まるで『落語』! 古今亭志ん生の愛すべき隣人エピソード
大河ドラマ『いだてん』より面白い? 落語の神様のちょっと“粋な”日々
沢山の破天荒な逸話が残っている志ん生ではあるが、東京オリンピックの年、1964年に紫綬褒章を受賞し、現在でも、「昭和の名人」として常に挙げられる人気と実力を誇っている。
さんざん苦労した妻も「どんなに苦しい時でも、お金のない時でも、本だけは買ってきて一生懸命稽古をしていたから、『この人は、ゆくゆくはものになる人』だと思って、辛抱できたんだ」(「志ん生、語る。」/岡本和明/アスペクト)というほど、落語の速記本や全集をいつも読みふけっていたという。そんな志ん生の“粋な”人生を彩った人々のエピソードを紹介する。
『粋な大家さん』
貧乏暮らし時代、釜の底に残っていたご飯が腐っているのを見た志ん生は、もったいないから、向かいの大家の家の屋根に来る雀に食べさせようと考えた。早速、腐った飯をおにぎりにして投げ込むと、すぐに大家さんが怒鳴りこんできた。「窓の下にいると腐った飯が降ってきた。家賃も払わずに腐った飯を投げるなんてひどいじゃないか」。
さすがにばつが悪いと思った志ん生は、手元にあった柿を差し出して「これで勘弁してください」と謝った。それに対して大家は「握り飯を投げつけたり柿を出したり、猿蟹合戦じゃあないよ」と一言。なんとも粋な人だと志ん生も感心した。
『蚊帳と十円札』
こちらは志ん生のおかみさんのエピソード。蚊が大量に発生して、蚊帳なしでは生活できなかった貧乏長屋時代。ある日、おかみさんが一人で家にいると2人組の男がやってきて「1枚30円はする上等な蚊帳があるが、特別に10円で買わないか?」と持ち掛ける。のどから手が出るほど蚊帳がほしかったが、なにせその10円がない。
どうしようかと困っていると、長火鉢の引き出しの中に10円札が! 志ん生のへそくりに違いないと確信したおかみさんは、その10円で蚊帳を買うことができた。ちょうど男たちと入れ違いに志ん生が帰宅。へそくりで蚊帳を買ったと伝えると、実はその札、志ん生が子供にと、夜店で1枚5厘で買ったおもちゃの紙幣だった……。
すぐに男たちが気づいて怒って戻ってくるに違いないと思ったが、買った蚊帳を見てみると、上だけまともで下の方はボロボロで使い物にならないクズだった。これには夫婦2人で大笑いしたという。
『後家さんの指輪』
志ん生を贔屓にし、食事に酒にとなにかと面倒をみてくれる後家さんがいた。いろいろとお世話になっていても、遊ぶ金はほしい志ん生は、後家さんの指に大きく光る金の指輪に目を付けた。
なんとか奪い取って質入れしようと試みるが、後家さんは「死んだ亭主の形見だから」「これだけはどうしてもだめ」とかたくなに渡さない。しかし、それほど大切にしていた指輪も強引にはぎ取って、質屋へ直行。これで遊ぶ金ができたと思いきや、質屋の親父「こりゃあ、テンプラ(模造品)だ」。
後家さんも模造品と知っていたから渡すわけにはいかなかったんだと、さすがの志ん生もがっかりした。
最後に、これが志ん生の芸をもっともよく表していると言われる、同時代の名人で満州慰問を共にした三遊亭圓生による芸評を紹介したい。
「彼は野武士で、あたくしは道場の剣客。道場での立ち合いでしたらあたくしは勝つ自信はありますが、野試合となるとだいぶ斬られます」。
酔っぱらって高座に上がり、途中で爆睡!? 古今亭志ん生と『酒』
16回の改名、なめくじ長屋…。古今亭志ん生の豪快過ぎる貧乏人生
参考文献:「びんぼう自慢」(古今亭志ん生/ちくま文庫)、「志ん生、語る。」(岡本和明/アスぺクト)、「寄席紳士録」(安藤鶴夫/角川書店)、「寄席育ち」(三遊亭圓生/青蛙房)、「おしまいの噺」(美濃部美津子/アスペクト文庫)、「志ん生一代(下)」(結城昌治/中公文庫)、「落語無頼語録」(大西信行/角川文庫)、「永久保存版 古今亭志ん生 落語の神様/河出書房新社)
- 取材・文:高橋ダイスケ