石原慎太郎さん メディアを“大小”では区別しなかった「懐深さ」 | FRIDAYデジタル

石原慎太郎さん メディアを“大小”では区別しなかった「懐深さ」

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物議を醸す発言も多かったが…

国会議員、都知事、作家。そんな来歴、肩書きがまったく薄れてしまうほど、屹立する存在感を放ち続けた方でした。

石原慎太郎さんが亡くなりました。89歳。

新聞やテレビの論評にざっと目を通しましたが、人となりの取り扱いは、「東京マラソン」「築地移転」「ディーゼル排出規制」「尖閣諸島問題」などに焦点を当てたものでした。

石原さんは、メディアを“差別しない人”でした。正確な言い方をすると“差別した”、のかもしれません。「NHKは嫌いなんだ」とか「朝日は……」ということを挑発的に言っていましたから。

その一方で、『週刊アサヒ芸能』や『内外タイムス』といった、エロやヤクザを取り扱うメディアの取材も一切嫌がりませんでした。メディアの大小や販売部数などで、区別しない人でした。そういう意味で、懐の深い方だったと言えます。

石原さんの死にあたり、大手メディアが伝えそびれた、ひとつの発言を思い出しました。それは石原さんの、ジャーナリスティックな視点を証明する、見事な発言だったと思います。

‘11年3月11日、東日本大震災。東京の交通網は機能不全に陥りました。

その際にJR東日本が取った振る舞い、それをバッサリ切り捨てたのです。このときJR東日本は、電車の運行ができないため、乗客を駅構内から外へ出し、シャッターを閉めました。

災害時のごく当たり前の行為だと世間は受け止め、批判するメディアもありませんでした。しかし石原さんだけは違いました。

メディアに先んじて、この対応を問題視したのです。記者会見でJR東日本を糾弾し、経営者が責任を取って指揮すべき問題だ、と指摘したのが石原さんでした。

現実の問題点を見抜く力、それこそ文学者であり、シャープな着眼点といえるものです。

JR東日本をはじめとした多くの企業は、その後、大震災が起きた際の対応を大きく変えました。飲料・食料を備蓄し、身体を守る毛布などを何かあれば提供できる体制を整えたのです。石原さんの指摘が、世の中を変えた、世の中を革命した、まさに象徴的な事例になりました。

「暴走老人」と自称し、保身を考えず、異議申し立てをし続けた稀有な逸材。毀誉褒貶相半ばする人物ではありましたが、その気づきの力は、メディアも大いに参考にするべきものだとあらためて考えます。合掌。

  • ワタベワタル

    夕刊紙文化部デスク、出版社編集部員、コピーライターなどを経てフリーランスのエンタメライターとして活動。取材対象は、映画、演劇、演芸、音楽など芸能全般。タレント本などのゴーストライターとして覆面執筆もしている

  • PHOTO川上孝夫

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