彼氏も親も知らない妊娠で…家出女性が選んだ「意外な選択肢」 | FRIDAYデジタル

彼氏も親も知らない妊娠で…家出女性が選んだ「意外な選択肢」

ノンフィクション作家・石井光太が日本社会の深層に迫る!

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特別養子縁組支援団体のNPO法人「Babyぽけっと」で取材にこたえる春菜さん
特別養子縁組支援団体のNPO法人「Babyぽけっと」で取材にこたえる春菜さん

15歳から家出少女としてネットカフェ難民をしていた住吉春菜(仮名)は、23歳で店のトイレで赤ん坊を出産して放置。赤ん坊を遺棄致死させたとして、女子刑務所で一年半の懲役生活を過ごした(詳細は【前編】で)。

【前編】ネットカフェで出産…望まぬ妊娠をした女性が歩んだ「数奇な人生」

女子刑務所を出た後、彼女は神奈川県の実家に身を寄せた。実家に暮らす母親はSMクラブの女王様を引退し、ナイトクラブのキッチンで調理の仕事をしていた。一緒に暮らす義父も別店の同じ職業だった。

実家にもどった春菜は、事件を起こしたのを反省し、息をひそめて静かに生きていきたいと思っていた。だが、義父は、15歳で家出をした時と同様に、毎晩酒を飲んでは家庭内暴力をくり返していた。春菜はそんな家庭環境から逃げだそうと、自分をナンパしてきた18歳の建設業の男性が暮らすアパートに転がり込んだ。

この頃、春菜はコンビニのバイトを経て、横浜市内のカラオケバーでホールスタッフの仕事をしていた。

彼女は15歳からずっと夜の世界にどっぷりとつかっていたので、逆に昼間の世界で働くのが怖かったし、前科者の自分は受け入れてもらえないと思っていた。とはいえ、ホステスとして働けるようなコミュニケーション力はない。そこでこの仕事を選んだのだ。

カラオケバーでの仕事は忙しく、一緒に飲みに行くくらいの同僚もできた。だが、これまでの人生と比べると、どこか物足りなさがあった。そこで彼氏には黙って、昔通っていたハプニングバーに行くようになる。

おそらく彼女には親に愛されなかったことによる愛着障害のようなものがあるのだろう。底知れぬ寂しさを、刹那の性行為で埋めてごまかすことしかできないのだ。

ジャニーズが心の支えに

春菜は語る。

「ハプバーって私にとって青春の居場所なの。セックス自体はぜんぜん気持ちよくないんだけど、15歳で家出してネットカフェ難民だった私を唯一受け入れてくれて、必要としてくれたところでしょ。店員や常連さんからも『お帰り』って言ってもらえる。なんていうか、私が社会とつながってることを感じられる場所なんだ」

春菜は彼氏との同棲を3年、4年とつづけたが、一度として結婚の話は出なかった。

ネットには春菜の名前が事件のニュースとともに残っており、彼氏が知っている可能性は高かったし、結婚するとなれば親族に過去が暴かれて猛反対にあうだろう。春菜自身もハプニングバーでしか生きていることを実感できない自分が家事や育児に心血を注げるとは思っていなかった。

とはいえ、彼氏と同棲して合法的な仕事をつづけたことで、表の世界との接点も増えていった。

特に多くなったのが、大好きなジャニーズのコンサートで知り合ったファンと取り合う連絡だ。それは売春やハプニングバーで築かれた人間関係とまったく違うものだった。

春菜は言う。

「変に聞こえるかもしれないけど、私にとってジャニーズって若い頃からの心の支えなんだ。家出して援交していた時も、ジャニーズの写真を買い漁るのが唯一の趣味だった。KinKi KidsやKAT-TUNが大好きで、顔見てると癒されるの。

それにがんばって稼げばコンサートに行けるって言う夢もあった。だから、体を売ったお金のほとんどはジャニーズに費やしてたし、カラオケバーで働いてからもそうだった。

家出とか援交してる子って、寂しいって言って覚醒剤とかクスリをやるじゃん。でも、私は一度も手を出さなかった。たぶん、それはジャニーズがあったからだと思う」

家出少女が違法ドラッグに手を染めるのは、孤独のどん底で一瞬であっても幸せを感じたいという気持ちからだ。春菜にとって、それはジャニーズだった。そして表の世界との接点が増えるにつれ、ジャニーズに関する活動も広がっていったのだろう。

義父から早く離れたい

だが、20年、そんな彼女をコロナ禍が襲う。

この年の3月、春菜はカラオケバーの仕事を辞め、誘われる形で高級クラブの黒服として働くことになっていた。こちらの方が給料が良かったのだ。だが、ちょうど1回目の緊急事態宣言が重なり、その話は立ち消えになり、職を失った。

