21年かけて撮影した「12人大家族の日常」が心に響くワケ | FRIDAYデジタル

21年かけて撮影した「12人大家族の日常」が心に響くワケ

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10人のディレクターが21年かけて撮影した大家族のリアルライフ

昨年2月末、深夜に日本テレビ系『NNNドキュメント(以下「Nドキュ」)’21』で熊本県の岸英治さんと信子さん+7男3女の子どもたちの物語「人生は…ジグソーパズル」が放送されるや、大反響を呼んだ。

2019年3月21日。三女・穂恵さんの結婚式で家族が大集合。映画『人生ドライブ』は、2022年5月21日よりポレポレ東中野ほか全国にて順次公開予定

■「深夜の放送が大評判!12人大家族・20年の物語が感動を呼ぶワケ」はコチラ

自宅の全焼あり、熊本地震あり、緊急入院……と、数々の困難を乗り越えてきた岸家の生活を2000年頃から21年間にわたって取材してきたのは、熊本県民テレビ(KKT)だ。そして今、KKT開局40周年を記念し、劇場用に再編集された映画『人生ドライブ』が熊本から順次、各地で公開されている。

2010年2月1日。自宅全焼。岸家の記録を継続して放送してきた『ズームイン‼SUPER』が火事について報じたところ、日本中から「岸さん一家」宛の支援品が宇土市役所に届いたという

本作の監督で『Nドキュ』制作者、のべ10人超となる岸さん一家取材ディレクターの中で、2006年からの2年間と2019年からの再担当を務めてきた城戸涼子さんに映画の裏話などを聞いた。

「『Nドキュ』放送と映画化にあたり、これまで撮りためた21年分の映像を約1カ月かけて全て見直し、付箋を立てて記録し、年表を作りました。 

そんな中、映画ではこれまで地上波放送では一度も出していなかったシーンや、約15年~20年ぶりに日の目を見たシーンも登場します。撮影してきた映像の中には車の中の様子も数多く、なぜドライブが好きなのか信子さんに聞いたところ、『(夫と)二人きりになれるから』と。子どもが10人いても、子どもが寝静まったら家の周りを二人で短時間ドライブしていたそうで、そんなお二人の車の中の会話は今回テレビと違い、ほとんど編集せずに入れています」

信子さんと英治さんが大切にしてきた「二人きりになれる」ドライブという時間。英治さんが信子さんにプロポーズしたときの手紙には「すぐには幸福には行けないかもしれませんが、ずっと乗っててください。道を外れないように運転します」という言葉も

また、映画ならではの特徴とは。

「構成の佐藤幸一さんに最初に言われたのが、『映画は、映像で語りしめるもの』ということでした。ナレーションで説明しないといけないような映像は外すということは、基本方針としてありました。 

テレビ番組、特に私が日頃携わっているニュースなどは、短い時間で勘違いされないよう、わかりやすく伝えることが基本ですが、映画の場合は私達から情報のボールを投げるのではなく、ありのままの映像を見せて、それをどうとらえるかは映画館に来てくれた人に委ねていい、と。だから、この人が当時何歳だったなどの情報は省き、観る方それぞれに記憶の糸、情報の糸をつなげて、想像しながら観ていただけるようにしています。だからこそ、いただいた感想一つ取っても、みんなバラバラなんですよ」

印象的なのは、二人の息子が父・英治さんと焼鳥屋でひたすら黙っているシーンや、二男がラーメン屋で「タバコ吸ったことある?」などと尋ねられるシーン。派手なケンカや諍いはなくとも、ずっとほのぼの平和な家庭だったわけではなく、思春期や反抗期らしき様子がチラリと映るのが、逆に生々しく、どこにでもある普通の家庭なのだということに、安心感を抱いてしまう。

二男・天童さんが父・英治さんにラーメン屋で「タバコ吸ったことある?」と尋ねるシーン
男3人焼き鳥屋にて、気まずい沈黙が続く…

「8割遊んでいた日々も…」ヤラセがないからこそ起こるハプニング

21年間で撮影拒否の時期や撮影不可の出来事などはなかったのだろうか。

「信子さんに聞いたんですが、『撮影を断ったことはない』とおっしゃっていました。たぶん撮影が嫌な子は、家にいなかったりしたんだと思います。21年分の映像を見直してみると、時期によって映っていない子もいましたから。それでも21年間撮影拒否は一切なく、カメラを受け入れていただけたのは、先輩達が脈々と作ってきてくれた信頼関係あってのものだと思います。 

