福岡・中2首吊り自殺 生徒の前で陰湿にいじめた“担任の言い訳”

  • Facebook シェアボタン
  • Twitter シェアボタン
  • LINE シェアボタン
  • はてなブックマーク シェアボタン

“いじめ自殺”を振り返る ジャーナリスト須賀康氏の取材現場から

小学校1年生からバレーボールをしていた森啓祐君。勉強もでき、いじめが起きる前はクラスの人気者だったという

文部科学省によると、昨年の小中高生のいじめ認知件数は過去最高の54万件にのぼる。原因は子ども同士のトラブルだけではない。中には教師が生徒をなじるケースもあるのだ。取り上げるのは、’06年に福岡で起きた自殺事件。同級生らによるいじめのキッカケを作ったのは担任だった――。ジャーナリスト須賀康氏が取材し、遺族が「担任に殺されたようなもの」と嘆いた事件の深層に迫る。

…………………………

〈お母さん お父さん こんなだめ 息子でごめん 今までありがとう いじめられて、もういきていけない〉

‘06年10月11日、福岡県朝倉郡筑前町の中学2年生・森啓祐君(当時13)はいじめを苦に、家族に宛てた4通の遺書を残し自宅倉庫で首を吊って自殺した。学生服の左ポケットには、画用紙の裏に鉛筆書きの1通が。

〈SeeYou again? 人生のフィナーレがきました さようなら さようなら さよ~なら~ 生まれかわったらディープインパクトの子供で最強になりたいと思います〉

また、旧友のスケッチブックには鉛筆書きでこう書いてあった。

〈遺言 お金はすべて学校に寄付します。うざい奴等はとりつきます。さようなら いじめが原因です。いたって本気です〉

遺書には、一人で苦しむ13歳の少年の真直ぐな心の叫びが刻まれていた。父親の順二さん(当時41)が怒りを露わに語る。

「自殺から3日目に、啓祐をいじめていた少年3人が謝罪に来ました。少年たちから『1年の時、担任だったT先生が(啓祐君をいじめる言葉を)言っていたから、自分たちもいいと思った』と聞き、驚きました。啓祐が自殺したいじめのきっかけを元担任が作った……。そんなことが本当にあるんですか? そうだとしたら啓祐は担任に殺されたようなものです」

「学校のお知らせ」が印刷されたわら半紙の裏に、死の直前に書いたと思われる遺書

事件当日、啓祐君の異変を最初に感じたのは午後6時頃。隣に住む祖母からの、「自転車があるんだけど啓祐が見当たらない」という電話だった。母親の美加さん(当時37)は買い物を途中で止め自宅に戻ったが、啓祐君が学校から帰り自宅に上がった様子はない。いつも倉庫に入れるはずの自転車がなぜか倉庫の前に止めてあるのが見えた。祖父が倉庫を覗くと、学生服姿の啓祐君が、鴨居にビニールのひもをかけ首を吊っていた――。

「自殺する、本当に自殺するけん」

事件翌日の12日朝、学校は緊急の全校集会を開き、直後に記名のアンケート調査を行った。その結果、自殺当日同級生7人が啓祐君をトイレで取り囲み何度か自殺をめぐるやり取りがあったこと、さらにその直前には啓祐君が同級生に何度かSOSを出していたことが判明する。

自殺当日、啓祐君は朝礼後いじめられていた同級生に「今日死ぬっちゃ」と発言。その後「今日(夜の)7時から8時の間に自殺する。倉庫で首を吊って自殺する」と言い、さらに「自殺する、本当に自殺するけん」と同級生等の前で友人のスケッチブックの裏に遺書を書き残したのだ。そして、6時限目が終わると同級生ら7人は啓祐君をトイレに連れ込んだ。

同級生等は、「お前本当に死ぬとか」「どんなふうに」と次々啓祐君を責め立てた。さらに、「最後やけん見ようや」と啓祐君を羽交い絞めにして無理やりズボンを降ろそうとしたのだ。啓祐君の抵抗により途中で止めたが、屈辱的な行為にそれまで耐えていた啓祐君の心が、限界を超えたことは想像できる。

両親は弔問に訪れた同級生から、中学1年生時の担任から、言葉によるいじめを受けていたという衝撃的な事実を知らされる。翌日両親は、再度自宅を訪ねて来た校長と元担任にいじめの事実を追及した。

