カンテレ制作で火曜夜11時に新設されたドラマ枠「火ドラ★イレブン」。新枠の幕開け作品『ホスト相続しちゃいました』主演の桜井ユキ（カンテレ）

昨今のドラマ業界で、最も注目を集めていると言っていいのがカンテレ（関西テレビ）だ。視聴者、同業者から「骨太」「攻めてる」と称賛されていることについて関西テレビ制作局東京制作部部次長の河西秀幸氏は「攻めてるつもりはなくて、作りたいものを作っているだけ」と話す。「野武士だから」「弱い者の弱いなりの闘い方」「東京はアウェー」と出てくるのは自虐ワードばかり。

カンテレ制作のドラマは、これまでも多くの作品で高評価を受けてきたが、なかでもテレビ業界の“タブー”に切り込んだ『エルピス－希望、あるいは災い－』（’22年10月スタート。以下、『エルピス』）が脚光を浴び、一気に注目度が上がった。続いて放送された『罠の戦争』も、草彅剛(48)の地上波主演ドラマ復帰作として話題となり、「ドラマのカンテレ」が浸透しつつある。新ドラマ枠「火ドラ★イレブン」には主演の桜井ユキ(36) に加え、三浦翔平(34)、若手で人気の八木勇征(26)、宮世琉弥(19)らが出演中だ。そんなカンテレがなぜ自らを「弱い者」扱いするのか――。

意識する人はそういないが、テレビは総務省が管轄する放送法に則っている。「地上波の放送事業はエリアごとの免許制で、それぞれの地域に根差した放送を行うのが基本。カンテレは大阪を中心とした関西エリアの放送局で、関西ローカルのニュースなどを放送するのも大事な仕事です」と河西氏は話す。

「自社の放送エリアでは全ての枠で何を放送するかは局の裁量で、番組枠が畑だとしたら、それぞれの畑でどんな野菜や果物を作るかは局で決められます。視聴者のみなさんに『あの畑の作物は美味しそうだ』と思われなければ、観てもらえません。もちろん作った野菜や果物を地元だけでなく、全国に流通させたい。

でも地方局が全国ネットで耕せる畑の割り当ては、キー局に比べるともちろん少ないんです。フジテレビ系列GP帯のドラマ枠は4つで、そのうちカンテレの畑は月曜夜10時の枠だけ。各クール1本で、年に4回しか勝負できないから、キャスティングや予算交渉の面でスケールメリットがない状況で闘うことになるんです」

テレビは系列の中心となる在京キー局、次いで大阪の在阪広域局である準キー局、名古屋の在名広域局までが「基幹局」と呼ばれ、カンテレは準キー局。このキー局と準キー局の規模の差は大きい。ちなみに社員数で比較するとフジテレビの従業員数はカンテレの約2倍だ。

「視聴率ひとつ取っても、ニュースなどで切り取られるのは関東の数字。大阪がホームタウンの僕らにとって、東京はアウェーなんです。撮影場所も湾岸スタジオにセットを建て、3ヵ月みっちり撮影できるフジテレビさんとは違う。東京で使えるスタジオに『レモンスタジオ』がありますが、バラエティの撮影もあるからセットを建てたままにはできないし……」

人員や予算の足りなさを話す河西氏に、系列とは別のキー局が思い浮かぶと指摘すると、「テレビ東京さんはキー局で立場は違いますが、知恵やアイディアで勝負している姿勢には、勝手にシンパシーを感じています（笑）」と笑った。

河西氏が言った「弱い者の弱いなりの闘い方」は、『罠の戦争』で草彅演じる主人公・鷲津亨が巨大な権力を持つ敵と闘うため、繰り返し口にしたセリフだ。キー局に規模では勝てないカンテレが、大きな注目を集める作品を生み出す背景には、他局ではあまり聞かないレベルの“一体感”があった。

草彅剛の地上波連続ドラマ主演復帰作として話題となった『罠の戦争』は、カンテレが一体となって制作した作品 🄫カンテレ

一番驚いたのは、「カメラマンや照明といった技術スタッフまで大阪から東京に出て来て、ドラマ制作をする」ことが不定期にあること。キー局でも制作費を抑えるため、かなりの部分を制作会社に委託することが多い。自社の社員スタッフを東京に滞在させる費用などを考えても、なかなか大掛かりなことだ。

