豊洲より築地の風情が残る「足立市場」を知っていますか?
江戸幕府の御用市場と歴史も古く、豊洲に“失われたもの”がここには残っている
前身は江戸幕府の御用市場
早朝5時半――。競(せ)りの開始を告げるブザーがマグロの卸売場に響いた。雛壇に立つ仲卸(なかおろし)業者に向かい競り人が叫ぶ。
「一番、一番、一番~!」
この日最良のネタである「一番」がつけられたのは、ニュージーランド産の天然生インドマグロ。71kgと中型だが、脂の乗りは抜群だ。仲卸業者たちはブロックサインのような「手やり」で買値を示し、価格がつり上がっていく。結局、およそ20万円で「一番」マグロは落札。100本近く並んだ生マグロと冷凍マグロは、10分ほどで競り落とされた――。
「魚河岸(うおがし)といえば『豊洲』ばかりが注目されますが、都内にはもう一つ市場があります。東京都中央卸売市場の『足立市場』です。都内で唯一の水産物専門卸売市場で、別名『千住の魚河岸』とも言われます。扱っているのは『大物』と呼ばれるマグロやカジキ、アジやサバなどの『鮮魚』、寿司ネタの『特種物』など、海産物全般に及びます」(足立市場関係者)
隅田川と国道4号線(日光街道)に面した足立市場の広さは、豊洲の10分の1ほどの約4万2000㎡だ。その歴史は古い。前身は江戸幕府の御用市場で、戦時中の昭和20(’45)年2月に都の中央卸売市場となった。
年季の入った仲卸売場内を歩いていると、昨年10月に営業を終了した老舗(しにせ)「築地市場」に来たような錯覚に陥る。
「これで、2000円でどう!?」
マグロのブロックから細長い切り身を目の前で3本切り出し、仲卸の店員が勧めてくる。「鮮魚もイイよ」と話すのは仲卸「大内商店」の大内克則社長だ。
「今のお勧めは、刺身にすると美味い茨城産のイナダ。島根・浜田産のアジも脂が乗っているから、焼いても刺身でもタタキでもいけるよ」
仲卸売場内にはおよそ50店舗あり、水産物ならほとんど手に入る。豊洲に引けをとらない品揃えだ。
足立市場の魅力は他にもある。市場内の飲食店5軒(寿司屋、海鮮丼屋、定食屋2軒、蕎麦屋)で、仲卸から仕入れたばかりの新鮮な魚介類を食べられるのだ。中トロが絶品の「武寿司」の「にぎり特上」は、7カン+巻き物半分で税込み3000円。豊洲より1000円以上安い。
「市場めし とくだ屋」の看板メニューは、「特盛ごうか海鮮丼」(税込み1600円。あら汁とお新香付き)。旬のネタ13種がテンコ盛りになった豪華さだ。店主の阿部匡寿(まさとし)氏が胸を張る。
「朝に入荷した新鮮な魚介から、13種を決めます。(取材した日のネタは)北海道産のムラサキウニとイクラ、ズワイガニの爪、甘エビ、島根産ヒラマサ、白バイ貝、三重産小柱、熊本産キビナゴ、愛知産トリ貝、和歌山産バチマグロ、沖縄産海ブドウ、モーリタニア産真ダコ、キハダマグロとバチマグロのネギトロです」
新鮮な魚介料理を格安で楽しむ――。「築地」はなくなったが、昭和の市場文化は足立市場に受け継がれている。




武寿司

とくだ屋

『FRIDAY』2019年7月19日号より
撮影:武藤誠取材:明石昇二郎