『大豆田とわ子』に『花恋』坂元裕二作品の伏線はこうして生まれる | FRIDAYデジタル

『大豆田とわ子』に『花恋』坂元裕二作品の伏線はこうして生まれる

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私生活では‘07年にギタリストの佐橋佳幸氏と結婚した松たか子。1児の母でもある(‘15年)
私生活では‘07年にギタリストの佐橋佳幸氏と結婚した松たか子。1児の母でもある(‘15年)

”バツ3”のヒロイン(松たか子)が、元夫(松田龍平、角田晃広、岡田将生)に振り回されながら幸せを探し求めるロマンチックコメディ『大豆田とわ子と3人の元夫』(フジテレビ系)は、とても不思議なドラマだ。

往年のウディ・アレンを思い起こさせるお洒落な会話劇の応酬。余韻に浸りたいアフォリズム(警句)も、このドラマの脚本家・坂元裕二の手に掛かると、たちまち煙に巻かれてしまう。

まるでリオネル・メッシのドリブルに翻弄され、呆然と立ち尽くすキツネにつままれた視聴者たち。一体どのセリフが重要な伏線なのか、どのセリフが遊び心満載のフェイントなのか、皆目見当がつかないのだから途方にくれる。

例えば、「離婚っていうのは、自分の人生に嘘をつかなかった証拠だよ」や「女性の過去になれるなんて最高な事ですよね」といった心に響く名言があるかと思えば、「清少納言とステーションワゴンぐらい違う」といった駄洒落に近い言葉遊びもある。しかしどのセリフが重要な伏線なのか、ドラマが終わってみなければ解らない。

「例えば第5話でいうと、最初の夫・八作(松田龍平)の片思いの相手が、とわ子の親友・かごめ(市川実日子)の靴下に穴が空いていたことから、とわ子はピンと来てしまう。普段ならクスッと笑って見過ごしてしまうエピソードに、時限爆弾が仕掛けられているのだから恐ろしい。さらに自分と同じバツ3の男性・門谷(谷中敦)からプロポーズされる場面も秀逸。

自分の離婚は”勲章”だが、とわ子の離婚は”傷”と決めつけ、人生に失敗しているかわいそうな女性は放っておけないと上から目線で言われ、とわ子は絶句。やんわりと、これでも十分人生を楽しんでいると反論するとわ子。すると『手を差し伸べた人間に説教をするのか』と切り返す門谷に、『なんだこれは、ホラー映画か』と心の中で呟く。コメディを一瞬でホラーが凌駕する展開にもゾクっとさせられました」(放送作家)

坂元作品には他の脚本家にはない、ほんの少し変わったルールがある。

「坂元は女優・有村架純との対談で、『セリフはどこから出てくるのか』と問われた際、『役者さんの顔を見て、声を聞いていると、セリフが出てくる』『だから僕は”当て書き(俳優を決めて書く)”しかできない』と発言。さらに‘17年、坂元作品『カルテット』(TBS系)に出演した宮藤官九郎との対談では、『僕、プロット(ストーリーの要約)書かないんですよ』といって同じ脚本家でもあるクドカンを驚かせています。

坂元はプロットを作らずに、登場人物の綿密な履歴書を作る。それを頼りに、第1話から真っ白な状態でドラマを紡いでいく。だから、予定調和にならないのかもしれません」(制作会社プロデューサー)

しかし、それでも物語を紡げないことがある。今年1月末に公開され、興行収入35億円を突破した大ヒット映画『花束みたいな恋をした(花恋)』の脚本作りには苦労している。

「はじめ、全く別の話を書き始めてみたもののなかなか上手くいかず、煮詰まった坂元は、気分転換に主人公二人の5年分の日記を20枚くらい書き、その日記を元に脚本を書き始めたら、1週間くらいで出来上がったと、創作秘話を明かしています。坂元にとって『魅力的な登場人物がいて、時間さえ前に進んでいけば、お話がなくても面白くなる。あらすじを消化するようなものにはならない』といった確信があったのでしょう」(前出・制作会社プロデューサー)

大ヒット作「花恋」は、東京・京王線の明大前で終電を逃したことから、偶然に出会ってしまった大学生の山音麦(菅田将暉)と八谷絹(有村架純)。この二人のその夜から始まる、忘れられない”最高の5年間”を描いたラブストーリー。

「この映画は、何かドラマティックな出来事が起きるわけでもない、ありふれた大学生の恋愛を描いています。それなのに懐かしくてたまらない感覚にさせるのは、やはり‘15年から‘20年までのポップカルチャーを物語の背景に散りばめていることが大きな要因。

終電を逃した二人が入って深夜のカフェで、押井守に遭遇してお互いに『神』と認めていることから距離はグッと縮まり、訪ねた麦の家の本棚を見て『ほぼうちの本棚じゃん』という絹。この感覚こそ、まさに”恋愛あるある”ではないでしょうか」(前出・放送作家)

ポップカルチャーこそ、10代20代が身にまとう恋愛の媚薬。どの世代にも時代の気分を象徴する素敵なアーティストがいたからこそ、この映画を観ているとどこか懐かしく感じてしまうのかもしれない。

ポップカルチャーを物語の背景に散りばめるといえば、村上春樹の小説を思い出してしまうのは私だけではあるまい。

「音楽から小説の書き方を学んだ」と話す村上は

「若い頃、ポップカルチャーの音楽・小説・映画にどっぷり浸かっていた。そして現在でも好きであり続けているものについて語りたいと思った」

とポップカルチャーと小説の関係性について話している。

しかし、村上春樹と坂元裕二には、決定的な違いがある。

「自分自身がリスペクトするポップカルチャーをふんだんに盛り込む村上に対して、坂元は、あくまで配役なので、坂元自身の好きなものを登場人物には背負わせない。『背負わせたら、その役に申し訳ない』とその思いを語っています。

しかし、モデルはいます。一人か二人の対象者を決めて、その人たちをネットストーカーのように観察する。こうしてキャラクターを作り上げるのが、坂元流のやり方です」(テレビ局関係者)

松たか子でラブコメをやってみたいと以前、語っていた坂元裕二。今作では、エンディングでラップまで披露している松たか子。名作と言われるドラマ『カルテット』から4年。『大豆田とわ子と3人の元夫』ほど、期待させるドラマはない。

  • 島右近(放送作家・映像プロデューサー)

    バラエティ、報道、スポーツ番組など幅広いジャンルで番組制作に携わる。女子アナ、アイドル、テレビ業界系の書籍も企画出版、多数。ドキュメンタリー番組に携わるうちに歴史に興味を抱き、近年『家康は関ケ原で死んでいた』(竹書房新書)を上梓

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