ベスト3は米映画独占 アイリッシュ、ジョーカー、ワンハリの魅力

〔映画ジャーナリスト・大高宏雄に聞く「日本映画界・19年総決算&20年展望」第1回〕

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「2019年の映画ベスト3」を大高宏雄氏(映画ジャーナリスト)に聞いた。飛び出したのは『ジョーカー』『アイリッシュマン』『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』。その魅力とヒットの背景を探った。

映画『ジョーカー』  写真:Backgrid/アフロ

5回に渡ってお届けするこの企画。登場する作品は、洋画では『アイリッシュマン』『ジョーカー』『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』など。邦画では『映画 すみっコぐらし とびだす絵本とひみつのコ』『新聞記者』などの話題作を深堀りする。さらに料金値上げに踏み切った2019年の映画界の業績や、観客の興味&趣向の変化、そして気になる2020年の動向なども取り上げる。第1回目の今回は、2019年公開映画の中から印象に残った作品について語ってもらった。

▼〔映画ジャーナリスト・大高宏雄に聞く「日本映画界・19年総決算&20年展望」〕
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『ジョーカー』の魅力と大ヒットの理由

――今年、印象に残った作品は何でしょうか?

『ジョーカー』(10月公開、323館。※館数はファーストラン時点、以下同)を一番手に挙げなくてはならないでしょう。この大ヒットは本当に不思議。バットマンの宿敵キャラクターの誕生を描いた『ジョーカー』は、紛れもなく「DCコミックス」から生まれた「DC映画」だ。ところが配給のワーナー・ブラザースは、DC映画としての宣伝を強く打ち出さないことで『ジョーカー』から“DC映画色”を消して、幅広い層の観客を取り込もうとした。結果、若い人を中心に多くの観客の関心を呼ぶことに成功し大ヒットに繋げた。

DC映画として宣伝をしなかった理由は、日本でのDC映画の興行的な限界が分かっていたからだ。DC映画には2000年以降に日本で興行収入が20億円を超えた作品はなく、遡っても『バットマン』(1989年公開、監督:ティム・バートン、主演:マイケル・キートン)が35億円弱。それが『ジョーカー』は50億円を突破(12月15日)して、歴代のDC映画の中で日本での興行収入ナンバーワンになってしまった。

DC映画はキャラクターの魅力に尽きる。何と言ってもバットマンとスーパーマンだ。ところが両者には日本での興行力に限界があった。今回、真逆のヴィラン(悪役)側からジョーカーが出てきてヒットした。今までのようにDCキャラクターを打ち出した映画として『ジョーカー』を宣伝していたら、これほどのヒットにはならなかった」

――『ジョーカー』の作品としての魅力はどんなところにあるのですか。

「逆に、若い人たちに『ジョーカー』のどこに魅かれたのかを聞きたいくらいだ。ひとつ言えるのは、『ジョーカー』は、極めてパワフルで精緻なエンターテインメント作品だ、ということ。『ジョーカー』は、とかく格差社会を描いた社会派問題作としての側面が捉えられがちだが、批評的な視点ではそのとおりだろう。ただ、興行となると微妙に話は違ってくる。その視点のみだったら、ここまで若い人たちがジョーカーのキャラクターに引き込まれていくことはなかっただろう。だって若い人観客は『ジョーカー、かっこいい!』と言っているのだから。

私が『ジョーカー』を観て一番感じたのは強烈な“ハラハラ感”と“恐怖感”。これはエンタメの大切な要素だが、『ジョーカー』の“ハラハラ感”と“恐怖感”は今までのホラー映画などとはまったく様相が違う。『ジョーカー』のドラマは深刻だが、深刻さに加えて尋常ではない恐怖感がある。

ジョーカーを演じるホアキン・フェニックスはほとんど出ずっぱりで、観客はホアキン・フェニックスの、あの容貌と身体に引きつけられる。そして、あの笑い声。それらがカオス状態になって、観客の肉体の中に入り込んでくる。ポイントはここだと思う。

『ジョーカー』が第76回ヴェネチア国際映画祭コンペティション部門で金獅子賞(最高賞)に輝いたときは、“産業主導のハリウッドの中で格差社会を視野に入れたこの映画をよくぞ作った”という点が評価された。この評価は、作品の広範囲な認知に強力な追い風となった。『ジョーカー』ブームは、ヴェネチアが火をつけたのは間違いない。そこから作品は一人歩きし、社会問題作的な側面に加え、ハリウッドの真骨頂たる娯楽映画の要素もまた、広く浸透していったと考えられる。

