LGBTの夫婦が「子どもを授かるまで」に立ちはだかった高い壁 | FRIDAYデジタル

LGBTの夫婦が「子どもを授かるまで」に立ちはだかった高い壁

ノンフィクション作家・石井光太が日本社会の深層に迫る!

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「日本では、性転換した元同性の夫婦が、赤ちゃんを育てるケースがまれです。特に新生児を特別養子に迎え入れて育てるというケースは、私の知る限り日本では報告されていません。

今回、うちでは初めてこうしたご夫婦に対して特別養子の支援を行いました。この夫婦の歩みが、これからの特別養子の新しいあり方に道筋をつくることになると考えています」

そう語るのは、特別養子の支援団体「Babyぽけっと」の代表をつとめる岡田卓子だ。

日本では、トランスジェンダーとして生まれた人も、性別適合手術を受ければ戸籍の上で性別を変更することができ、婚姻も可能になる。実際これまでいくつものカップルが、そうした手続きを経て結婚にいたった。

元同性の夫婦が子供を授かるには、主に4通りの方法がある。

1・第三者の協力を経て、精子提供や代理母出産で子供をつくる。

2・里親制度を利用する。

3・普通養子として子供を迎え入れる。

4・特別養子として、法的に自分の子供として迎え入れる。

この中では2~4の区別が難しいだろう。2は児童養護施設などから実親に育ててもらえない子供を引き取り、国のサポートを受けて18歳まで育てる制度であり、3は第三者から子供を引き取って育てるところまでは同じだが、国からの支援はなく、将来的に子供が望めば離縁することも可能な制度だ。そして4は、裁判所に認めてもらい、引き取った赤ちゃんを実子として育てられる制度だ。

日本の不妊に悩む夫婦の間では、1、2、3を選択することが多かったが、近年は生まれてすぐの新生児を実子として育てられることから4が増加している。とはいえ、元同性の夫婦の場合は、どれであっても非常に高いハードルがある。

今回、おそらく日本で初めてBabyぽけっとが新生児を元同性の夫婦に特別養子として出すことになった。そのプロセスを通して、日本にある「見えない壁」に光を当ててみたい。

(※プライバシーに配慮して、本人と相談した上で名前をはじめとした事実関係を一部変更している)

胸が痛んだ父親の反応

取材に丁寧に答えてくれたBabyぽけっと代表・岡田卓子
取材に丁寧に答えてくれたBabyぽけっと代表・岡田卓子

上原康夫と由美は、生まれた時は2人とも女性だった。康夫のほうが身体は女性で心は男性というトランジェスターであり、後述するように20代で性別適合手術を受け、由美と結婚した。

87年、石川県の町で、康夫は2人きょうだいの長女として生まれた。下には年子の弟がいた。康夫は小学生くらいの頃から、隣に住んでいた従兄の服を着て、男子にまぎれて野球に明け暮れる日々を過ごしていた。

その頃の地方にはまだ性的マイノリティーについての情報はほとんどなく、康夫も自分の性に漠然とした違和感を抱きつつ、それが何なのかはっきりとは理解していなかった。

康夫が自分の性への違和感を強めたのは、12歳前後の思春期の時期だった。周りからは女子らしさを求められ、自分なりの振る舞いをしようとすれば怪訝な目で見られ、時には嘲られる。月経など身体の急激な変化にも大きな戸惑いがあった。

中学、高校時代、彼はそんな複雑な気持ちを抱えたまま、ソフトボールに明け暮れていた。その一方で、内緒で女子と交際したこともあった。

高校卒業後は地元の石川県を離れ、大阪の大学に進学した。大阪のような大都市には、性的マイノリティーの人たちが集まるコミュニティーがいくつもあったし、インターネットにもそうしたサイトができはじめていた。それらと接点を持つ中で、少しずつ自分が抱えていた違和感を自覚できるようになる。

大学院への進学を決めた大学4年の時、康夫は久々に石川県の実家へ帰った。両親に性自認のことを告白したのは、この時だった。おそらく父親には思うところがあったのだろう、2人でドライブに行こうと誘った。その道すがら、康夫は自分の性について打ち明けたのである。

父親は寡黙な人だった。短く答えた。

「そうだったのか……。育て方が悪かったか」

拒絶されなかったのは良かったが、結果として父親を悲しませてしまったことには胸が痛んだ。

大学院進学後、康夫は男性として生きていくことを決断し、ホルモン治療をはじめ、乳房の切除などの手術を順番に行っていった。修士号を取った後は、障害児が暮らす施設で専門職として働くことにした。職場では一部の上司に性転換のことをつたえ、理解してもらっていた。

「後悔だけはしないように」

Babyぽけっと内の部屋
Babyぽけっと内の部屋

妻となる由美に出会ったのは、その施設で働きだしてからだった。1歳下の由美は近所の保育園に勤務しており、康夫の働く施設とつながりがあった。そこで知り合い、交際をはじめたのである。

