幼少でクスリ、シノギ加担…暴力団の娘たちが語る「悲壮な現実」 | FRIDAYデジタル

幼少でクスリ、シノギ加担…暴力団の娘たちが語る「悲壮な現実」

ノンフィクション作家・石井光太が日本社会の深層に迫る!

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「ヤクザの娘や息子」が背負った複雑な人生を石井光太が追った

現在の日本には、暴力団の構成員、準構成員が合わせて25900人いるとされている(警視庁、20年度)。

暴力団の主な稼ぎは、覚醒剤をはじめとした違法薬物だ。昭和50年代には暴力団全体の総収入のうち約半分が違法薬物関連だといわれてきたが、暴対法や暴排条例で不動産業などをやりづらくなった今、割合はさらに増しているだろう。

全国調査では、日本で違法薬物を使ったことのある国民は約216万人であり、その国内市場は年間に数千億円に上るとされている。その大半が暴力団に流れているのだ。今の暴力団は違法薬物にまみれているといえるだろう。

私は新刊のノンフィクション『ヤクザ・チルドレン』(大洋図書)で、2年にわたって暴力団の家庭で育った子供たちを取材してきた。子供たちは親が違法薬物を密輸したり、売買したり、自らも常用者となって廃人になっていく姿を目にしてきた。

今回はこのルポルタージュの中から、子供たちが目にした暴力団の親と違法薬物の関わりに光を当てたい。

暴対法ができて以来、大勢の暴力団が不動産や金融業といった世界から離れ、違法薬物の取り引きに流れていった。

違法薬物の取り引きを手掛ける構成員の大半が、自らも常用者だ。密輸をするにせよ、仲卸をするにせよ、末端の売人をするにせよ、商品の「品質」を理解していなければならない。ゆえに、自分も違法薬物に手を染めることになる。

「何時間でもヤレる」

神奈川県で広く覚醒剤の密売を手掛ける、関西を本拠地とするA組系の3次団体があった。この組長は密輸を生業とし、自らも常用者だった。覚醒剤の最大の使用目的は、「キメセク」と呼ばれる性行為による快感の増大だ。したがって、大抵は妻も常用者だ。

この組長宅の家庭で育ったのはH子。彼女は子供時代の記憶をこう述べる。

「お父さんもお母さんも、毎日朝から晩まで部屋にこもってクスリやって延々とセックスしてた。クスリが効いてる時は何時間だってヤレるんだって。私はそれを見るのが嫌でたまごっちを握りしめて公園で過ごしてた。

夕方になってお腹が空いて家に帰ると、親がクスリでぶっ壊れている姿を見なければならなかった。お父さんが『クジラが襲ってきた』とか言って家中を逃げ惑ったり、『昔自殺に追い込んだ女が幽霊になって出てきた』とか言って怯えて震えていたりする。かと思えば、お母さんが気絶して失禁して倒れている。

そんな毎日だったから、小学生の頃から家にも学校にも寄らずにフラフラしてた。中学生になってからは友達や先輩の家に泊まらせてもらってた。でも、ヤクザの娘の私を受け入れてくれるのって不良だけだから、そこで私もアンパン(シンナー)を覚えるようになったけどね」

夫婦の関係が破たんしたのも、覚醒剤が原因だった。母親の方が先に人格が壊れ、組の金をつかい込んだり、組員に凄惨ないじめをしたりするようになったのだ。父親はそんな彼女を捨てて家を出て、韓国人女性と再婚した。数カ月後、一人になった母親は警察に逮捕された。

娘のH子は帰る先がなくなり、16歳から歌舞伎町で水商売をはじめた。だが、住所もない少女を雇ってくれるのは、暴力団が出入りするような店だけだ。

こんな危険な環境で生き抜くには、彼女自身が暴力団に守ってもらうしかない。H子は歌舞伎町で知り合った暴力団構成員と付き合うが、彼もまた覚醒剤の常用者だった。彼は毎日のように幻覚に襲われ、暴力を振るった。H子は逃げることもできず、3人の娘を生んだ。

H子は次のように語る。

「なんでヤクザと一緒になったのかな……。お父さんやお母さんを見ていてヤクザは嫌だった。でも、実家があんな環境で、小学時代から不登校だったから、普通の世界を見たことがなかった。だから、普通の世界で生きる自分が想像できなかったし、そっちへ行くことが逆に怖かった」

8年ほど彼女は構成員の暴力下で暮らした後、彼の逮捕をきっかけに母子生活支援施設に移り、生活保護をもらって生きていくことになった。

ランドセルに覚醒剤

東京都立川市は東京を本拠地とするB会系の二次団体の力が強い。この傘下組織に属する構成員のもとで生まれたのが、K恵だ。彼女の親は暴力団としての地位が低く、末端の密売をしていたこともあり、娘にシノギを手伝わせていた。

親は仲卸から覚醒剤を購入して町で売るのが生業だった。ただ、路上やクラブで売るのではなく、客に自宅マンションまで来てもらって密売していた。

マンションには幼いK恵がいたことから、親は一々隠そうとはしなかった。それどころか、娘が小学生に上がってからは積極的にシノギを手伝わせた。

K恵が覚えているのが、毎日学校へ行く時に、ランドセルに覚醒剤を入れさせられたことだ。袋に入った覚醒剤をランドセルの奥や、ジッパーのついているポケットに隠すのだ。体育着を入れる袋や、絵の具セットの中に入れることもあった。

親は、学校に持って行かせれば、日中に警察の家宅捜索があったとしても見つからないと考えていたのだ。覚醒剤の隠し場所が、小学校だったのである。

さらに家の中でも親はK恵に様々な作業を手伝わせた。たとえば、ジュースのアルミ缶のブルタブを開けないまま、ナイフで真っ二つに切って中身を捨てる。その上でビニールで密封した覚醒剤を缶の中に入れ、そこに水を注いだ後に缶を接着剤でくっつけて元通りにする。一見すれば、未開封の缶ジュースなので、警察も見逃すのだという。

K恵は語る。

「ヤクザたちって、クスリのことになると途端に頭が良く回るんだよ。あの手この手で隠す術を考える。子供心にも、うちの親ってすげえ天才って思ったもん。

私の場合はずっと手伝わされてきたせいで、クスリに対する好奇心が出てきちゃって、中学生からは自分でもやるようになっちゃった。親がこんな夢中になってるクスリってどんなもんなんだろうって思うと、やらずにいられなかったんだよね」

子供が幼い頃から親の密売に付き合わされていれば、興味を抱くのはやむをえないことだ。親が密売人というのは、そういうことを許してしまう環境ともいえる。

【後編】では、「暴力団の娘たち」のさらに詳しく生々しい告白を詳報します。

【後編】親がクスリ強要、望まぬ出産…暴力団の娘たちの「悲痛な告白」

  • 取材・文石井光太

    77年、東京都生まれ。ノンフィクション作家。日本大学芸術学部卒業。国内外の文化、歴史、医療などをテーマに取材、執筆活動を行っている。著書に『「鬼畜」の家ーーわが子を殺す親たち』『43回の殺意 川崎中1男子生徒殺害事件の深層』『レンタルチャイルド』『近親殺人』『格差と分断の社会地図』などがある。

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