「刑務所で暮らしたい…」新幹線無差別殺傷犯の異様な実像 | FRIDAYデジタル

「刑務所で暮らしたい…」新幹線無差別殺傷犯の異様な実像

2018年6月、新幹線車内でナタやナイフで乗客3人を殺傷した小島一朗受刑者。追いづづけた女性写真家・インベカヲリ★氏は小島に何を見たのか

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2018年6月、送検のため小田原署を出る小島一朗。当時、警察の取り調べに対し「ムシャクシャしてやった。誰でもよかった」と供述した(撮影:蓮尾真司)

東京駅から東海道新幹線に乗り、一息ついたところで、ふと通路に目を向けると、巡回する警備員の姿を見かけるようになった。これは2018年6月に東海道新幹線で発生した無差別殺傷事件を受けてJR東海が始めた防犯対策だ。

事件を起こしたのは当時22歳の小島一朗。同月9日の夜、新横浜から小田原間を走行中の新大阪行き『のぞみ265号』の12号車で、両隣に座っていた女性2人に対し、手に持ったナタで頭や首を切りつけたうえ、止めに入った兵庫県尼崎市の会社員(38=当時)をナタやナイフで切りつけて殺害した。横浜地裁小田原支部は翌年12月、小島に無期懲役の判決を言い渡しており(求刑・同)、現在彼は受刑者となっている。

公判では「刑務所に行きたい、それも“無期懲役囚”になりたい」という自身の希望を縷々述べた。「一生刑務所に入るような犯罪を起こそう」と思い立ち、事件を起こしたというのだ。“希望通り”の結果となったためか、判決言い渡し後の法廷で小島受刑者は万歳三唱した。

その小島受刑者(以下、小島)にコンタクトを取ったのが写真家でノンフィクションライターのインベカヲリ★氏。公判傍聴や面会文通、家族への取材を重ね、今年9月に『家族不適応殺 新幹線無差別殺傷犯、小島一朗の実像』を上梓した。インベ氏が見た小島の実像とは、いかなるものか。上記記事の取材のため、横浜地裁小田原支部で彼の公判を傍聴した筆者が、10月5日、梅田ラテラルにて行われたトークライブでインベ氏に聞いた。

事件を起こした本当の理由とは…

「無期懲役囚として刑務所で暮らしたい」という“願望”が事件を起こした動機だったと小島は公判で語っていた。だが、なぜ「刑務所で暮らしたい」と思ったのか。インベ氏は小島との面会や文通などでこれを紐解き、ひとつの結論に辿り着いた。そこに至るまでのアプローチは“写真家”として被写体に迫る作業と同じだったという。

「多くの記者からの取材を受けているような相手だと、取材を受けることで当人の意識も変わっていき、そこに潜り込むことはできない。ですが、本当に誰も手をつけてない相手に、フラッと私が面会に行って、会話できる相手だったら、聞き出せるんじゃないか、それを一回試してみたいという思いはありました。

というのも、私は普段は写真家として一般の女性の話を聞くということを、20年ぐらいやっています。その中で、相手自身が、話をしているうちに本心に気づく、みたいなことがよくある。『表向きの理由』の、もっと深いところの『本当の理由』というものがあって、そこを掘り下げてみると、その人だけが見えている世界観にふっと触れられる、みたいな感覚を覚える、そんな経験をしてきました。犯罪者に対しても同じことをやったら、見えるものがあるんじゃないかと思ったんですね」(インベ氏・以下同)

写真を撮る時と同じように、小島から話を聞き続けること3年。インベ氏が触れた、小島の『事件を起こした本当の理由』は、彼が“実際の家族”にではなく、“国家”に家庭を求めたから、というものだった。

彼の家族関係は良好というわけではなかったようだ。事件発生直後、実父は週刊誌の取材を受け「いまは『元息子』という感覚」「もう息子とは縁を切っている」などと不可解な発言をしている。実母はホームレス支援のボランティアに熱心で、息子である小島の面倒は全て、父方祖母に任せていた。この父方祖母から、包丁を向けられるなどの嫌がらせを受けたと、小島は語っている。

彼に唯一、家族として愛情を注いでくれたのが、岡崎市に住む母方の祖母だった。彼は3歳までその“岡崎の祖母”の家で育つ。その後は父方の実家へ移り住んだが、父方祖母から「お前は岡崎の子だ、岡崎に帰れ」と言われたのが最初の記憶だったという。最終的に小島は“岡崎の祖母”と養子縁組し、祖母の子となる。

「小島はその岡崎の家にずっと住みたかったんですが、同じ敷地内に3軒家があり母の兄夫婦が住んでいた。その伯父から仕事や生活など様々に口出しされ、行き場所がなくなり、ホームレス生活をするようになります。

多くの家庭では、伯父が甥っ子の仕事にまで干渉することって、なかなかないじゃないですか。でも伯父は、その岡崎の家から追い出そうとしたり、実父に連絡をとって引き取るように言うなど、いろいろなことをしてくるんです。

そうして長野県にある『寝覚の床』の“裏寝覚”でホームレス生活を送り、餓死しようと試みますが、警察がやってきて“裏寝覚”を追い出されてしまう。それが引き金だと彼は言っています」