やがて2人は結婚を前提に同棲することを決める。この際、康夫が由美の実家へ赴き、性転換のことを話した。由美の両親はこう言った。

「自分たちが決めたことならいいと思う。ただ、後でこんなはずじゃなかったと後悔するようなことだけはしないように」

こうして康夫と由美は同じ屋根の下で暮らすようになり、家族に認められながら結婚をした。

正式に夫婦になった当初から、康夫と由美はいつかは子供のいる家庭を築きたいという考えで一致していた。お互いに子供にかかわる職業に就いていたことも大きかっただろう。

だが同時に、2人は子供を授かることが容易でないことも十分にわかっていた。それは、日本でトランスジェンダーの夫婦が子供を育てているという情報がほとんどないことからも明らかだ。体外受精や里親制度という手段はあっても、なかなかそこまでたどり着かないケースが多いのだ。

康夫は日本で起きている現状を次のように話す。

「日本では私たちみたいな夫婦が子供を持つというのは一般的な家庭でないと思われがちです。体外受精にしても、里親制度にしても、世の中で認められた方法で子供を授かるにはガイドラインに定められたプロセスで性別変更をし、戸籍の上で婚姻関係にあることが前提になります。でも、そこに至るまでにはいろんなハードルがあり、到達できない人も少なくないのです。

そういうカップルの中にも、子供を切望する人がおり、その一部は日本の法律では認められていないダークな形で子供を手にしようとします。

最近話題になっているのはSNSによる精子提供者探しです。実際に、誰の精子でもいいから提供してくださいとSNSで発信するとか、性交渉を含めた精子提供を求めるといったことが行われています。悪質な業者も存在するそうです。

それでも、子供がほしいトランスジェンダー夫婦は、そこに手を出してしまう。それで起こるトラブルもいくつも報告されています。

また、海外へ行って、そこで子供をもらって養子縁組するということもあります。血はつながっていませんが、子育てはできる。ネットなどを見る限り、そうやって子供を育てているカップルもいますが、事情が事情なので詳しい情報が表に出てくることは滅多にありません。内々に行われているということです」

結婚後の大きな試練

これは、トランスジェンダーの人たちを取り巻く複雑な問題が障壁になって起きていることだ。

トランスジェンダーの人が同性の相手と結婚をしようと思えば、まず国内の精神科に通って、約半年のカウンセリングを経て、セカンドオピニオンを受けなければならない。その後、婦人科へ行って女性器の診療(陰核の大きさを測る=当事者に精神的な苦痛を与えることが多い)をする。これらすべてが終わって、審査会で認められて初めて、性同一性障害と診断される。

当事者が病院の診断書を持って行って、ホルモン治療を受けられるのはそれからだ。だが、どの町にもそれをしてくれる病院があるわけではなく、たとえばホルモン治療をしてくれる精神科が見つからなければ、それを説明して代わりにやってくれる婦人科を探さなければならない。一ヵ月に一度、男性の姿のまま婦人科に通いつづけるのは精神的負担が大きい。

さらに費用の面でも問題はある。ホルモン治療はもとより、性別適合手術を受けるとなれば、多額の手術費がかかる。どこで何をするかにもよるが、一般的には数百万円という金額だ。手術が、身体に及ぼす悪影響も甚大だ。むろん、その前提として、家族の理解、友人からの支援、職場の承諾といったことも欠かせない。

仮にこうしたことをすべてクリアして性転換し、結婚できたとしても、その先にも大きな試練が待っている。

精子提供による人工授精も、やり方によってはそれなりの費用がかかり、場合によっては数百万円という額に上ることもある。さらに誰から精子をもらうのか、どこで人工授精するのかといった問題が出てくる。たとえばSNSでの精子提供は、1キット20万円などという販売方法になっている。

里親や特別養子の制度を利用するにしても、社会的な地位や経済力があることが条件となる。たとえば、低賃金で働く50代の夫婦であれば、「子供が大きくなった時に高齢になっている」「育児に必要な経済力がない」などとされて拒否されることがあるのだ。

このように見ていくと、結婚や子供を授かる制度があっても、それを乗り越えるのが極めて困難なことがわかるだろう。だからこそ、元同性の夫婦が子供を授かるということがなかなか行われてこなかったし、カップルによっては「なんとしても子供がほしい」と考え、上記のようなプロセスを飛び越えて、海外で人工授精をしたり、養子縁組をしたりすることがあるのだ。海外のそれが悪いわけではないが、国や方法によってはこれまで複数のトラブルになった事例が報告されている。

しかし幸いにも、康夫と由美は法的に認められたステップを踏んで合法的に夫婦となっており、経済的には安定し、子供にかかわる専門職に就いている。家族や周囲からの理解も得ている。何より、子供が大きくなった時にどうどうと真実を言える環境をつくりたかった。だからこそ、2人は隠さずに済む方法で、子供を授かろうと考えた。

夫婦が考えていた選択肢は次の2つだった。

1・親族から精子提供を受ける。

2・特別養子をもらう。

法律的には何一つ問題はないし、子育てという点からも他の夫婦よりはるかに詳しい。だが、2人の前には壁が立ちはだかるのである。

詳しくは【「子どもを幸せに育てたい…」LGBTの夫婦が抱える苦悩と夢」】をお読みいただきたい。

(文中敬称略)

  • 取材・文・撮影石井光太

    77年、東京都生まれ。ノンフィクション作家。日本大学芸術学部卒業。国内外の文化、歴史、医療などをテーマに取材、執筆活動を行っている。著書に『「鬼畜」の家ーーわが子を殺す親たち』『43回の殺意 川崎中1男子生徒殺害事件の深層』『レンタルチャイルド』『近親殺人』『格差と分断の社会地図』などがある。

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