長崎・中2自殺事件 生徒を精神的に追い詰めた“教師の言い分”
“いじめ自殺”を振り返る ジャーナリストの取材現場から

いっこうに減らない学校でのいじめ。文部科学省によると昨年、自殺に追い込まれた小中高校生は322人にのぼる。中には、教師のいじめにより生徒が命を絶つ「指導死」もあるのだ。とりあげるのは長崎市内の中学校で、’04年3月に生徒が亡くなった事件。長年にわたって、少年事件を取材してきたジャーナリストの須賀康氏が振り返る。
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「担任の指導と雄大君の自殺との間には、事実的因果関係が優に認められる。(中略)(しかし)A教諭及びB教諭は、雄大君の死亡について予見可能性があったとはいえず、被告に過失があるとはいえない。よって、原告らの請求はいずれも理由がないから、これらを棄却する」
‘08年6月30日、長崎地方裁判所は市内に住む安達敏昭(当時・46)、和美さん(当時・46)夫妻が長崎市を提訴していた損害賠償裁判にこう判決を下した。
‘04年3月10日、長崎市内の中学2年生だった雄大君(当時14)が校舎から飛び下り自殺。原因は「学校の精神的に追い詰めた指導」として、長崎市に損害賠償を求めた裁判だ。和美さんは、不当な判決だとして胸の内をこう語った。
「なぜ私たちの主張が棄却されたのか、理解に苦しみます。これでは教師がいくら悪いことをしても責任をとらず、学校は反省しません」

〈オレにかかわるいろいろな人 いままでありがとう ほんとにありがとう。〇〇(同級生の名前)とりょうしん、他のともだちもゴメン〉
雄大君が、数学のノート見開き2ページに残した遺書だ。和美さんが、雄大君の遺影を見つめ怒りをぶつける。
「あの子は先生に怒られたぐらいで自殺するような子ではありません。それが指導中に死んだんです。先生との間に何があったのか、本当のことを知りたいだけです」
自殺当日の夕方6時近く、和美さんの携帯に学校の教務担当から電話が入った。
「雄大君が4階から落ちたので、直ぐに病院に行ってください」
やんちゃだから、階段から踏み外して怪我でもしたと考えていた。だが、両親が病院の集中治療室で対面したのは、白いシーツに包まれた雄大君の姿だった。警察は生徒指導中に校舎の4階から転落したと説明。目撃者はなく、窓などに残された指紋や遺書などから自殺と断定した。警察の聴取に担任のA教諭はその時の様子をこう説明したという。
「掃除中3階トイレ付近で、雄大君がライターを所持していたのを発見。そばにあったトイレの清掃道具入れの中で、雄大君から喫煙していることを聞いた。放課後3階の多目的室であらためて詳しい事情を聞き、家庭訪問の準備をするため学年主任のB先生に代わってもらった。B先生が来ると雄大君は『トイレに行きたい』といってそのまま階段を上がり、4階のトイレの窓から飛び降りた」
両親は学校から指導の詳しい説明を待ったが、事件直後の会見で校長は「指導には問題はなかった」と釈明。翌日の会見でも「厳しく叱ったりせず、(指導は)いい対応だった」と、学校に一切の責任はないかのような発言を繰り返した。両親は多くの同級生から、雄大君が多目的室で担任に指導を受ける直前に、サッカー部の部員にこんな不安を漏らしていたことを聞いた。
「タバコがばれた、部停(サッカー部が活動停止)になるからごめん」「(A教諭に)殴られたら避けまくる」「いざとなったら窓から飛び降りる」
1年生のころから受けていた体罰
A教諭が普段から“殴る教師”として生徒の間で知られていたことを、和美さんは事件直後に聞かされた。雄大君は、A教諭から以前にも体罰を受けていた。中学1年生のころ、雄大君は他の生徒の悪口を言ったとしてA教諭に怒られた。事実無根だったにもかかわらず、一方的な指導だったという。
それにしても、なぜ指導がトイレの清掃用具入れや多目的室なのか。多目的室は普段まったく使われず、すべての窓に新聞紙やアルミホイルが貼られ、外部から完全に遮断された異様な部屋だという。担任の指導には遺族ならずとも疑問を持つ。和美さんが話す。
「この部屋で雄大はA教諭から、喫煙している同級生の名前を書かされたのです。またA教諭は、雄大の兄の高校受験の日を知りながら、私たちに喫煙のことを言いに家庭訪問すると言いました。友達を密告したこと、サッカー部が出場停止になりそうなこと、さらに兄の受験日に家庭訪問されることなどが重なり、学校にも家にも自分の居場所がなくなると考えたのでしょう。雄大の自殺は、狭い清掃道具入れでの監禁と精神的に追い詰めた担任の指導が原因だと思います」
生徒の動揺と、二次被害を盾に拒否していた事故報告書が開示されたのは4月10日だった。驚いたことに警察が自殺と断定した事件を、学校は転落事故として市教委に報告し市教委も同意していたのだ。遺族が市教委に自殺として訂正を求めると、市教委はこう言って拒んだ。
「安達さんが事件直後に『(うちの子は)自殺するような子ではない』と言ったじゃないですか。だから遺族の気持ちを配慮して、報告書は事実関係のみ記した。市教委は、死亡原因を自殺と断定する職能を有していないんです」
和美さんが呆れたように言う。
「親として、世間に子供の自殺を公表したいわけではないですよ。でも現実に、自殺でうちの子は亡くなっているんです。学校は人の命をいかに軽く考え、無視しようとしているのかと驚かされました」
私は事件直後、長崎市の南部の高台にある中学校を訪ねた。新任の教頭に事件について問うと、こんな言葉が返ってきた。
「事件? 現場にいなかったから何も言えない。同じ教諭でも見ていないんだから言えないでしょう。裁判? 傍聴には行っていません、だから知らないんだ」
雄大君を指導したA教諭は事件後福祉関係の学校に転勤していた。私が当時の指導と裁判について尋ねると、あわててこう言った。
「取り込んでいるんですよ。話をする時間も日にちもないです。判決ですか? それは何とも言えません」
和美さんが言う。
「A教諭は雄大に『大事なのは自分のしたことを反省してもう二度としないことだ』と言ったそうです。同じ言葉を学校、市教委、A教諭に返します」
反省も謝罪もしない人物であっても、生徒は教師を選ぶことは出来ない。



取材・文・撮影:須賀 康
'50年、生まれ。ジャーナリスト。国学院大学卒。週刊誌を主体に活躍。政治や経済など「人と組織」をテーマに取材。学校のいじめ自殺や医療事故などにも造詣が深い