フリーアナウンサー神田愛花　入院生活中のとある「ナースコール」に猛省

先日このコラムで『声帯ポリープ、誕生秘話』をお届けした。昨年冬に突然できてしまった声帯ポリープについて書いたのだが、今回はその切除手術の入院生活について記したい。

手術自体は５〜15分くらい。場所によっては日帰りでできるくらい簡単だそうだ。ただ今回お世話になった病院は慎重なところで、２泊３日の入院になった。

普段自宅では、食事のとき以外はほとんど座らないし動きを止めない。明日してもいい家事は今日のうちにする性格で、何もしないぼーっとする時間が極度に嫌いだ。よって、病室に入ってすぐ、静かな時間だけが過ぎる状況に（大切な人生を無駄遣いしてる！）と焦りを感じた。

何かをするべく、入院中に１回だけ許されている外出を早速申請。コンビニで夢中になって考える。（術後は１人でお菓子パーティー！）と、大好きな極細ポッキーとチップスターを。（夕食の後にお口直しのデザート！）と、エクレアを２晩分。（最終日の朝食はホテル風に！）と、オレンジジュースを。入院中のプチイベントに必要なものを購入した。

病室に戻ってもまだ昼過ぎ。パジャマに着替えてみる。（明るいうちからこの格好……）罪悪感を感じながらベッドに座る。そもそも今回の入院、禁止されているのは声出しのみ。身体を横にしておく必要はないし、声帯は痛みを感じないから術後の痛みとも無縁。頭の回転は普段通りだし、食事制限もない。私のような人にとってはヒマ地獄なのだ。目を退屈させないためにテレビの電源を入れる。普段なら「愛花ぁお腹空いた〜」「愛花ぁ今日何を着たらいい？」と、何かと呼ばれるから落ち着いて観られないけど、このときは数十分間も観ていられた。

すると、テレビの後ろの窓から隣のビルの屋上が見えた。男女が２人きりで楽しそうに喋っている。そこは十数階建てのオフィスビルだ。同僚なのだろうか。にしては距離が近い。職場で話してもいいのにわざわざ屋上で会話するって、どういうこと？　頭がグルグルッとなり……ひらめいた。（社内不倫だ！　間違いない、現場を目撃！）なんだか楽しくなってきたぞ。そこからは、テレビと屋上を交互にチェックするので忙しくなった。誰にも邪魔されず、くだらない興味だけに時間を使えることが嬉しかった。

そんなこんなで夕食。薄味ではないちゃんとした秋刀魚の塩焼き定食が出た。食後のエクレアも食べ、赤ちゃんかと思うほど早い時間に消灯した。振り返るとただテレビと不倫を見てワクワクし、運ばれてくる美味しいごはんでお腹いっぱいになった一日。入院って……最高！！

猛省したナースコール

いよいよ手術当日。術着に着替えて待機しているとお迎えが来た。全身麻酔のためか、その後はあまり覚えていない。次に目にしたのは病室の天井だった。３時間後なら食べていいよと看護師さんに言われ、やっとその時が。（よぉぉし！）ついに極細ポッキーとチップスターを食す。待ち望んでいた甘い＆しょっぱいの無限ループ！　そしてまた、テレビと屋上を眺める例の作業を繰り返した。

この時間が心地良かった。毎日家事や仕事で動き続けることが正義だと思っていたけど、実は思い込みだったのかな？　本当は、何も生み出さない時間も好きなのかな？　でもそれに気がついたら、今までの生活に戻れなくなっちゃうんじゃ……。

夕食は、チキンソテー定食。チキンを口に含み、噛み締める。お味噌汁も一口……とその瞬間、（ありえない！！）お味噌汁が冷たかった。24時間ぶりのちゃんとした食事、温かい飲み物もＯＫなのに、なぜ！？　思わずナースコールを押していた。筆談ボードで「温め直してもらえますか？」と伝えた。……こんなことで押してはならない。温かくなったお味噌汁を飲みながら猛省し、二度としないと誓った。

そして入院生活とのお別れ。自由と快適さと新種の反省を初体験してしまった女。果たしてこれまでの生活に戻れるのか。恐る恐る病院から出た。３日ぶりに青い空、冷たい風、車の音を感じる。そして……家族の顔が浮かんだ。（あ、早く会いたい！）自然と足が前に出た。現実世界に身体がスーッと溶け込み、見慣れたはずの景色がキラキラして見えた。足速に帰路につく私。入院生活への未練はもう消えていたのだった。

『FRIDAY』2023年6月2日号より