「その通りです。(自殺の)一番大きな引き金になったと考えられます」

と、元担任は自らの言葉が啓祐君の自殺を誘発させたことを認めたのだ。いじめで孤立する生徒を励まし手を差し伸べるはずの教師が、生徒たちのいじめを誘発し加担していたのである。自殺直後にいじめが自殺の引き金になったことを認めた校長は、翌日の会見や調査後の報告で、

「いじめ以外の他の要因もある」

と、いじめとの因果関係を認めることを避けた。学校がいじめを全面的に認めたのは、自殺から3ヵ月後の’07年1月17日。筑前町教育委員会が設置した、調査委員会の最終報告書を受けてのことだった。報告書では、

「周囲の多くの生徒による長期的ないじめが最大要因」「1年時の担任は、男子生徒の保護者からの相談内容を他の生徒に話すなど不適切な言動があった」

と、教師によるいじめにまで踏み込んだ報告書を出したのだ。啓祐君への不適切ないじめはどんなものだったのか。

「どうして私だけが悪者になるのか」

啓祐君は1年生の時から、同級生の間で“エロサイト病” というあだ名を付けられていた。自宅のインターネットでポルノサイトを見ていることを知った美加さんは、当時の担任のT教諭に相談した。しかし、T教諭はその相談の内容を給食の時間に他の生徒に聞こえるように言った。それをきっかけに啓祐君は、“エロサイト病”という侮辱的なあだ名で呼ばれるようになってしまったのだ。

T教諭が啓祐君をからかい始めてから生徒によるいじめは激しさを増し、クラス全体が啓祐君を無視するような空気が生まれた。

事件後に体調を崩して入院、退院して休職中という元担任T教諭を尋ねた。

――退院後に啓祐君の両親に謝罪は?

「(血走った目で怒ったように)いま病休中なのにどうして行かれますか。復職したら行ってみたいとは思っていますが、今行っても大きな溝があるだけで……。病休も復職も教委会が決めることですから」

――教師のいじめが生徒のいじめを誘発したといわれていますが。

「私が担任だったのは1年生の時だけです。(美加さんが啓祐君の早退の件で相談した)あれから1年5ヶ月後に亡くなっているんですよ。どうして私だけが悪者になるのか」

――なぜ(啓祐君の)お母さんからの相談を生徒に漏らしたのか。

「こんなこともあったと、チラッと生徒に話しただけです。全員に聞こえるように言ったわけではないんです」

福岡県警は自殺の直接原因を作った同級生のうち5人を’07年2月19日、暴力行為法違反容疑で書類送検した。2名は13歳だったため児童相談所に送致。14歳だった3名の生徒は、福岡家庭裁判所に送致された。が、少年審判では啓祐君の両親から裁判官へ「処分を求めるものではなく、更正を願っている」という意見が加味され不処分となっているのである。

啓祐君をいじめ、自殺に追い込んだ同級生たちの家族は今回の事件をどう考えているのか、彼等の自宅を訪ねた。驚いたことに、いずれの母親たちからも同じような言葉が返ってきた。

「うちの子は『いじめをしたとは思っていない』と言っているんです。『あれで死ぬのかよ』というんですが……」

暴力によらないいじめは見えにくく、またエスカレートしやすい。その危険性を学校(教師)、保護者が見過ごせば、悲劇はさらに繰り返される。

森君は良い思い出を残したかったのか死の直前は両親によく話しかけていたという
競走馬育成ゲームが好きだった森君。遺書の中には「ディープインパクト」の名が記されている
森君が首を吊った自殺現場。森君の思い出の品々が飾られていた
森君の笑顔を見て元担任など加害者は何を感じるのだろう
  • 取材・文・撮影須賀 康

    '50年、生まれ。国学院大学卒。週刊誌を主体に活躍。政治や経済など「人と組織」をテーマに取材。学校のいじめ自殺や医療事故などにも造詣が深い

Photo Gallary6

share icon記事をシェアする

  • Facebook シェアボタン
  • Twitter シェアボタン
  • LINE シェアボタン
  • はてなブックマーク シェアボタン

Photo Selection

あなたへのおすすめ記事を写真から

関連記事