フリーアナウンサー神田愛花「卒業に寂しさを感じず涙を流したことがない」

卒業シーズンでセンチメンタルになっている方もいる中、水を差すようで申し訳ない。私、これまで”卒業”に寂しさを感じたことがないし、”卒業”で涙を流したことも一度もない。

順を追って思い出していこう。小学校を卒業する時、多くの子が泣いていた。やれ「会えなくなるね」、やれ「もっと遊びたかったね」。いやいや、世界各地に飛ばされるわけじゃないんだから。会おうと思えば自転車ですぐに行けるし、遊びたかったら電話をかければいいじゃない。６年間も安全が確保された無刺激な通学路を歩いて、正門をくぐり、フツーの校舎と校庭が何の異変もなくずっとそこにある風景には飽き飽き。

中学受験をなんとか終えた嬉しさと、ニュースで時々見る皇居の近くに通うワクワク感、その学校に関東各県からどんな猛者が集結して来るのか!?　と次なるクラスメイトたちのことを想像すると、過ぎ去ろうとしている人や物事にセンチメンタルになっている暇なんて微塵もなかった。

中学から高校は６年間一貫の女子校だったので、次は高校を卒業する時。これまた周りは涙涙、一部の先生まで涙涙だったが、私の瞳は案の定カラッカラだった。そりゃあ小学校の時とは比べものにならないほど刺激的な６年間で、満員電車で痴漢と格闘したり、竹下通りで初めてカツアゲに遭ったり、マクドナルドで男子校の生徒と合コンをしたり、苦手な科目の先生に恋をしてしまったり……挙げたらキリがないほど色々な経験ができた。

が、やっぱり、大学受験を無事に終えた喜びと、大学の数学科って何を学ぶの？　という疑問、その学校に全国からどんな猛者が集結して来るのか!?　と次なるクラスメイトたちのことを想像すると、思い出に浸っている場合ではなかった。

見慣れた景色に嫌気が差して羽田へ

そして大学の卒業式。この時はもうウハウハだった。ようやく”勉強が仕事”である学生を終えられる。大学時代の友達によると、一緒に通学で乗っていた山手線の中で時折「なんで毎日家と学校の往復を繰り返さないといけないんだろう。私にはもっとすべきことがあるはずなんだ！」と言っていたらしい。

今はハッキリと認識しているのだが、私、毎日同じ動きをすることに窮屈さを感じてしまうようで、とても苦手なのだ。

思い起こせば高校生の時も一度だけ、毎日の見慣れた光景に嫌気が差し我慢できなくなってしまった。両親にも学校にも友達にも誰にも言わず、朝いつも通り家を出たあと学校に向かわず、羽田空港に行ってみた。飛び立つ飛行機を見て気持ちが落ち着いたのか、その後シレッと登校し先生から叱られた。そんな人間が、毎日同じ学校に通う学生生活を終える日にセンチメンタルになるはずもなく、就職先のＮＨＫで待ち受けている何かへの期待と闘志、出世するぞ！　という闘魂でいっぱいだった。

最後はＮＨＫを辞める時。「一緒に働いてきた仲間たちと会えなくなるのが寂しくないのか!?」という当時の上司からのせっかくの慰留の言葉に対し、心の中で「部活じゃないんだから……」と呟いたことはここで初めて告白するが、開いていただいた送別会での挨拶で、お礼の言葉と共に「結婚相手でも探そうかなぁと思います」と無意識に言った。ＮＨＫ在籍中は全員数年ごとに転勤があり、結婚は転勤の足枷になると思っていたのでまったく願望がなかった。だが転勤がなくなると思うと、結婚に興味が湧いてきていた。

よって、私の中に芽生えようとしている新たな人生観にドキドキしていたし、フリーアナウンサーとして自分の人生を自力で創り上げることへの期待とプレッシャーがとてつもなく大きく、同僚たちとの別れを感じている余裕はまったくなかった。

というように、42年間、次に待ち受ける出会いや出来事への不安や期待で頭も胸もいっぱいで、卒業に寂しさを感じたり涙を流したりしたことは一度もない。でも安心してほしい。産んでくれた親への思いは深いようで、不意打ちでさだまさしさんの『秋桜』を聴くと、かなりしっかり涙が出る。

この先まだ”卒業”ってあるのかな？　その時は流石(さすが)に涙が出るのかな？　あるとしたら家庭からの卒業？　いやいや、それは避けたい。

1980年、神奈川県出身。学習院大学理学部数学科を卒業後、2003年、NHKにアナウンサーとして入局。2012年にNHKを退職し、フリーアナウンサーに。以降、バラエティ番組を中心に活躍し、現在、昼の帯番組『ぽかぽか』（フジテレビ系）にメインMCとしてレギュラー出演中　©下村一喜

『FRIDAY』2023年3月24日号より