「なつぞら」の時代 1974年「ハイジ」「ヤマト」裏番組対決! | FRIDAYデジタル

「なつぞら」の時代 1974年「ハイジ」「ヤマト」裏番組対決!

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画像は『NHKドラマ・ガイド 連続テレビ小説 なつぞら Part1』(NHK出版)の書影より
画像は『NHKドラマ・ガイド 連続テレビ小説 なつぞら Part1』(NHK出版)の書影より

朝ドラ『なつぞら』でヒロイン・奥原なつ(広瀬すず)がキャラクター・デザインと作画監督を務める劇中テレビ漫画『大草原の少女ソラ』は、放送スタート当初は視聴率でやや苦戦するものの、やがて質の高い内容と映像が親からも評価され、徐々に視聴率を上げてゆく。そして、なつの生き別れの妹・千遥が、“『〜ソラ』のファン”という娘を伴い、なつの働くアニメスタジオを訪れ姉妹は実に28年ぶりの再会を果たした……。

⇒「本当の最終回へ「なつぞら」のリアルとその後を小田部羊一氏が語る」 を読む

⇒「朝ドラ『なつぞら』広瀬すずヒロインのヒント・奥山玲子さんの全て」 を読む

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『大草原の少女ソラ』(劇中設定で1974年10月放送開始)の「原案」は実在する小説の『大草原の小さな家』とされているが、『アルプスの少女ハイジ』(74年1月放送開始)も『〜ソラ』の重要なヒント、モチーフとなっているのは、まちがいない。

『ハイジ』の放送開始は74年1月だが、『ソラ』の設定と同じく74年10月にスタートしたテレビ漫画(テレビアニメ)がある。『宇宙戦艦ヤマト』である。『ヤマト』と『ハイジ』は裏番組だったのだ。

「地味」とテレビ局側に言われた『ソラ』と違い、『ハイジ』は74年1月6日(日曜日よる7:30〜)の第1話から好評・好調で、序盤で20%前後の視聴率を獲得していた。10月時点の視聴率となると実に25%前後に達しており、クライマックスに向けて絶好調。『ヤマト』としては最悪のタイミングで裏番組として発進したのだった。

時に西暦1974年10月6日。『ヤマト』の第1話は「SOS地球!! 甦れ宇宙戦艦ヤマト」。片や『ハイジ』は第40話で「アルムへ行きたい」が放送された。

『ヤマト』は視聴率的には惨敗し、まさに轟沈。全39話の予定が26話に短縮されたのは知る人ぞ知るところだ。やがて再放送で評価されて徐々に人気を獲得。テレビ版を再構成した劇場版『宇宙戦艦ヤマト』が公開され、当初の都内4館が全国拡大上映されて日本中を席巻するのは77年8月のことである。

あまりにもジャンル違いの『ハイジ』と『ヤマト』だが、今にして思えば日本のアニメーション史上、屈指の名作・傑作同士の激突だったのだ。※当時の日曜よる7:30台の多彩な番組事情については、いろいろ語りたい世代も多いだろうが本稿ではこれ以上は触れない。

その意義は作品の激突だけに止まらない。クリエーターたちの開花・躍動、という意味でも重要だ。

意外なクリエーターの名前がある。『ハイジ』全52話中19話で絵コンテを担当したのが富野喜幸(現・由悠季)氏。一方の『ヤマト』全26話中13話で絵コンテを担当(共同も含む)したのが安彦良和氏だ。『ハイジ』『ヤマト』を大いに支えたふたりは、やがてタッグを組み、『機動戦士ガンダム』(79年4月放送開始)では、富野氏は原作と総監督、安彦氏はキャラクターデザインとアニメーションディレクター(総作画監督)を務める。『ガンダム』もまた、アニメーション史に巨大な足跡を残し、今も新作が発表され作品世界を拡大し続けている。

そして『アルプスの少女ハイジ』のメインスタッフは、すでに東映動画を退社していた演出(監督):高畑勲、場面設定・画面構成:宮﨑駿、キャラクターデザイン・作画監督 :小田部羊一の各氏。このトリオは2年後の76年には同じ枠で、こちらも傑作の『母をたずねて三千里』を放つ。その後も続く華々しい活躍ぶりはアニメーションのファンでなくともご存知の通りだ。

小田部氏は『なつぞら』ではアニメーション時代考証を務め、小田部氏の夫人・奥山玲子氏はヒロイン奥原なつのヒント、モチーフとなっている。『三千里』には奥山氏も「作画監督補佐」として参加。おしどりアニメーターとして業界で有名だった夫妻が、実質的に共同でキャラクターデザインと作画監督にあたったのだ。

奥山玲子さん(左)は朝ドラ『なつぞら』ヒロイン奥原なつ(広瀬すず)のヒント、モチーフとなったアニメーター。右は小田部羊一さん 書籍『漫画映画漂流記』収載。 写真提供:小田部羊一氏
奥山玲子さん(左)は朝ドラ『なつぞら』ヒロイン奥原なつ(広瀬すず)のヒント、モチーフとなったアニメーター。右は小田部羊一さん 書籍『漫画映画漂流記』収載。 写真提供:小田部羊一氏

