是枝裕和監督が米アカデミー賞を獲る日

決して夢物語ではない

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新型コロナウイルスの感染予防で、「第32回日本アカデミー賞」(3月6日)の授賞式もすべての観覧を取り止め、規模縮小での開催となった(テレビ、ラジオでの放送は予定通り)。「第31回日本アカデミー賞」では7部門を獲得したのは是枝裕和監督の『万引き家族』で、18年のカンヌ映画祭では最高賞を獲得していた。翌19年のカンヌ映画祭で最高賞を受賞したのはポン・ジュノ監督の『パラサイト 半地下の家族』。こちらは、なんと本家アメリカのアカデミー賞で作品賞をはじめ4冠に輝いた。

その快挙を祝しつつも、日本が、日本人がアカデミー作品賞を獲る日は来るのだろうか?という想いもよぎる。映画評論家の江戸木純氏がポン・ジュノの成功の背景と日本人監督の可能性について考察する。なお、文中に登場する作品はどれも傑作揃いだ。新型コロナウイルス対策で家籠りになった際は、鑑賞してみるもの良いかもしれない。

『パラサイト 半地下の家族』でアカデミー作品賞をはじめ4冠に輝いたポン・ジュノ監督(2020年2月9日)  写真:ロイター/アフロ

今年のアカデミー賞でポン・ジュノ監督の韓国映画『パラサイト 半地下の家族』が、国際長編映画賞(外国語映画賞)のみならず、監督賞、脚本賞、そして作品賞まで独占したのは、映画史に確実に残る快挙といえる。ドナルド・トランプが本気で怒るくらいだから、この痛快なる衝撃は、アメリカでも相当なものだろう。

だが、ポン・ジュノは、別にアメリカのアカデミー賞に発見されたわけではないし、この映画でいきなり世界的な映画監督になったわけでもない。アカデミー会員の増加と多様化はもちろん影響しているが、この受賞にはポン・ジュノが長い年月をかけて築いてきた実績と国際的知名度という下地と、それをしっかり後押しする韓国映画界の国際戦略があった。何より、『パラサイト~』でカンヌ国際映画祭のパルム・ドール(最高賞)を取った時点ですでに、ポン・ジュノは今年のアカデミー賞に最も近い非英語圏の映画監督となっていたのである。

ポン・ジュノが最初に世界に衝撃を与えたのは、03年の第2作『殺人の追憶』だった。この傑作スリラー1本で圧倒的な国際的評価を獲得した彼は、続く『グエムル 漢江の怪物』(06)でVFXを駆使したモンスター・パニックというエンタテインメント大作に挑戦、さらなる興行的成功を収めて、マニアックなファン層を世界的に拡大させた。その後、『母なる証明』(09)がカンヌ国際映画祭のある視点部門で上映されるなど、数多くの映画賞を受賞して国際的な巨匠としの地位を確立すると、13年には総製作費40億円を超える国際キャストを起用した英語による世界市場向けSF超大作『スノーピアサー』を発表する。

こうした世界進出を実現させたのが、初監督作から彼をサポートし、世界に売り出してきた韓国の映画会社CJエンタテインメントだった。同社は『シュリ』(99)、『JSA』(00)などのヒットで韓国映画界を活性化させ、その国際化を積極的に進めてきた立役者である。

さらにポン・ジュノは、17年にいち早く配信大手Netflixと手を組み、オリジナル映画『オクジャ』を発表、同作はカンヌのコンペティションに選ばれ、その直後に世界同時配信された。

そんな先見性や柔軟性も含め、話題に事欠かない“ポン・ジュノ”という名前は、最先端の世界的映画作家として認知され、またクエンティン・タランティーノはじめ映画界の著名インフルエンサーたちの熱い支持も相まって、アメリカの観客や業界人にもしっかりと浸透し、アカデミー賞の土俵にあがる基礎は固まっていた。ただ、ここにたどり着くまでには15年以上の歳月が必要だったのである。

ちなみに、ここに挙げた『殺人の追憶』、『グエムル 漢江の怪物』、『母なる証明』、『スノーピアサー』、『オクジャ』を順番に見てみると、ポン・ジュノ監督の進化と国際化が一目瞭然だし、『パラサイト~』でも描いた、社会における格差やグループ間の摩擦と衝突が、世界に繰り返し、問い続けてきた彼の大きなテーマであることがよくわかる。時代が彼にマッチした、運とタイミングも受賞の重要なポイントだろう。

ところで、アカデミー賞とは何か。日本では世界最高の映画賞とか、品質保証の国際的お墨付きと勘違いされている向きもあるが、この賞はあくまでもアメリカの映画業界人が彼らの基準で、アメリカで公開された映画に投票し、多数決で決める功労賞のようなものだ。だから当然、それを獲るにはアメリカの映画業界における貢献度や認知度、業界内の人気、さらにはプロモーションやロビー活動など受賞のためのテクニックが必要となる。

『イングリッシュ・ペイシェント』『恋におちたシェイクスピア』など、今やセクハラ・スキャンダルで凋落したハーヴェイ・ワインスタインが立上げ、一斉を風靡したミラマックス社関連作が、90年代後半から数多くのアカデミー賞を獲得したのも、作品の力と共にそうしたキャンペーン戦略の成果だった。