人々は、映画のどこに関心をもって映画館に出かけるのか。ちゃんとした動機もあれば、話題性や口コミに引かれて、少し曖昧なイメージのまま見に行くこともあるだろう。一つの定まった形があるわけではない。今回、エンタメ性を強調してみたが、それで見る動機の全体を説明できるものでもない。『ジョーカー』は、興行のもつ不可思議さとダイナミズムを改めて認識させたと言えるのではないか。興収50億円である。いろいろな観客がいて、当然だろう。ただ、とても不確実な感じがあって、これが漠然とした今の時代の不安感を投影していると見ることもできる。漠然とした不安は、日々人々の間に滑り込んでくる。『ジョーカー』は、その間隙をぬって、密かに滑り込んできたのではないか。怖いもの見たさという言葉が昔からあるが、この言い方も『ジョーカー』には極めて似つかわしい気がする」

ベストワンは『アイリッシュマン』、絶対にスクリーンで観る映画

――19年公開映画の中で、ベストワンを選ぶとしたら?

「文句なしに『アイリッシュマン』だ。3時間29分という長い作品だったが「シネ・リーブル池袋」で観た。『これは絶対に映画館のスクリーンで観る映画だ』と思った」

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――『アイリッシュマン』は全米トラック運転手組合の委員長だったジミー・ホッファの失踪、および殺人に関与したとされる実在のヒットマン:フランク・シーランの半生を描いた映画ですが、作品の魅力はどこにあるのですか?

「ズバリ、主人公のヒットマン、フランク・“アイリッシュマン”・シーランを演じたロバート・デ・ニーロだ。

シーランは、アイルランドから出てきて、ジョー・ペシが演じるマフィア、ラッセル・バッファリーノの片腕となり、アル・パチーノが演じるホッファ委員長の片腕にもなる。ただ、よく見てみよう。そもそも、彼がどういう人物なのか、わかる人はいないのではないか。ヒーローであるはずがないし、ヒーローの裏返しとなるアンチヒーローでもない。抽象的な言い方になるが、彼は“名付けようのない存在”とでも表現するしかない。

何が行動の原動力になっているのか。彼の生き方を規定しているのが、過ぎ行く時の流れ、いわば時間軸の変化そのもののように見えてくる。娘に、もっともらしいセリフを吐くシーンは確かにある。ただ、その言葉もあまり地に足がついていない。マーティン・スコセッシ監督の本音はそこにない。いわば、わかりやすく、ありきたりな人間劇とは全く対極な作りになっているのだ。名付けようのないとは、人間でありながら、人間性をどこかではみ出していくような存在のことでもあろうか。スコセッシ監督の『タクシードライバー』(1976年)を頭に思い描くと、『アイリッシュマン』のデ・ニーロが、少しは鮮明になるのではないか。彼が演じた『タクシードライバー』のトラヴィスの行動は、映画的な時間軸のなかで、定まっていく。

彼が決定付けたというより、別の何物かが彼の行動を規定していく。家族の不安感が描かれ、父親らしい言葉もある『アイリッシュマン』のデ・ニーロにも、同じことが起こっている」

――スクリーンで観ることがふさわしいとのことですが、具体的にどのような点に感動されたのでしょう?

「『アイリッシュマン』は、実にスクリーンの暗闇が似合う映画だ。ダークな世界という面もあるが、いかがわしい男どもが、遮二無二なって右往左往する姿は、暗闇だからこそ、断然映える。暗闇に身をさらすから、俳優たちの姿が脳裏に強烈に食い込んでくるのだ。

短い登場時間だが、ハーヴェイ・カイテルが、レストランでぼそぼそ喋っているだけで、ドキドキしてしまう。何を話しているのかはわからないが、そんなことは関係ない。カイテルが画面上にいる。それだけで興奮するのだ。それは、この俳優が映画の地層をたっぷりと体に染み込ませていて、それが画面上で映画的な血肉となって底光りしているからに他ならない。こんな奇跡のようなことが、2019年に起こっているのだ。より出番が多いアル・パチーノやジョー・ペシより、意外にもカイテルのほうが印象に残るのは、映画の面白さ、奥深さを表していると思う。

話の展開や役柄を超え、映画はある一瞬をとらえることで、その威力を存分に示すことがある。ラスト近く、サングラス下から、デ・ニーロの笑顔がこぼれ落ちるとき、尋常ではない緊張感が画面から立ち上るのを見逃したら、一生の不覚となろう。そこに何か意味はあるのか。意味は必要あるのか。そんなことまで考えさせる一瞬の映像の強度。スクリーンでなければ、この時空を共有することなど、不可能ではないのか」

『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』は“映画愛、俳優愛”に共感

――日本映画と外国映画を含めて19年のベスト3を挙げるなら?

