安室奈美恵、SPEED、DA PUMP…再始動の沖縄アクターズスクール全盛の「イケイケ熱愛」写真
90年代、安室奈美恵(45)のブレイクにより、一躍その名が全国に知れ渡った沖縄アクターズスクールが再始動する。創設者であるマキノ正幸氏の娘で、同スクールの元チーフ・インストラクターの牧野アンナ氏が発表した。
「すごくワクワクしている。沖縄をエンターテインメントの中心地として面白くする。やるからには世界を狙いたい」
と意気込みを語った。沖縄アクターズスクールは、83年に那覇市に開校。
「それまで既存の芸能スクールが当たり前のように行なっていた全員での基礎練習や振付を一切行わず、各自の個性に合わせたプログラムを作り、自由に踊らせるといったレッスン方法で大躍進を遂げました。90年代には30人を超える歌手やアーテイストを輩出しています」(スポーツ紙記者)
92年にデビューした『SUPER MONKEY’S』の安室がメインボーカルを担当し、95年にリリースした『TRY ME~私を信じて〜』が大ヒットしたことで、沖縄アクターズスクールの名前が一躍全国に知れ渡った。そこからMAX、SPEED、DA PUMPが立て続けにデビューし、音楽番組は沖縄アクターズスクール出身者で埋め尽くされるほどになった。そんな若い彼らはプライベートでも輝きを放っていた。当時の彼らのイケイケなデート現場などを「秘蔵写真」で紹介したい。
安室奈美恵の初スクープの相手は…(1997年1月24日号)

95年4月に事実上のソロデビューを果たし、翌年の日本レコード大賞を最年少で獲得。一気に日本のトップアーティストに上り詰めた安室だったが、それからわずか4日後、本誌は夜の新宿歌舞伎町を歩くカップルに遭遇。キャップを被っているものの、通行人はすぐに彼女に気付き、「アムロだ、アムロだ」と騒ぎ出す。カップルはすぐに近くのコインパーキングに止めてある車に乗り込んだ。車を慌てて発進させる男性こそ、『TRF』のSAM(61)である。当時、本誌の取材に対し安室は事務所を通して、
「彼とはミュージシャン仲間、付き合うとかいうんじゃなくてお友達です。あの日は、時間が空いていたので映画を観に行っただけです」
と交際を否定したが、二人はこの年の10月に晴れて結婚した。
DA PUMPメンバー全員美女と“同棲中”(1999年10月29日号)

97年に華々しくデビューした『DA PUMP』。ISSA(44)、YUKINARI(44)、SHINOBU(42)、KEN(43)の4人で構成され、その年の10月には1回のライブで18000人を動員。98年には紅白初出場を果たし、以降5年連続出場を果たす。超売れっ子の彼らは都心のマンションのワンフロアを貸し切り、4人が隣同士の部屋で生活していたが、なんと全員が同棲生活を送っていたのだ。ISSAだけは、交際していた『SPEED』の上原多香子(40)の自宅へ通い同棲していたが、他のメンバーは全員隣同士で同棲生活を送っていたという大胆さ。所属事務所も、
「4人とも『ガールフレンドです。家に来ていたりはしていますが、同棲ということではありません』と言っております」
と回答。ISSAはその後も、柴咲コウや元モデルと浮名を流し続けた。
SPEED電撃解散の裏に4人の少女の恋愛事情(1999年10月22日号)

96年8月のデビューからわずか3年でCDの売り上げはシングル、アルバム合わせて約2100万枚(99年10月時点)。人気絶頂にあった『SPEED』が突如、「2000年3月末をもって解散する」と発表したのは10月5日のことだった。
「別に仲が悪くなったわけじゃないから」(島袋寛子・当時16)
「解散って悪い意味じゃなくて前向きな意味です」(新垣仁絵・当時18)
とコメントしたが、
「実はその引き金となったのは、メンバーの異性関係でした。当時、上原多香子(当時16)はISSAと半同棲中。その前年には今井絵理子(16)が同級生との熱愛を『フライデー』に撮られました。島袋は、同事務所の男性タレントとの交際が事務所にバレて、男性がクビに。それに激怒した島袋が『私もやめてやる!』と言い出したことです。結局、事務所との話し合いがもつれ、そのまま解散となりました」(当時を知る事務所関係者)
解散後も、上原や新垣の熱愛スクープが本誌を賑わせることに。
MAXレイナの恋人は、『TOKIO』のあのメンバー(2000年4月28日号)

『MAX』は95年に結成されたダンス・ボーカルグループで、『安室奈美恵with SUPER MONKEY’S』からの派生ユニットとして安室を除く4人で結成された。当時、高視聴率を誇った音楽番組『THE夜もヒッパレ』(日本テレビ系)に95年4月レギュラー出演したことで人気に火がついた。メンバーの一人、レイナ(当時22)の熱愛をスクープしたのは00年4月のこと。相手は、ジャニーズタレントの中でポスト・キムタクに最も近いと言われていた『TOKIO』の長瀬智也(当時21)だった。当時、長瀬は伝説の大ヒットドラマ『池袋ウエストゲートパーク』(TBS系)に主演しており、大注目を浴びていたが、レイナはほぼ毎日、渋谷区にある長瀬のマンションから仕事に向かい、このマンションに戻ってきていた。つまり、二人は半同棲生活を送っていたのだ。
沖縄アクターズスクールから、この時のような大スターが生まれる日もそう遠くないかもしれない。












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写真:川上孝夫、島颯太(3,4,6枚目)、安部俊太郎(5枚目左)、坪井彰一郎(5枚目右)、吉田暁史(7,8,14枚目)、浜崎慎治(9枚目)、堀川直美(10,11枚目)嘉納愛花(12枚目)、香川貴宏(13枚目)、結束武郎(15枚目)