「年に一度の祭みたいなものです。3～4ヵ月、大阪から離れる同僚に送り出す側が『頑張って来いよ』と声をかけます。スタッフにも一体感が生まれるし、技術を含めてカンテレイズムが継承されていく面は大きいです」

こうして生まれる一体感は、『エルピス』の制作でも発揮された。劇中の報道フロアのシーンは「実際のカンテレ報道フロアで撮影した」と言うのだが、秘匿情報が多い場所だけに普通ではあり得ないこと。

「『エルピス』の撮影は基本的に東京でしたが、本社オフィスを含めて10日間ほど、関西でも撮影しました。報道フロアはどの局もそうですが、突発的な事件への対応など、何が起こるかわからない状況なので、普通はドラマの撮影許可はおりない。でも、カンテレは全社一体となって、後押ししてくれる文化があります。そうでなければ、条件付きではあるものの報道局が協力して報道フロアでの撮影がOKになるなんてことは起きません」

コロナ禍以前にあったドラマの打ち上げも特色があり、「他のドラマのプロデューサーが来るんです。それも1人とか2人じゃない。勢揃いになる。出演者のマネージャーさんなどにも、『なんで？』と驚かれますね」と笑う。別の作品で関わったプロデューサーが1人か2人、顔を出す程度の話ならわかる。しかし、関係ないプロデューサーが“勢揃い”するのは、確かに聞いたことがない。

「『カンテレのファンになってほしい』という意識が強いからだと思います。ここ数年、深夜枠や配信などドラマの制作現場が増えて、出演者だけでなくスタッフも各社で奪い合いになっています。地上波には多くの人が認知してくれるというメリットがありますが、条件がいい配信作品に流れる人もいます。いい人といい仕事をするには、現場に足を運ぶなど、会える機会を積極的に作る努力が必要ですから」

ドラマ業界で注目度も評価も高いカンテレの現状について、「諸先輩方の功績とチャレンジ精神を引き継いできた中で、今の評価があると思います」と真摯に語る。

「ターニングポイントは’05年、重松圭一プロデューサーが手掛けた『がんばっていきまっしょい』でした。全国ネットのドラマを三宅喜重監督をはじめ、自社スタッフで制作する形ができたのはこの作品から。チャレンジという点では翌’06年、安藤和久プロデューサーの『結婚できない男』。今では日本を代表する俳優の阿部寛(58)さんを’04年の『アットホームダッド』など早くから主演に抜擢。“結婚できない男”というテーマを疑問視する声もあったのですが、でも結果的にその“新しさ”が、視聴者に受け入れられました。

’98年放送の反町隆史(49)さん主演の『GTO』、草彅さん主演の『僕シリーズ3部作』（『僕の生きる道』『僕と彼女と彼女の生きる道』『僕の歩く道』）なども、エポックメイキングな作品。いずれも『他局にはないようなものを』と、トライしたドラマです」

近年も元TBSの佐野亜裕美プロデューサーを迎え入れて『エルピス』の企画を実現し、新たなドラマ枠「火ドラ★イレブン」では、一発目にドラマ制作は初めての三方祐人プロデューサーを据え、オリジナル作品で勝負に出た。

『セブンルール』など、長年バラエティ番組を担当してきた三方氏は「フリやオチなど理屈で構成するバラエティに対して、ドラマは優先すべき考え方が違う。『ロジカルよりエモーショナルに作る』感覚を体感しているところです。ずっとバラエティにいたので、ドラマ制作はわからないことだらけ。本打ち（脚本打合せ）、準備稿（ロケやセットなどの準備のため、決定稿前にスタッフへ共有される台本）、衣装合わせ……どれも『なんですかそれ？』状態でした（笑）」と、てらいなく明かす。

『アバランチ』Blu-ray&DVD BOX 発売中（発売元：カンテレ　販売元：ポニーキャニオン　 ©2022カンテレ／トライストーン・ピクチャーズ）

監督や脚本家といった外部スタッフでも、綾野剛(41)主演『アバランチ』ほかでの藤井道人監督、『ホスト相続しちゃいました』の脚本家・中村允俊氏、『エルピス』エンディング映像を手掛けた元テレビ東京の上出遼平プロデューサーなど、業界人が「そう来たか」と妙味を覚える起用が多い。

