想定外のヒット:翔んで埼玉・新聞記者・すみっコ…20年は何?
〔映画ジャーナリスト・大高宏雄に聞く「日本映画界・19年総決算&20年展望」第3回〕
2018年に“想定外”の大ヒットをしたのは、日本映画では21年ぶりにカンヌ国際映画祭でパルムドール(最高賞)を受賞した『万引き家族』(是枝裕和監督)と、製作費300万円からの興行収入30億円超えという快挙を成し遂げた『カメラを止めるな!』(上田慎一郎監督、以下『カメ止め』)だった。
2019年に両作のような“異例の興行”を成し遂げた作品とその理由。さらに20年の期待作まで、映画ジャーナリストの大高宏雄氏に聞いた。
『新聞記者』が日本人の“もやもや感”を刺激
――2019年は前年の『万引き家族』『カメ止め』に匹敵する“異例の興行”はありましたか?
「“異例の興行”という意味では、『翔んで埼玉』(2月公開、318館。※館数はファーストラン時点、以下同)が興行収入37億円突破の大ヒットをし、『新聞記者』(6月公開、143館)も5億円を超えるスマッシュヒット。直近だと『映画 すみっコぐらし とびだす絵本とひみつのコ』(11月公開、118館。以下『すみっコぐらし』)が話題で約11億円に達した。中でも『新聞記者』は興収以上にインパクトが大きいと思う」


――『新聞記者』(同タイトルのノンフィクションが原案)は、若手女性新聞記者と、内閣情報調査室の若手エリート官僚が対峙し、日本社会の“あり方”にも切れ込んでいく社会派作品です。どのような点に注目されたのでしょう。
「今の日本映画界に『新聞記者』のような作品の企画を立てるプロデューサーがいたことをまず評価したい。結果、ヒットしたが、これは浅薄なマーケティングリサーチからは、生まれようがない映画興行の定型を崩して見事だった。現政権に対する製作側の鋭い批判の刃が、多くの人が抱え込んでいたモヤモヤ感に火をつけたのだと思う。モヤモヤ感とは、最近では「桜を見る会」などから生まれている政治不信が根っこにある。年配者に、とくにそれがつのっているのではないか。「新聞記者」は、政治にモヤモヤ感やわだかまりを抱く、物言わぬ国民の心象に強く届いたのだと考える。日本人は直接的に行動で示すことは苦手だが、心のうちの本音は違う。静かな怒りが、少なからぬ国民のなかで渦巻いているのがわかった。でなければ、宣伝もそれほどされなかった本作が、限定的な劇場編成のなかで、興収5億円を超えることなどありえない。ヒットの意味は非常に大きかったと思う。
『新聞記者』には、もっと突っ込んでほしかったという思いはあるが、劇場は満員で、妙な熱気に満ちていた」
『すみっコぐらし』、大ヒットの理由は?
――『すみっコぐらし』は、“すみっコ”という総称を持つキャラクターたち(すみっこにいるとなぜか落ちつく、というちょっぴりネガティブだけど個性的なキャラクターたち)が絵本の世界に迷い込んで冒険をする物語。スタート時に118館だったのがじわじわ拡大し、累計212館で上映されるという息の長い興行が続いています。

