首席で音楽学校に入学した「宝塚スーパーOG」の壮絶人生

東西屈指の高倍率の学び舎に在籍した唯一のOG

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撮影:長濱耕樹

106年続く宝塚歌劇団に伝説のスーパーOGがいる。67期生の三ッ矢直生(みつや・なお)さんは中学卒業後、宝塚史上2位の27倍の宝塚音楽学校を首席で入学。同期には、今もなお芸能界で活躍する黒木瞳、真矢みき、涼風真世らがいる。10年間、男役として活躍後、高卒認定試験(旧・大検)を突破して、32歳で東京芸術大学音楽学部声楽科に一回の受験で入学した。

芸大時代に出会った12歳年下の同級生と結婚し、40歳で出産した長男の子育てにも奮闘中だ。宝塚歌劇団のエリートとして退団し、第2の人生で30年近く「暗闇を全力疾走」したからこそたどりついた境地があった。

同期に黒木瞳、真矢みき、涼風真世がいた「伝説の67期生」

「宝塚歌劇団には本当に育てていただきました。感謝しかありません…。初日までに必ず仕上げなければいけない『完成図』を見ながら、舞台を創り上げていく日々でした。トランポリンで飛び上がり傾斜の舞台にハイヒールで飛び下りたり、全く触ったことない楽器を弾く役など当初は内心、『さすがに無理!』と思った役でも、初日を迎える前になんとかできるようにする、それを叩き込んで頂きました。厳しいご指導も有りましたが、世に言われるイジメとは程遠く、いつもそこに愛がありました」

たとえば最近、宝塚音楽学校の生徒が阪急電鉄にお辞儀する“不文律”を廃止することが決まったと報道された。三ッ矢さんによると「もともとは、宝塚歌劇団の在団生は阪急電鉄の一番若手の社員にあたるため、乗っていらっしゃるお客様へのリスぺクトを込めて、一両ずつお辞儀をする、という意味で始まった」という。宝塚に有るしきたりの多くは、宝塚が目指す一糸乱れぬ統一美を支えるもので、秒単位で管理される舞台機構の上で、命懸けの舞台を作り続ける在団生の「隙のない心掛け」を磨くために作られたものなのだろう。

そんな厳しい規律の中で育った宝塚OGでも、多くの人が退団してからの身の振り方で「壁」にぶつかる。三ッ矢さんが続ける。

「全く世界が見えず、大きな海に放り出された様な気持ちでした。『貴女たちは温室育ち』とよく言われ、退団して、社会でどのくらい頑張ればいいのか見当もつかなかった」

三ッ矢さんは芸大を受ける決意をする。その一つが些細なきっかけであった。退団後、あるミュージカルに出演していた時だ。舞台を創り上げていく上で、意見が合わない人がいた。某音大出身の人で、その人は、「宝塚出身って、音符読めないんでしょ?」と。実際はそんなことないが、宝塚歌劇団のトップに近いところで10年間走り続けたプライドと、培った負けん気がフツフツと沸いた。

「よし、それなら音大に行く!倍率の1番高い芸大に行くぞ!」と思ってしまった。理由はそれだけではなかった。

たとえば、新聞折り込みのどんなアルバイト募集のチラシにも『高卒以上』と書かれていた。何か仕事がしてみたいな、と考えた時、中学卒業という事がこんなに障壁となる事なのか、と驚いた。得難い経験を持つ宝塚OGであっても、中卒ではできる仕事の可能性に限りがあったのだ。

「そして大学を受けるなら、高校卒業の資格が必要でしたので』

踊る事、歌う事の方が好きで、机に向かうことが苦手だったと言う三ッ矢さんだが、いざはじめてみると、受験生の役をやっている様に、すぐに楽しくなってきた。

縁起もしっかり担いだ。朝起きたら、上野の森をジョギング、東照宮で毎日おみくじを引いて芸大の前を通り、〝私はここに入るぞ〟とイメトレもした。9時から5時まで、自宅近くの国会図書館に毎日通い、それを続ければ芸大に合格する!と信じ込んだ。

ちなみに、宝塚音楽学校には今、高校の単位を取得できる制度がある。実は三ッ矢さんが大検を受験したことによって導入された制度なのだ。

大検に合格し、高卒扱いとなった三ッ矢さんは、高校生や高卒の浪人生に混じって大手の予備校に通い始めた。その時すでに30歳を過ぎていた。

「受験するのは貴女のお子さんですか? とか言われましたが(笑)その時はもう完全に受験生生活を楽しんでいましたね。試験というとナーバスになるゃないですか。何にせよ『ダメかもしれない』と考えること自体、もうそれは向いていない、と思うのです。最後はやっぱり『それが《好き》で《やりたい》』という気持ちが一番大切だと。宝塚歌劇団で舞台で活躍する生徒達の指導させて頂いていますが、彼女達も共通してみんなこの部分が強いと思います。好きな事を選んで生きるのが最善だと。やるならやる、やらないならやらない」

2016年、ニューヨークで行ったファーストコンサートの模様。ピアノ演奏は大江千里(提供:東宝芸能株式会社)

「この切なさは人生の糧になる」

芸大を卒業するとまずは歌い手の道に邁進した。並行して、宝塚歌劇団で現役トップスター達への音楽講師もつとめている。私生活では、芸大時代に知り合った12歳年下の同級生と結婚。長男誕生にも恵まれた。芸大進学によって、私生活の充実も生み出したように見えるが…。

