「稀代のワル」羽賀研二と戦い続けた“パパ”梅宮辰夫さんの素顔

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プロ野球選手の大魔神こと佐々木主浩が殿堂入りした際の祝賀パーティーに駆け付けた梅宮辰夫(’14年)

『仁義なき戦い』『不良番長』シリーズなど、数多くの映画やドラマなどに出演した俳優の梅宮辰夫さんが12月12日に、慢性腎不全のためにこの世を去った。81歳だった。

梅宮さんと言えば、妻のクラウディアさん、そして一人娘であるアンナのことを大切にする家族思いの“良きパパ”であった。

6年ほど前、梅宮夫妻とお食事をご一緒させて頂く機会があったが、そのときもクラウディアさんとの出会いの話やアンナの娘である孫の“子育て”話を楽しそうに話していたのが印象的だった。そして最後に、

「アンナのことで何かあったら、僕に直接電話してよ」

と言われ、ご本人の携帯電話の番号を教えて頂いた。昭和の大スターが初めて食事した週刊誌記者に自ら電話番号を教えることに、とても驚かされた。それだけ、梅宮さんが常にアンナのことを心配しているのと同時に、娘を守ろうとする父親の優しさを感じさせられた。

アンナと羽賀研二の熱愛がワイドショーを騒がせ始めたのは‘94年のころ。翌年には彼の借金返済のために企画されたヘアヌード写真が発売された。

長年、梅宮さんを取材してきた芸能レポーターの石川敏男氏は、その頃の騒動を振り返る。

「羽賀のお金の汚さにいち早く気付いていのが梅宮さんだった。だが、娘のアンナはゾッコンだったし、何を言っても聞いてもらえなかった。そのころ僕に対して“アンナには石橋を叩いて渡れと言っているんだけどなあ”って、涙ながらに話してくれましたね。羽賀のことは嫌いなんだけど、娘に言われればNOと言えないところがあった。それだけアンナのことが大好きだったんでしょうね。以前、病気の件で父親に代わりにアンナが会見するとき、梅宮さんに電話したんですよ。そのとき、“アンナはオーバーに言うからなあ”なんて言っていましたが、とてもうれしそうだった。親子の絆を感じましたね」

羽賀が沖縄でレストランをオープンするときは、開店記念に梅宮親子が招待され、マスコミも話題のカップルと梅宮さんを取材しようと集まってくる。だが、オープン前日になって羽賀は梅宮さんに、

「どうしても4000万円が足りない。これが無いと開店できない」

と言って泣きつき、マスコミを前に娘に恥を欠かせまいと思った梅宮さんは、保証人として判をついてしまうのだ。巧みに親心を利用し、借金をさせる。そんなことがあり、梅宮さんは羽賀のことを「稀代のワル」とマスコミに語ったのだろう。

そのようにして、梅宮家は羽賀のための借金がどんどんと増えていく。約5年間で二人の交際は終了するが、最近、アンナはテレビ番組で、羽賀のために8000万円もの保証人になっていたことを明かしている。

いつも、妻や娘のことを大切に想い続けた梅宮さん。天国からも、きっと家族の幸せを見つめ続けるのだろう――。

最愛の娘・アンナの結婚式では大粒の涙を流した(’01年)
  • 荒木田 範文(FRIDAYデジタル芸能デスク)

    埼玉県さいたま市出身。夕刊紙、女性週刊誌を経て現職。テレビやラジオなどにも出演中

  • 撮影原一平(1枚目)

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