沢田研二の“マスコミ嫌い”を加速させた田中裕子との結婚騒動

芸能リポーター・石川敏男の芸能界”あの出来事のウラ側は……”㉖

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’89年、出雲大社で結婚式を挙げた沢田と田中裕子(写真:共同通信社)

<芸能リポーター・石川敏男の芸能界”あの出来事のウラ側は……”㉖>

グループサウンズ「ザ・タイガース」の沢田研二さんと女優・田中裕子さんが、島根・出雲大社で挙式したのは‘89年11月。もう、30年を超えている。

今年8月にはメンバーだった岸部四郎さんが他界した。別番組とはいえ、同じ日本テレビでワイドショーをやっていた関係で、いろんなことを思い出した。そこでふと、ジュリーのことも蘇ってきた。

古い話を取り上げて恐縮だが、二人の恋の始まりは‘82年だった。映画『男はつらいよ 花も嵐も寅次郎』での共演。撮影中から映画スタッフの間では、二人の恋仲が囁かれるようになる。

劇中で、観覧車デートするロケシーンがあったが、二人は周囲の目を全く気にしないラブラブぶりを発揮していたのだ。この噂は、神奈川・大船撮影所内で広まり、あっという間に芸能マスコミに流れた。

でも、沢田さんには75年4月に結婚した妻がいたのだ。世間でいう“不倫愛”。

妻は双子デュオ「ザ・ピーナッツ」の姉・伊藤エミさん。「可愛い花」「情熱の花」などの大ヒット曲を持つ7歳年上のエミさんを引退までさせて結婚したのだ。

その時と同じように、沢田さんの“止まらない恋”は、田中さんが住むマンションでも見かけられるようになる。田中さんが出演していた映画『二十四の瞳』の香川・小豆島ロケ現場付近にも沢田さんの姿があった。

不倫の噂に沢田さんも田中さんもノーコメント。直撃する記者に不快感を表した沢田さん。二人の“愛”に、反対する声もあったが、もう誰にも止められない熱愛だ。

発覚から4年後、沢田さんは妻と一人息子を残して自宅を出ることになる。沢田さんが署名捺印した離婚届は、すでに妻・エミさんに渡してあったという。

そんな強引な別居から5か月、‘87年1月に沢田さんは夫人と正式に離婚した。テニスコートも併設された総額18億円と言われた世田谷区内の大豪邸は、慰謝料として妻に譲渡された。

そして離婚から2年。晴れて田中さんと挙式することになるのだ。田中さんとの結婚に前後して、マスコミの報道は過熱。これが、いまの沢田さんのマスコミへの態度につながったのだろう。

当日の取材は、境内には入れないという。どこまでも秘密主義の沢田さんと所属事務所側。一方、取材するオレたちは挙式する姿を撮影したい。そこで考えたのが、クレーン車。当時のオレは、素晴らしいアイデアだと思った。

出雲のレンタルショップにクレーン車は置いてなかったので、県庁所在地の松江市まで借りに行った。そのクレーン車を出雲神社の塀の外に待機させて挙式の瞬間を待つことにしたのだ。

沢田夫妻は他の5組のカップルとの合同挙式。初穂料は2万円だったと神社の関係者から聞いた。

しかし、期待はここまで。直前になって、境内の取材が許されることになったのだ。

と、同時に、オレたちが利用しようとしていたクレーン車の存在もすべてわかってしまっていた。何度もクレーンを上下されてリハーサルをしていたのだから、当然と言えば当然。こちら側の取材方法もすべて見抜かれていた結果、境内での取材撮影が許されたのだろうと思った。

「車をどかしてください」

と、警察まで入る騒動になった。結局、レンタル料はパーになったが、二人の挙式取材は無事に済んだ。

そして、約2年前に埼玉・スーパーアリーナでのコンサートを「スカスカの会場では出来ない」と直前にキャンセルした沢田さん。今も思ったことは一直線だ。

沢田さんらしいと言えば、沢田さんらしいが、そのキャンセルで大バッシング。急遽、記者会見を開くことになったが、マスコミ嫌いだった沢田さんだけに「あれっ」と驚いたね。あんな囲み取材を受けたのは初めてに近かったんじゃないかな。年を重ねて、少しは丸くなったのかな……。

  • 石川敏男(芸能レポーター)

    ‘46年生まれ、東京都出身。松竹宣伝部→女性誌記者→芸能レポーターという異色の経歴の持ち主。『ザ・ワイド』『情報ライブ ミヤネ屋』(ともに日本テレビ系)などで活躍後、現在は『めんたいワイド』(福岡放送)、『す・またん』(読売テレビ)、ラジオは福井放送、ラジオ関西、レインボータウンFMにレギュラー出演中

  • 写真共同通信

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