ちなみに奥山さんは『ハイジ』には参加していない。『なつぞら 』の作中で『大草原の少女ソラ』が放送される頃、奥山さんは『アンデルセン童話 にんぎょ姫』に初の女性作画監督(単独名義として初)として参加していた。奥山・小田部夫妻が関わった様々な名作の創作秘話や、共働きや出産・子育てなどのエピソードは、刊行されたばかりの書籍『漫画映画漂流記 おしどりアニメーター 奥山玲子と小田部羊一』に詳しく述べられている。

アニメーションの草創期を描いてきた『なつぞら』。今、ドラマが描いている1974年〜75年は、アニメーションの草創期を経て、多彩な作品とクリエーターたちのビッグバンやカンブリア爆発が起きる直前の時期なのだ。

『なつぞら』の最終回は9月28日。ヒロインなつと、きょうだいたちの運命、そして漫画映画創りの路はどうなるのか? 放送は残すところあと2週間。物語の結末に注目しつつ、ドラマの設定と同時期のリアルの作品やクリエーターたちにも思いを馳せたい。

『漫画映画漂流記 おしどりアニメーター奥山玲子と小田部羊一』の書影(右は帯つき)。カバーイラストは小田部羊一氏描き下ろし。著:小田部羊一 聞き手:藤田健次
『漫画映画漂流記 おしどりアニメーター奥山玲子と小田部羊一』の書影(右は帯つき)。カバーイラストは小田部羊一氏描き下ろし。著:小田部羊一 聞き手:藤田健次

⇒「本当の最終回へ「なつぞら」のリアルとその後を小田部羊一氏が語る」 を読む

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『漫画映画漂流記 おしどりアニメーター奥山玲子と小田部羊一』の内容

小田部羊一 ロングインタビュー(詳細)

〔Part 1〕”アニメーター”奥山さんのこと…「動画」と「童画」を」勘違いしてアニメーションの世界へ/毎日違う服、挑む同僚たち/『太陽の王子ホルスの大冒険』中傷画と鬼山さん/奥山さんの聞くもの、創るもの

 

〔Part 2〕”夢の工場”東映動画のこと…日本画からアニメーションの世界へ/東映動画での会社生活/東映動画という学校/

 

〔Part 3〕”パートナー”ふたりのこと…ペラっと/ダンスがきっかけ/いつも奥山さんが後押し

 

〔Part 4〕”夫婦回顧”さらに、ふたりのこと…長い道のりのスタート/産休明けの母乳/『ハイジ』キャラクター誕生秘話と25年目のスイス旅行/ぎっくり腰と『母をたずねて三千里』/”羊”と”玲”であんていろーぷ/日本文化と日本画を積極的に取り入れた『龍の子太郎』/強いけど、弱くてかわいい奥山さん/東京から京都へ。そして今にして思うこと。

 

演出家たちの証言(詳細)

・勝間田具治 『アンデルセン童話 にんぎょ姫』作画監督 奥山玲子との仕事…実写からアニメの世界へ/『アンデルセン童話 にんぎょ姫』、今明かされる実写パートの秘密/『にんぎょ姫』での作画監督の奥山さんとの共同作業/短い制作期間で見せた現場の意地/改めて思う、奥山さんとの仕事/勝間田さんから見た、小田部さんと奥山さん

 

・葛西治 『龍の子太郎』古巣に戻った夫婦を支えた東映動画スタッフ…『龍の子太郎』が動き出すとき/2人を迎え入れた「準備室」/はじめて語られる『龍の子太郎』メイキング/クリエイトコーナーと浦山監督/キャスティング秘話/葛西さんから見た、小田部さんと奥山さん

 

・池田宏 『空飛ぶゆうれい船』『どうぶつ宝島』からスーパーマリオの世界へ…はじめに/初めての出会いはアメノハヤコマ/お互い新人だった『空飛ぶゆうれい船』/アメリカ大使館で学んだ『ストーリーボード方式』/『どうぶつ宝島』から生まれた日本型アニメーションの「波」/池田さん、東映動画から任天堂へ/任天堂に小田部さんを呼んだワケ/奥山さんの本当にやりたかったこと/小田部さんの本当にやりたいこと

 

アニメーターたちの証言(詳細)

・山下(中谷)恭子 寄稿「懐かしい奥山玲子さん」

 

・ひこねのりお 「妖しい踊りと結婚の告白」…「おめでとう」が出会いの言葉/奥山さんからの突然の告白/『わんぱく王子の大蛇退治』、そして東映動画の思い出/ひこね夫妻から見た、小田部さんと奥山さん

 

・宮崎(大田)朱美 「奥山さんから続く女性アニメーターの路」…大田朱美さんから見た、出来たての東映動画と奥山さん/職場の思い出/びっくりした小田部さんの仕事ぶり/『太陽の王子ホルスの大冒険』と労働問題/奥山さんの道をかきわけながら進んだ、共働き生活/アニメーターを辞めて家庭に/宮崎さんから見た小田部さんと奥山さん/奥山さんから続くもの、そして得たもの

  • 羽鳥透

    1965年、東京出身。エディター&ライター

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