人気クリエイターの例でも、坂元裕二氏オリジナル脚本『大豆田とわ子と三人の元夫』は、行間を感じさせる会話劇が秀逸で、大人が楽しめる質の高い作品だ。しかし、昨今は「わかりやすさ」を求めがちで説明的なシーンやセリフが多いだけに、そうしたものを潔く削ぎ落したドラマをやりきる姿勢にも驚かされた。

「企画会議で『これは私の体験談なんですけど』とか『私の親が』と話すのを見て、“自分の経験談から、紡ぎ出される企画があるんだ！？”って、ちょっと感心しましたね（笑）。でも、そういう企画って、プロデューサー個人の『個性』が反映されやすい。個人の体験や思い入れが反映されれば、他と被らないものができるとわかってきました。

GP帯のドラマは年に4回しかないので、枠のイメージが固定されないよう、コンセプトを限定しない。だから自由度や多様性のある企画が出てくる。出演者やスタッフの起用に加え、作品の中で何を残し、捨てるのかといった匙加減などは『個性』を大切にして、プロデューサーの裁量やセンスに委ね、みんなで応援する。その文化が、今のカンテレ作品の土壌になっていると思います」

プロデューサー個人の経験に基づく視点を大事にした、個性的な企画。自由度や多様性を善しとし、社内の協力が得やすい環境。「他にはないもの」を求め、新しいことに積極的に挑戦する文化。人によっては「当たり前のこと」と感じるかもしれないが、結果が求められる中で“手堅さ”よりも“目新しさ”を優先するのは意外と難しい。ブレずにやりきるには、何らかの基準や信念も必要に思える。

「ドラマの定番とか定石から『これはどうなの？』『大丈夫？』ってなるものは、えてして“新しさ”や“おもしろさ”があると思うんです。たくさんドラマがあるからこそ、視聴者は既視感のない『新しいもの』への枯渇感がある。だから“新しさ”を感じられるなら、大丈夫だと考えるし『おもしろいものを作ればいい』に尽きると思うんですよね」

『エルピス』Blu-ray&DVD BOX 2023年5月26日発売（発売元：カンテレ販売元：株式会社ハピネット・メディアマーケティング ©カンテレ）

テレビの結果は従来の世帯視聴率に加え、昨今は「コア層」と呼ばれる個人視聴率や録画視聴数、Tverをはじめとする配信での再生回数など、さまざまなものさしで計られるようになった。「視聴率はもちろん大事。昔は『視聴率が2回ダメだったらクビだから』って（笑）、ずっと言われ続けていました」と河西氏は笑うが、今のカンテレでは視聴率などの数値以外にも重視する点があるという。

「『話題性』です。視聴率や再生回数と違って数値化できませんが、『話題性』はさまざまに言い換えることができます。例えば『新しい』から話題になる、『おもしろい』から話題を呼ぶ。話題になる要素は、数字に繋がる可能性がある。小寺健太制作局長が『とにかく話題性のあるものを作ってくれ』『配信と肩を並べるクオリティを目指そう』と、大きな方針を言ってくれています。そうした軸があるから、何かに秀でたクリエイターや思い切った企画にスポットを当てることができるし、非常にやりやすい」

失敗を恐れて迷うと、過去の実績や定石に頼りたくなるケースは多い。テレビ業界ではないが、あるアパレル企業で過去に売れた柄とデザインを組み合わせ、結果的に「誰が買うのか？」と思う商品を生み出す場面に遭遇したことがある。案の定、清々しいほど売れなかった。定番は強いが、実績に捕らわれ続けると新たなヒットは生まれにくい。

「今の視聴者は、同じ画面（デバイス）で映画を視聴したり、予算をたっぷりかけた海外の配信作品を視聴しています。たくさんのスタジオカメラでマルチに撮影するような、かつてのテレビドラマのクオリティだとチープな画に思われてしまう。『こういう画が数字を取れる』という古き良き神話はもう通用しない。クオリティの高い映像で、既視感のない作品が求められていると思いますね」