今回の場合、もちろん戦略を仕切ったのはポン・ジュノというより、CJエンタテインメントであり、アメリカの配給会社ネオンだろう。アカデミー賞はおそらく最もビジネス的に効果が期待できる、つまり儲かる賞だ。だからこそ、各社は水面下で熾烈なキャンペーン競争を行う。特に、基本的には英語以外の映画をほとんど見ない大部分のアカデミー会員にいかに韓国映画を見てもらい、さらに投票してもらうのは、相当の努力が必要だったハズだ。

では、韓国映画が成し遂げたこの快挙、日本の映画にも出来る可能性はあるだろうか? もちろん、それは容易なことではなく、何年かかるかはわからない。だが、幾つかの条件をクリアし、それに見合う作品が製作されれば、可能性は十分にあるし、日本にもポン・ジュノと肩を並べる才能だって間違いなく存在する。

今の日本映画界を見渡したとき、経験と世界的な知名度、国際映画賞の受賞実績を併せ持つ存在として、その監督作がアカデミー賞作品賞受賞の可能性が最も高いのは、やはり是枝裕和だろう。

『真実』の是枝裕和監督。カトリーヌ・ドヌーブ(右)、 ジュリエット・ビノシュと共に「第76回ヴェネチア国際映画祭」のレッドカーペットに(2019年8月28日) 写真:REX/アフロ

01年に『DISTANCE』で初選出以来、カンヌ国際映画祭の常連として数多くの作品を出品、『誰も知らない』(04)では柳楽優弥が主演男優賞を受賞、『そして父になる』(13)が審査員賞受賞、『万引き家族』(18)でついにパルム・ドールを獲得して国際的巨匠としての知名度は世界的なものとなり、最新作『真実』では日仏合作のフランス語(一部英語)映画を監督している。そもそも、カンヌ国際映画祭のコンペティションに選ばれること自体、簡単なことではない。アカデミー賞と同じく、そこにたどり着くまでには、かなりの努力、人脈、戦略が必要なのだ。

国際的な知名度があり受賞歴も豊富で、“家族”や“社会”という世界に共通する普遍的なテーマをしっかり描いてきたことからも、アカデミー賞の土俵にあがる資格は十分整っているといえるだろう。

そこで必要となってくるのがやはり、英語圏やアメリカ市場での実績ということになる。アカデミー賞レースへの出馬にはそこが重要な鍵となる。

問題は、是枝監督に、ポン・ジュノにとってのCJエンタテインメントのようなビジョンを持った豪腕なプロデューサーやサポーターが存在するかだ。正直、日本の映画会社やテレビ局、投資家にそれを求めても難しいだろう。

だが、勢いに乗るNetflixにならできるかもしれない。是枝裕和の実績と知名度があれば、国際的な有名俳優を集めることは可能だし、その新作にNetflixが資金提供する可能性も十分考えられる。

あらためて説明する必要もなく、Netflixは昨年『ROMA』でアカデミー賞外国語映画賞、監督賞、撮影賞を受賞して作品賞まであと1歩だったし、今年も『アイリッシュマン』や『マリッジ・ストーリー』などで、製作会社としては最多の24もの賞にノミネートされて台風の目となった。当然、来年以降に向けてアカデミー賞作品賞狙いの施策や企画を確実に検討しているはずだ。

近い将来、是枝裕和×Netflixでアカデミー賞を狙う、という企画が実現したとしても何の不思議もない。というより案外ありえる話ではないだろうか。

園子温監督。『ヒミズ』でW主演の染谷将太と二階堂ふみが「第68回ヴェネツィア国際映画祭」で「マルチェロ・マストロヤンニ賞」(新人俳優賞)を受賞(2011年9月10日)  写真:ロイター/アフロ

是枝裕和に続く名前としては、すでにNetflix配信作品を多く手掛け、国際映画祭でも知られる園子温や、国際映画祭での受賞も多く一部で熱狂的信者を持つ塚本晋也が挙げられる。また、ギレルモ・デル・トロ(『シェイプ・オブ・ウォーター』)が獲れるなら、『惡の華』で見事な演出を見せた井口昇にだって可能性はあるだろう。実績としてはこれからだが、商業映画デビュー作『寝ても覚めても』でいきなりカンヌのコンペに選出された濱口竜介も世界的に注目されている。

一方、アニメーションのジャンルでは日本はすでに世界と対等に、というより完全にリードしながら闘っている。アニメーション作品で長編アニメーション賞だけでなく作品賞も同時に狙うという荒業だって、もちろんありだ。

いずれにせよポン・ジュノと韓国映画界の快挙は、間違いなく世界中の非英語圏の映画監督に勇気と希望を与え、大きなエネルギーとなった。日本の若い監督たちも、ぜひどんどん世界を目指し、しっかりと名前を売って、積極的に挑戦して欲しい。と同時に、彼らをサポートする国際的視野と戦略、なにより豊富な資金力を持った、芸術の理解できる日本人プロデューサーの登場も急務といえる。

塚本晋也監督(左)。「第28回世界文化賞受賞式」(2016年10月18日)で俳優イッセー 尾形、名監督 マーティン・スコセッシと共に   写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ

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  • 江戸木純

    (えどきじゅん)映画評論家、プロデューサー。週刊現代、VOGUE JAPAN、映画.com等に執筆中。

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