昨晩同様に果物ナイフを手にして家の中で暴れはじめた。絵里子はこのままでは自分たちが殺されると考え、相談相手の剛に加えて、千葉に暮らす三女の雅代に助けを求めた。

夕方、剛と雅代が駆けつけ、まずは駅近くの駐車場で絵里子と落ち合った。絵里子はすでにパニック状態だった。

絵里子は二人に会うとこう言った。

「もう耐えられない! (冬美を)殺そう。もうそれしかない!」

いきなり「殺す」と言われ、剛も雅美も戸惑いを隠しきれなかった。絵里子はつづける。

「自殺に見せかけるの! そうすれば大丈夫。今日やるから!」

剛が雅美の顔色をうかがいつつ言った。

「そんなのダメだ。直接手を掛けるくらいなら、警察を呼ぼうよ」

「警察に言ったらとんでもないことになるって何度言ったらわかるのよ! 私も夏花もあいつに殺されるのよ! そうなる前に、こっちから殺さなければダメ!」

絶句した目の前の光景

絵里子は冬美を殺すということ以外に考えられなくなっていたのだ。

二人は怖くなったが、絵里子がひとまず家にもどるというので帰し、自分たちは家の前の駐車場で待機することにした。冬美が落ち着くのを待ちつつ、何かあればすぐに駆け付けられるようにした。

だが、駐車場にいる二人のもとに送られてくるメールは、家の中で冬美が暴れているという内容のものばかりだった。途中、絵里子が家から出てきて、駐車場にいる二人のところへやってきた。彼女はホースを手にし、鬼のような形相で言った。

「もう殺す! それしかない!」

剛は、そんなものでは殺せない、と思いとどまらせた。すると、絵里子は逆上した。

「ホースがダメなら、何だったらできるのよ! おまえらが考えろ!」

雅代は絵里子が怖くなり、苦し紛れに言った。

「じゃあ、ネクタイは?」

絵里子はしばらく黙った後、いきなり背を向けて家に引き返していった。駐車場には重々しい空気が立ち込めていた。剛はいつの間にか自分の膝が震えているのに気がついた。

何分かして、家の中から悲鳴が聞こえてきた。剛と雅代が慌てて家の中へ駆け込んでみる。目の前の光景に絶句した。冬美が血だらけになって仰向けに倒れており、その上に絵里子が馬乗りになっていたのだ。冬美の喉には果物ナイフが深々と突き刺さっている。

「こいつが私たちを殺そうとしたの!」

絵里子と夏花がリビングにいたところ、いきなり冬美が果物ナイフを手にして現れたらしい。そして娘の夏花の首に刃先を向け、「これが、おまえらの最後の晩餐だ」と言い出した。絵里子はとっさに夏花の背中を押して逃がそうとしたが、冬美が追いかける。

玄関で絵里子が冬美を押さえたところ、冬美は「もう自殺する!」と自分の喉にナイフを向けた。絵里子はとっさに「いい加減にして!」と叫んでナイフを押し、首に突き立てたらしい。ちょうどそこに剛と雅代が入ってきたのだ。

床に倒れた冬美は、まだ息をしていた。絵里子は床に落ちていた革製のベルトを冬美の首に巻いて叫んだ。

「死にたいんでしょ! 楽になりたいんでしょ!」

とどめを刺そうとしたのだ。だが、焦っているためか、ベルトがしまらない。

雅代はそれを見ているうちに、姉一人にやらせるわけにいかないと思い、片方のベルトを手にして引っ張った。

この時の様子を雅代は次のように語る。

「ベルトを引っ張っている間は、『もう楽になってもいいよ』という気持ちでした。これまで彼女自身もすごく苦しんできたのを知っていましたから、死なせてあげたら楽になると思ったんです。たぶん一分とか二分とか、そうしていたはずです。目を開けたら、姉は失禁してぐったりとしていたので、怖くなってベルトから手を離しました」

冬美は息絶えていた。

絵里子、雅代、剛の三人が考えたのは、その後の対処だった。絵里子には小学生の夏花がいるし、雅代にも子供がいる。殺人罪で捕まるわけにいかない。そこで三人は夏花を千葉にある雅代の家に被けた後、110番通報し、こう言った。

「もしもし警察ですか。知人の家の玄関で、45歳の女性が死んでいます。自殺のようです」

だが、その後の警察の調べで、絵里子の死因がベルトで絞められたことによる窒息死であることが判明した。

公判では、直接手を下した次女の絵里子と三女の博美に実刑が下された。それぞれ次の通りだ。

絵里子=懲役4年。

雅代=懲役3年。

この刑を重いと見るか、軽いと見るかはそれぞれだろう。

絵里子と雅代がこの事件に対して何を思っているのか、残された夏花はどんな言葉を絵里子にかけたのか。事件の詳しい内容は、『近親殺人――そばにいたから』を読んでいただきたい。

ただ、一つ言えることは、どの家庭でも些細なきっかけで誰かが病むことはあるし、そうなれば仲睦まじい資産家の家とて、瞬く間にこの家庭のような状況に陥らないとも限らないということだ。

日本で起きている殺人事件の半数以上が、親族間で起きているものであり、その多くに病気が絡んでいることを知ることは必要だ。

  • 取材・文石井光太

    77年、東京都生まれ。ノンフィクション作家。日本大学芸術学部卒業。国内外の文化、歴史、医療などをテーマに取材、執筆活動を行っている。著書に『「鬼畜」の家ーーわが子を殺す親たち』『43回の殺意 川崎中1男子生徒殺害事件の深層』『絶対貧困』『レンタルチャイルド』『浮浪児1945-』などがある。

  • 写真吉澤菜穂/アフロ

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