この少し前に彼氏と別れていたこともあり、春菜は実家に身を寄せた。だが、DVをする義父から早く離れたい気持ちはずっとあった。

緊急事態宣言が明けた後、彼女は待っていたように派遣で自動車関連の工場で働きはじめる。工場を選んだのは、寮があり、実家から離れられるというのが一番の動機だった。

工場で働きだして間もなく、社員の男性から声をかけられ、体の関係になった。慣れない昼の仕事でストレスが溜まり、人肌恋しくなっていたのも大きかった。

彼氏は春菜より1歳下の35歳で実家暮らしだったが、結婚や同棲の話はまったくなかった。おそらくネット検索で彼女が起こした過去の事件を知っていたのだろう。彼女の方もあえて深く踏み込まず、体の関係だけをつづけていた。

21年の春、春菜は妊娠していることに気がついた。だが、この時も彼女は彼氏を含めて周りに相談しなかった。一体なぜなのか。

春菜は言う。

「彼氏に言わなかったのは、話して引かれるのが怖かったから。妊娠したって言ったら、嫌がられて逃げられるかもしれないじゃん。私、あんまり人と仲良くなることないから、逆に仲良くなった人に嫌われるのが怖い。だから絶対に言えないって思った。

実家のお母さんにも言えなかった。これまで少年院行ったり、事件起こしたり、刑務所行ったりして、お母さんに散々迷惑かけたでしょ。ここで育てられない子を妊娠したなんて言ったら、怒られるじゃん。だから怖くて言えなかった」

これも彼女が持っている愛着の問題が少なからず影響しているのだろう。相手が誰であっても嫌われることを極度に恐れ、自分の身に困ったことが起きても凍りついたように思考停止してしまう。

そうこうしているうちに、春菜のお腹の中の赤ん坊はどんどん大きくなっていった。そして一度も病院へ行かないまま、臨月を迎える寸前になったのだ。

彼女はつづける。

「お腹が大きくなった時に、事件のことを思い出した。お金ないし、育てられるような人間じゃないけど、あの時みたいに死なせたくなかった。やっぱりかわいそう。かわいそうだよ。だから、次の子は生かしてあげたかった」

「ネグレクトすると思う」

そんな彼女がネット検索をしていてたまたま見つかったのが、特別養子縁組を支援するNPO「Babyぽけっと」だった。すでに会社の寮からは退去を命じられており、貯金はほとんど底をついていた。

春菜はすがるようにホームページに記載されていた連絡先にメッセージを送った。Babyぽけっとの反応は早かった。すぐにスタッフがやってきて生活の段取りをつけ、出産した赤ん坊を西日本に暮らす夫婦のもとに特別養子に出す手配をしてくれたのだ。

彼女は語る。

「今度の子は、最初の子みたいにならなくて良かったって思ってる。顔を見た時は、かわいいと思ったし、特別養子に出した時は寂しいって思った。

でも、私は生活能力がないし、手元においていたら絶対にうちの母みたいにネグレクトすることになると思う。だから、育てられる人に育ててもらう方がいい」

23歳の時の遺棄致死事件があったからこそ、今回は赤ん坊の命を救おうと考えるようになったのだろう。

常識的に考えれば、春菜には今回のことについて責められるべき点は多々ある。ただ、同時に考えなければならないのは、春菜を妊娠させた恋人の責任だ。

春菜に言わせれば、彼氏は未だに今回の妊娠や出産の事実を知らないという。だが、そんなことがあるだろうか。

彼氏は臨月の間近まで春菜と過ごしており、大きくなったお腹も見ていたはずだ。35歳の会社員が何も異変に気付かないというのはありえない。彼は春菜が黙っているのをいいことに、知らないふりをして、あわよくばやり過ごそうとしているのではないか。

それを考えた時、春菜には至らない点はあれど、彼女なりに精一杯のことはした。だが、妊娠させた恋人はどうかと問わざるをえないのだ。

春菜を受け入れたBabyぽけっとの代表の岡田卓子は何を思うのか。岡田は次のように述べる。

「うちの団体に来るのは、こういう子ばかりですよ。生きる力がなかったり、きちんと物事を考える力がなかったりする。それでお腹が大きくなってどうしようもなくなってから駆け込んでくる。

ただ、女性が妊娠するのって半分は男性の責任でしょ。うちに来る女性の中には、父親である男性がわからないとか、連絡がつかないとかいう子が多い。父親が逃げちゃって、母親だけが苦しんでる。

コロナ禍によって、家や仕事がなくなったという子や、中高生の子が増えていますけど、根本にある問題はずっと前から今まで何一つ変わってません。私たちはせめて子供だけでも救わなきゃと思って活動しています」

春菜を浅はかだと批判するのは容易い。だが、春菜は彼女にしかわからない厳しい人生を生き抜き、悲しい事件を経て、今の彼女なりの最良の選択をしようと特別養子縁組にたどりついた。今後は避妊リングを入れる心づもりがあるらしい。

育てられない子供の出産の問題は、女性だけに押し付けて解決する問題ではない。男性の責任にも光を当てていかなければならないのだ。

  • 取材・文・撮影石井光太

    77年、東京都生まれ。ノンフィクション作家。日本大学芸術学部卒業。国内外の文化、歴史、医療などをテーマに取材、執筆活動を行っている。著書に『「鬼畜」の家ーーわが子を殺す親たち』『43回の殺意 川崎中1男子生徒殺害事件の深層』『レンタルチャイルド』『近親殺人』『格差と分断の社会地図』などがある。

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