殺人を決意した小島は、体力づくりをするために“裏寝覚”から自転車で諏訪湖に向かった。祖母から送ってもらっていたクレジットカードを使い、気に入ったカレー屋などで食事をし、養命酒を飲むなどの“健康を考えた食生活”を3ヶ月送る。

「犯行前夜に凶器となるナタとナイフを購入し、ナタの素振りを夜の公園でやっていました。彼は野球選手のイチローから『一朗』と名付けられているんですが、夜の公園での素振りが……私には変につながるというか」

長野県木曽郡にある景勝地「寝覚の床」。小島が野宿していたのは、その一角にある「裏寝覚」で、エメラルドグリーンの水はきれいだが、土砂崩落の危険性があるため遊歩道の入り口が封鎖され、立入禁止の札がかかっている(撮影:インベカヲリ★)
小島が餓死を試みた東屋の跡地(撮影:インベカヲリ★)

「自殺願望」から「他殺」に至ったのはなぜ…?

小島の行動はもちろん、本人の中では筋が通っているに違いない。しかし、側から見ると辻褄が合っていないように見えるところもある。そのひとつが、当初はホームレス生活の末の餓死という“自殺”を目指していたのに、最終的には国家に家庭を求めて“他殺”に至った点だ。インベ氏は「私が勝手に思っていることですが」と前置きし、こう続ける。

「お母さんがホームレス支援をしているので、息子である自分がホームレスの果てに餓死する、ということに拘ったんだと思います。普通に死んだら不審死になりますが、ホームレスだったら、こんなに食べ物もなく死んじゃった、とお母さんが後悔するじゃないですか、それを狙ったんじゃないかと私は勝手に想像してます。

小島は家族を求めているわけですが、もともと家族がいない人はそうはならないじゃないですか。自分が早く結婚して家庭を作るみたいな方向に行きがちだと思うんですが、家族がいるけど愛情が足りない場合は、命懸けで家族を振り向かせようとするんだなという印象を受けましたね」

ホームレス生活は、母親が注力している支援活動を意識してのものであり、事件を起こして刑務所に入ることは、実際の家族でなく国に家族の役割を求めたから……。彼の考え方はまわりくどく、直接的ではない。ゆえに「本心にたどり着けないもどかしさで、何度も取材をやめよう、もういいやと思った」とインベ氏は振り返る。

3年にわたり、葛藤しながら取材を続けてきたが、刑が確定し、もともと小島が希望していた刑務所に入ってからが「実際一番大変だった」という。

「もともと彼は精神不安定はあるんですけど、刑務所の中で暴れたり、ハンストなどをやったりする。自傷行為みたいなものなんですけど、わざと違反行為をして、それで懲罰を受けることを求めているわけです。保護室に入れられて医療刑務所に行って、いままた刑務所に戻っているわけですが、そういうことを繰り返す中でどんどん精神状態が悪化していっています。

手紙の内容も、まだ拘置所で判決が出る前とか、出た後とかは、一応読める内容なんですけど、刑務所に入ってからは、もうなんの話をしているのかわからないという支離滅裂な手紙が来るようになったし、あと一時期、実際の家族とほぼ縁を切れたようなときは、精神的ケアを求められるようになったりもしました。毎週ポストカードを送ってくれとかそういう感じのことを言われたりします。

小島を取材したあと、部屋に観葉植物がすごい増えたんです。そこに自分の本心が現れているというか、癒しを求めてこんなことになったというか」

取材の疲労の癒しを観葉植物に求め、部屋が緑だらけになったとインベ氏のもとには、いまも彼からの手紙が届くという。本書からは、小島は「家族に優しくされない」から「刑務所に家族になってもらおう」と行動を起こしたように思えた。そして、受刑者になったのちも、たびたび問題行動を起こし、刑務所から「構われる」ことに喜びを感じているように見えた。

「実母よりも養子縁組した母方の祖母に愛情を求めているし、最近では実父の愛情も求めていて、家族に振り向いて欲しいというのは、いまもすごく感じるんですけど、彼は結局諦めて、刑務所にそれを求めたんですよね。そして事件を起こした。

自分は死ぬぞ、と言っても、実際の家族はそれを止めない。刑務所だと受刑者を死なせたら問題になるので死なせないようにする。だからいくら自傷行為をしても生かされるわけですよ。食事を拒否しても鼻からチューブを入れて流動食で無理矢理生存させるわけですね。それが彼のいう親子関係であり、生存できる場所としての家庭がそこにあるっていうんです。だからすごい無機質な愛情なんですけど、それを求めてるんですよね」

いつまでも、家族に構ってもらえる子供のままでいたい……彼がそんな思いを捨て去るのはいつになるのか。そのとき、自分が子供でいるために何を奪ったのか、気づくだろうか。

(文中敬称略)

小島容疑者が6歳の時に自宅で撮られた写真。愛知県一宮市で生まれ、中学ではいじめが原因で不登校に。卒業時には進路をめぐり父親と言い争い没交渉になる

  • 取材・文高橋ユキ

    傍聴人。フリーライター。『つけびの村 噂が5人を殺したのか?』(晶文社)、『暴走老人・犯罪劇場』(洋泉社新書)、『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』(徳間書店)、『木嶋佳苗劇場』(宝島社)、古くは『霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記』(新潮社)など殺人事件の取材や公判傍聴などを元にした著作多数。

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