「勿論、子育ては答えがないので、いつも壁にぶち当たっています(笑)。40歳の高齢出産。今息子は、17歳ですが、思春期の反抗もなかなか大変でした。息子には漏斗胸という骨格の個性が有り、大きな手術を受けたのですが、その痛みは、私の想像を超えたもので。その痛みの捌け口として受け止めきれない程のキツい言葉も叩きつけられました。それでも『この切なさは、私の人生の糧となり、歌う時にも役に立つはずと思うようにしていました。

自分の子供ですから勿論かわいい。ただ生まれてまもない時期から、仕事を再開し、かわいい盛りの時期に関われないこともあったので、一緒にいられる時には、彼がやりたいと思っていることをトコトン一緒にやりました」

息子の趣味は「城壁巡り」。日本中の主要な城をレンタカーを借りて回れるだけ見て回った。日本ばかりではなく、「見てみたい」というフランスの城壁も「よし、行こう!」と一緒に見に行った。こよなく愛する息子の好きなことに寄り添いたい、と一人の母親としても全力で走ってきた。

三ッ矢さんの夫も声楽が専門。実姉も日本で一番古い、シャンソンを聴かせるライフブハウスを持っている。その縁で母親として忙しい日々を送りながら、フランスの楽曲も歌い活躍の場を広げた。それは「大きな声で独り言」というモットーをもとに、やろうと決めたことを周囲にわかるように発信し続けたことにより、思わぬ形で様々な縁が生まれてきた。そして一昨年、「フランス功労月桂冠奨励勲章」の受章につながった。

この賞は、フランスで1920年に規定されたフランスの文化勲章のようなもので、専門職業分野、芸術分野において人類愛、博愛の普及発展に貢献した人に与えられ、過去に岡本太郎、三船敏郎ら錚々たるメンバーが受章している。シャンゼリゼ通りを通行止めして行われた受章パレードでは宝塚の袴を着た。ちなみに三ッ矢さんの宝塚の退団公演は奇しくも「ベルサイユのばら」。パレードのときに、フランス国歌を「胸を張ってフランス語で歌えた」ことで拍手喝さいを浴び、二重の喜びに包まれた。

自ら歌手として活動しながら、宝塚歌劇団の音楽講師として後輩を指導。さらに聖徳大学でも音楽講師をつとめている(撮影:長濱耕樹)

新型コロナウイルスはいまだに決定的な治療法が見つからず、人間が持つこれまでの価値観を根底から変えた。本サイトで12月8日付で紹介した白姫あかりさんは、昨年11月の退団直後に新型コロナウイルスの感染拡大に見舞われ、仕事の見通しがつかず、「精神崩壊寸前でした」と語るほど、一時追い込まれた。新型コロナは宝塚OGたちのような精神力の強い人々さえ蝕んだが、コロナ禍を三ッ矢さんはどう見ているのだろうか。

「そうですね。先が見えません。でも、時代が変わる、まさに明治維新のような気もしています。世界がもっと小さくなる様な…。宝塚の退団生を含めて『セカンドキャリアで良い人生を送りたいなら、どうすればいいか』と聞かれたら、今、目の前のことを一生懸命やることだけかな、と伝えます。矛盾しているかもしれませんが…。

どうなるかなんて誰もわからないじゃないですか。結局、今やっていることに対し、どのくらい一生懸命やってるか、ということに尽きるのでは。その先に手を差し伸べてくださる方がいるかもしれないし、フルスロットルで挑むことによって、自分に何か能力が備わってくる様に思います。宝塚の在団生も『退団後にどうしよう』なんて考えるより、毎日の自分の舞台に命をかけているので、できるわけがなく。それぞれの今を生きれば良いのだと思います」

三ッ矢さん自身、何か先の目標に備えて準備してきたのではなく、目の前のことを全力で生き切った先に道が開けてきた。輝かしく見えるこれまでの人生も、三ッ矢さんの言葉を借りれば『今日を生き抜く事』で有るという。

「これからは自分の好きなことを身の丈にあったサイズで発信していきたいと思っています。コロナ禍で世界中がくたびれていますよね。そんな心をほぐしたい。心の蓋を取って、もし涙が出るならば、その涙を流させてあげられるような歌を歌えたら良いな、と」

宝塚歌劇団のトップスターの中には、公演期間中の開演前、朝7時に三ッ矢さんのもとに稽古に来ることもある。ただ、泣けるほどひたむきに生きているのは、何も宝塚のスターに限ったものではなく、似たように歯を食いしばって生きている人は大勢いる。そんな人々の心の琴線をひびかせ、エールになるような歌を丁寧に歌い続けたいと思っている。

 

2018年、フランスの文化勲章にあたる「フランス功労月桂冠奨励勲章」を受章したときの模様(提供:東宝芸能株式会社)
フランスで受章式にのぞんだときに凱旋門付近で。和服姿が映える(提供:東宝芸能株式会社)
新春1月2日のFM aiai『三ツ矢直生 大きな声で独り言』の放送で始動。今年も歌手として母としてエネルギッシュに動きながら、人々の心を震わせる歌を歌い続ける(提供:東宝芸能株式会社)

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