「今年は、3本とも洋画になった。ベストワンは『アイリッシュマン』(上映時間3時間29分)、2番手は『ジョーカー』(2時間2分)、3番目は『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(2時間41分)。3作品ともアメリカニューシネマの血脈と地層につらなるハリウッド大作と見ている。日本映画でも、例えば『宮本から君へ』など高く評価している作品はあるが、この3本に比べると映画の土台、土俵がまるで違っていて、今年の邦画では太刀打ちできない」

――『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』は、どう観ました?

クエンティン・タランティーノ監督の映画愛、俳優愛に惚れ惚れする作品だ。惚れ惚れという形容句のなかに、本作の魅力が詰まっている。有名、無名のハリウッド映画人たちの生々しい姿に興味がつきないだけではない。その描き方に、彼の映画愛があふれている。だから、やはりシャロン・テート事件を描くことの意味が、胸に鳴り響いてくる。狂信的なカルト集団に殺害された現実のシャロン・テートを描くのではない。ハリウッドを目指した一人の女優の純粋な夢をひたすらに熱く、愚直に描こうとしたのだ。映画館で、自分が出演した映画を虚心に見つめるシーンの彼女の美しさはたとえようもない。このシーンを撮りたいがために、本作を作ったのではないかと思えるほどだ。これは有名、無名、男女関係なく、ハリウッドを目指す人間たちへの賛歌そのものに見える。その中心に、永遠のシャロン・テートがいた。そんな作品だと思った」

******

大高宏雄氏は、『キネマ旬報』にて「大高宏雄のファイト・シネクラブ」(2012年度キネマ旬報読者賞受賞)、『毎日新聞』にて「チャートの裏側」、『日刊ゲンダイ』にて「大高宏雄の新・日本映画界最前線」など多くの連載を持ち、映画に関する著書も多数。1992年には、独立系を中心とした邦画を賞揚する日プロ大賞(日本映画プロフェッショナル大賞)を発足し、最新の2018年度で28回目を数えている。

氏は、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウェスト』(1969年に『ウエスタン』の邦題で公開された大作の2時間45分のノーカットオリジナル版)も劇場で観て感動したという。ベスト3作品に『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウェスト』を加えて、「今年はハリウッドに軍配ありです」と声を弾ませた。

さらに、「今年は長い映画が、映画を観る醍醐味を改めて知らせてくれたなと感じた。『アイリッシュマン』も確かに長かったが、長い映画には長いだけの理由があり、そんな映画は映画館のスクリーンで観ることが求められる」とも。

以上、映画界の総決算というテーマで、大高氏に2019年のベスト3を語ってもらったが、皆さんにとっての「2019年のベスト作品」には、何が並びましたか? 2019年が暮れようとしているこの時季、今年観た映画をもう一度、思い返してみてはいかがでしょう。

▼〔映画ジャーナリスト・大高宏雄に聞く「日本映画界・19年総決算&20年展望」〕
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  • 解説大高宏雄

    映画ジャーナリスト、文化通信社特別編集委員。1954年浜松市生まれ。明治大学文学部仏文科卒業後、文化通信社に入社。現在に至る。1992年より日本映画プロフェッショナル大賞を主催。現在、キネマ旬報「大高宏雄のファイト・シネクラブ」、毎日新聞「チャートの裏側」、日刊ゲンダイ「「日本映画界」最前線」、ぴあ「映画なぜなぜ産業学」などを連載。著書は『興行価値―商品としての映画論』(鹿砦社)、『仁義なき映画列伝』(同)、『映画賞を一人で作った男 日プロ大賞の18年』(愛育社)、『映画業界最前線物語 君はこれでも映画をめざすのか」(同)など多数。

  • 取材・構成竹内みちまろ

    1973年、神奈川県横須賀市生まれ。法政大学文学部史学科卒業。印刷会社勤務後、エンタメ・芸能分野でフリーランスのライターに。編集プロダクション「株式会社ミニシアター通信」代表取締役。第12回長塚節文学賞優秀賞受賞。

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