「『すみっコぐらし』は、アンチテーゼをやったなと思った。大ヒット中の『アナと雪の女王2』などに代表されるような派手なファンタジーアニメ大作のテイストではなく、極めてシンプルな装いのなか、感動的な要素も盛り込んだ話を展開してみせる。上映時間も短いし、ナレーションだけでぐいぐい話を進めていく作品スタイルも、アンチテーゼたるゆえんだ。こちらも、出来合いのマーケティングリサーチとは、全く違った着想から生まれた作品のように思う。映画に登場するキャラクターは、もともと女性層や子どたちに人気だった。そこを基盤に、今の時代が求めてもいるだろう優しい心持ちが話にまぶされたことで、アニメの動向に敏感な若い人たちのアンテナにも引っ掛かった。今も集客率が高いのは、口コミの威力が10億円を超えてなお、高い持続力を誇っているからに他ならない。『カメラを止めるな!』のときも感じたが、映画の魅力を宣伝の大小に影響されることなく、自分たちで発見していく映画の見方が定着してきたように思う。これも、とても重要なヒットだと言っていい」
『万引き家族』&『カメ止め』の次作は大苦戦
――是枝裕和監督の新作『真実』(10月公開、489館)と、上田慎一郎監督の新作『スペシャルアクターズ』(10月公開、148館)以下『スペアク』)は、18年に社会現象を巻き起こした両監督の前作『万引き家族』『カメ止め』に比べるとトーンダウンしてしまいました。
「『真実』は、いかんせん、劇場数が多すぎたと思う。俳優陣やテーマなどを考えても、やはり観客を選ぶ作品だ。結果論ではなく、是枝監督の前作『万引き家族』の大ヒットとは、切り離して興行を考えるべきではなかったろうか。監督は当然ながら、様々なテーマ、題材にチャレンジする。作品がその都度変わるように、中身に合わせて、公開形態も変わってしかるべきと思う。製作費など、いくら作品にお金がかかったとしても、見る側はあくまで中身に引かれて関心をもつわけだから、そこは履き違えてもらいたくない」
――『スペアク』はどうでしょう。
「残念ながら、興収で1億円に届かなかった。『カメラを止めるな!』がなかったら、新鮮な作品として受けとめられたのではないか。ただ、多くの人が、『カメ止め』の作品スタイルを知っている。二番煎じが嫌われたというより、同種類の作品スタイルをもった作品として関心が低下し、拒絶されてしまったのだろう。 1作目で支持された破れかぶれの映画に込めたエネルギーが、2作目ではなかなか維持できないし、今回、明らかに成功例の意味を履き違えたとしか言いようがない。ただ、作り方はいいし、映画は楽しめた。才能はある。だから、上田監督には全く別のテーマで撮らせてあげてもよかったのではないか。『カメ止め』監督が、こんなテーマで映画を作ったのかというような意表をつく予想外の作品だ。一風変わった恋愛ものなど、面白かったかもしれない。とにかく『真実』にしろ、『スペシャルアクターズ』にしろ、1つの成功例が次の作品でも似た展開になるかというと、現実はそれほど甘くはない。
2020年の注目は『Fukushima 50』
――2020年の注目作品は?
「『Fukushima 50』(20年3月6日公開、301館~350館予定)に期待したい」

――東日本大震災の際、福島第一原発に事故が起きた後も現場に残り、必死の作業を続けた50人の姿を描く、という同作ですが、どんな作品になっていますか?
「いち早く試写で観た。『Fukushima 50』は、原発事故の悲惨な現実を掘り下げていく過程で、作業に
その呼び名は、日本のメディアではなく、海外メディアがつけたことのなかに、原発事故をめぐるとてつもない問題の一つがあると思えるからだ。日本人はあのとき、多くのことを知らされていなかった。タイトルのことを、いち早く伝えたのは海外メディアだ。
映画を観ながら、事故の凄まじさはもちろんのこと、その知らされていないことに対して、言いようのない恐ろしさを感じた。命をかけて行動を起こし、原発を守り抜いた人たちがいた。頭が下がるといったレベルではなく、ただひたすらに感情の奥深いところを揺さぶられ、言葉さえ浮かんでこない。国民栄誉賞というものがあるのなら、この人たちにこそ与えられてほしかった。
『Fukushima 50』は、「新聞記者」とも共通点がある。それは、日本と日本人に対して、その根底部分で厳しい問いかけをしているからだ。『Fukushima 50』は、傑作とか力作とか、あるいは感動作とかといった評価軸を超えていると思う。この映画をめぐる評価において、大いなる論議が深まることを期待したい。日本のみならず、世界の多くの人々にも観てほしい作品である」
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『Fukushima 50』ギャラリー






解説:大高宏雄
映画ジャーナリスト、文化通信社特別編集委員。1954年浜松市生まれ。明治大学文学部仏文科卒業後、文化通信社に入社。現在に至る。1992年より日本映画プロフェッショナル大賞を主催。現在、キネマ旬報「大高宏雄のファイト・シネクラブ」、毎日新聞「チャートの裏側」、日刊ゲンダイ「「日本映画界」最前線」、ぴあ「映画なぜなぜ産業学」などを連載。著書は『興行価値―商品としての映画論』(鹿砦社)、『仁義なき映画列伝』(同)、『映画賞を一人で作った男 日プロ大賞の18年』(愛育社)、『映画業界最前線物語 君はこれでも映画をめざすのか」(同)など多数。
取材・構成:竹内みちまろ
1973年、神奈川県横須賀市生まれ。法政大学文学部史学科卒業。印刷会社勤務後、エンタメ・芸能分野でフリーランスのライターに。編集プロダクション「株式会社ミニシアター通信」代表取締役。第12回長塚節文学賞優秀賞受賞。