「おもしろいものを作ればいい」というのも、大きな軸のひとつ。毎週月曜夜10時より放送中のドラマ『合理的にあり得ない～探偵・上水流涼子の解明～』では、主演・天海祐希(55)の派手な変装とコメディエンヌぶり、生真面目な相棒の松下洸平(36)との掛け合いもテンポが良く、視聴者が思わず反応したくなるセリフや笑ってしまうシーンが散りばめられている。河西氏は「『罠の戦争』『エルピス』とは違う流れで、バリエーションを感じてもらえる作品。みんなの好きな天海さんを楽しんでいただけるはず」と自信をのぞかせる。

演出は天海主演の人気ドラマ『BOSS』も手掛けた光野道夫氏。第2話で諫間久実(げんまくみ)役の白石聖(24)と天海の会話、『なんてお呼びしたらいいですか？　やっぱり、BOSSですかねぇ？』『BOSSはだめよ』には、多くの視聴者が沸いた。脚本の根本ノンジ氏は『ハコヅメ〜たたかう！交番女子〜』（日本テレビ系）などに加え、今秋放送の向井理主演『パリピ孔明』（フジテレビ系）にも起用の人気脚本家。ドラマ好きな視聴者を喜ばせるセリフや展開に定評があり、つい引き込まれる。

「第1話のポスターが剥がれてくるのを『いや～ん』って、天海さんが押さえるシーン（笑）。あそこまで潔くベタな演出をするって、逆に新鮮ですよね。バラエティの『箱の中身はなんだろな』とか伝統芸能の域だけど、今でもみんな笑っちゃう。古典的なベタにある本質的なおもしろさというか、『笑わせたもん勝ち』みたいなのもあっていいんじゃないかって」

一方で、新枠「火ドラ★イレブン」『ホスト相続しちゃいました』では、カンテレらしいチャレンジと共に、大きなポテンシャルを感じた。

桜井ユキ演じる主人公のOL・本橋久美子が突然、叔父が経営していたホストクラブのオーナーになる物語。第2話はEXITの兼近大樹(32)が演じるホスト・如月武蔵が客に刺され、裁判などで炎上するストーリーだった。ホスト業界に馴染みのない視聴者に理解してもらうため、久美子が男装してホストを体験する第3話を先にしなかったことが、非常に気になったのには理由がある。

実は第2話が放送された後、現実の世界では事件の様相は全く異なるが、歌舞伎町のホストクラブ従業員が客への売春教唆で逮捕された。ニュースになったのは放送2日後だが、犯人の身柄が押さえられたのは第2話の放送前と推測される。絶妙すぎるタイミングに、ライター仲間と「“持ってる”作品はこうした偶然が起きる」と話題になっていたのだ。担当プロデューサーの三方氏は、「2話と3話どちらを先にすべきかは、かなり何度も打ち合わせをしました」と明かす。

「これまでのテレビドラマなら、『ホストって、こうなんですよ』と紹介する内容の第3話を先に放送すると思うんです。でも、今作はホストの世界を楽しく見せて、“いいでしょ。なってみたいでしょ”という方向に持っていきたいわけじゃない。ホスト業界のリアルな側面をしっかり描くことを考えて、裁判の回を先にしたんです。久美子が成長する姿や登場人物のさまざまな価値観、三浦翔平さん演じる直樹の芯を食ったセリフなど、いろいろな楽しみ方ができる作品だと思います」（三方氏）

地上波では関西ローカルでしか放送されない木曜深夜「EDGE」枠も、『インフォーマ』がNetflixランキングで上位に入るなど、注目作品が少なくない。現在放送中の近藤頌利(29)、ゆうたろう(24)出演の『全ラ飯』も、グルメとボーイズラブ（BL）を組み合わせた作品で、熱量の高いファンを獲得している。

Tverなど視聴環境は整っていても、全国では「アウェー」のためローカル放送の作品は告知が難しい側面もあるが、「ドラマはカンテレ」が浸透しつつあるのは伊達じゃない。配信作品や深夜ドラマなど、群雄割拠ひしめき合うドラマ業界。自らを「弱い者」と称するカンテレが、「弱いなりの闘い方」で果たす下剋上に期待だ。

あなたへのオススメ

関連記事