高岡蒼佑が語る「40歳になったからこそ挑戦をやめたくない」 | FRIDAYデジタル

高岡蒼佑が語る「40歳になったからこそ挑戦をやめたくない」

女優・宮﨑あおいとの離婚、フジテレビ批判、そして突然の俳優業引退…… いろいろあった男が今度は格闘家デビューを発表

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「勝運」の御利益がある大阪の寺に祈念。「顔を晒したくないから、サングラスは試合まで外さない」と語った(撮影:加藤慶)

チャリン――。

大阪の名刹(めいさつ)・勝尾寺。賽銭(さいせん)箱に小銭を投げ込んだ高岡蒼佑(そうすけ)(40)は、手を合わせゆっくりと目を閉じた。曲げられた二の腕は、服の上からでも盛り上がっているのがわかるほど鍛え抜かれている。

「この寺には、5年前に京都に移り住んでから、節目節目で来ています。今日は何かをお願いするわけではなく、引き続き頑張ります、ということを報告しに来ました」

5月31日、高岡は京都市内で会見を開き、格闘家デビューを発表した。’20年8月に俳優業引退を発表して以来、表舞台から遠ざかっていた男の、まさかの転向である。

「半年以上前から声をかけていただいていて、ずっと断っていました。でも、40歳という年齢を考えたときに、身体が動くうちにエネルギーを前面に出して挑戦することに魅力を感じるようになったんです。息子の存在も大きい。息子にカッコいい姿を見せて、『パパ強い』と思ってもらいたい。勝ち負けじゃなく、生きざまを見せたいんです。2ヵ月くらい前に正式に試合が決まり、本格的にトレーニングを始めました。ミット打ちもスパーリングも初めての経験で刺激的ですよ」

’99年に俳優デビューした高岡は、『パッチギ!』や『ROOKIES』などの作品に出演し、期待の若手俳優として注目を集めてきた。’07年に女優の宮﨑あおい(36)と結婚するも’11年に離婚。SNSで突如フジテレビ批判をぶち上げたり、暴行事件で逮捕されたりと、「お騒がせ俳優」「爆弾男」とも呼ばれた。

5年前に京都に移住し、一般女性と再婚して2児の父にもなった。俳優引退後は、葬儀屋、解体業、バー店員など、さまざまな職業を経験してきた。記者の質問に丁寧に答える高岡にかつての荒々しいイメージはなく、落ち着いた大人の雰囲気を漂わせていた。

「本質は変わっていませんけどね。今でも納得いかないことはいかないですし。ただ、20代のときはやっぱり調子に乗っていましたし、上手くいかないことを人のせいにしたりもした。それが今は、人に期待しないようになりましたね。ネガティブな意味じゃなく、人には人の人生があって、それぞれの立場で考え方が違うということがわかってきたんです」

現在はアパレルブランド『LAMPS』の運営をしながら、6月にはYouTubeチャンネルも開設した。

「暴露系じゃないですよ(笑)。僕がこれまでどういうふうに生きてきたか、普通に喋(しゃべ)っていくつもりです」

6月12日、大阪・堺市産業振興センターで行われる『競拳21』で高岡はデビューする。今後も格闘家として活動していくのだろうか。

「デビュー戦のあとにメジャー団体で試合、というのは考えていないです。まずは目の前の試合に集中しています。どんな結果が残るか、自分でも楽しみです」

では、芸能界復帰はあるのか。

「一部の”おじいちゃんたち”が支配している今の芸能界が変わらない限りはありえないですね。利権や金儲けばかりの世界には戻りません。ただ、僕が自分で新しい道を切り拓(ひら)いて、ということはあるかもしれない。お芝居は今でも好きですから」

取材の最中には、高岡に気づいた参拝客から「頑張ってください」と声をかけられる場面もあった。まだまだ知名度は抜群。格闘家としてだけでなく、俳優としても再び表舞台に立ち、酸(す)いも甘いも嚙みわけた男の演技を見せてほしいものだ。

本誌未掲載カット 高岡蒼佑が胸中を語り尽くした「40歳になったからこそ挑戦をやめたくないんです」
本誌未掲載カット 高岡蒼佑が胸中を語り尽くした「40歳になったからこそ挑戦をやめたくないんです」
本誌未掲載カット 高岡蒼佑が胸中を語り尽くした「40歳になったからこそ挑戦をやめたくないんです」
  • 撮影加藤慶

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