実際、五男の日向さんの白血病が発覚したときも、信子さん達のほうから『日向が記録しておいてと言っているから、今から取材に来てくれる?』と連絡くださったくらいです」 

信頼関係を維持するために、のべ10人超のディレクターの間で申し送りや引き継ぎされたこともあったのだろうか。

「紙で渡された資料はないんですが、今回の映画をSNSで発信するために歴代のスタッフにアンケートをとったところ、『カメラが来ていることを意識されないように、8割遊んでいた日々があった』というカメラマンの話が出てきました。私自身、子ども達と一緒に遊ぶカメラマンを見て『今はインタビューなんかできないな』と思って一緒に遊んだことも、確かにありましたね。 

岸さん家に取材に行くと、何が起こるかわからないんですよ。撮影自体は1時間ぐらいで終わる想定でも、『9時頃に洗濯を始めます』と言って、10時半になっても始まっていないとか(笑)。 

日向さんが入院するときも、7時半には家を出ると聞いて、7時頃に私たちは岸さん家に着いたんですが、結局家を出たのは8時過ぎで。『間に合うのかな』と言いながら私達も同行し、病院の入り口でみんなで『頑張って行ってこい』と抱き合って涙するシーンを撮影して、終わったと思ったら、出てきて、『国立医療センターと地域医療センター間違っていた、病院間違った』と(笑)。 

岸さん一家を何十年も取材していると、何が起きても『まぁ岸さんの家だしね』という感じになるんです(笑)。よく『ヤラセはあるんですか?』とか『ギャラが発生しているんでしょ?』と聞かれますが、岸さん家に関しては一切ないです。それこそ今回の映画化で、舞台挨拶に来ていただくのに駐車場代をお支払いしたくらいで(笑)」

ヤラセがないからこそ起こる、こんなハプニングのエピソードも。

「映画には未収録ですが、英治さんが信子さんに花畑でプロポーズするシーンがあります。それは信子さんが手術を終えて退院する日、病院を出た後に少しドライブしたいと信子さんがおっしゃっていることを聞いて、取材に行ったときのものなんです。そしたら、退院手続きの最中に英治さんがいなくなってしまって、私たちが探していると、車の後ろに花束を積んで一生懸命隠しているんですよ。 

どこかのタイミングで花束を渡すだろうからと、カメラマンは信子さんに、私は英治さんについて別行動で追いかけるんですが、コスモス畑に着いたら、英治さんが信子さんを先に行かせて。そこで、英治さんはコスモス畑近くの物産館に行って、事務所の方に『僕、今からあのコスモス畑に行くんで、この花束持ってきてください』と託して行ってしまって、事務所の方も『これ、どのタイミングで渡したらいいんですかね』と困っているところを私たちがそのまま映す、と(笑)。 

そんな感じで何が起こるのかは全くわからないんですが、何も聞かず、どうなるか分からないままついていくのがドキュメンタリーの大前提です。私たちが介入すると、それは演出になってしまいますから、『次どうするの?』は聞かないですし、聞いたところでその通りにいかないことも、私たちは経験上わかっていますので(笑) 」

映画化で改めて感じた岸さん一家の魅力

奇跡の瞬間を何度も押さえられたのは、21年間信頼関係を築き続け、ひたすら取材に手間暇をかけて、カメラを長回ししてきたからこそ。では、映画化で改めて感じた岸さん一家の魅力とは。

「信子さんは小さな幸せを見落とさず、取りこぼさず、拾い上げるのが、とても上手な人なんですよね。苦しいことや大変なことがあっても、その先には良い事が待っているということを、60数年の人生で経験してきているから、それがどんどん強固になっていると感じます。 

信子さんは3、4人目が生まれた頃が一番大変で、苦しくて仕方なかったとよくおっしゃっているんですが、そこを越えてからは子育ての良いところをピックアップしていけばいいと考え方を切り替えられるようになったそうです。 

パートナーとの関係を築く上でも、自分で決めたこと、大事にしたいことを、何度も思い出しながら、楽しみながら努力し続けているんですよね。一番身近な人に対する努力は後回しになりがちですが、一番身近な人にこそちゃんと感謝や愛情を伝えることが大事だということを改めて感じます」

  • 取材・文田幸和歌子

    1973年生まれ。出版社、広告制作会社勤務を経てフリーランスのライターに。週刊誌・月刊誌等で俳優などのインタビューを手掛けるほか、ドラマコラムを様々な媒体で執筆中。主な著書に、『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』(太田出版)、『KinKiKids おわりなき道』『Hey!Say!JUMP 9つのトビラが開くとき』(ともにアールズ出版)など。

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