製作から60年 史上最低映画『プラン9〜』が世界で人気の秘密

ティム・バートンも惚れた! 凡庸と稚拙のスペクタクル『プラン9・フロム・アウタースペース』は、 涙なしには見られない哀愁に満ちた傑作だ。(江戸木純:映画評論家)

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アメリカの映画評論家ハリーとマイケルのメドベッド兄弟とランディ・ドレイファスの3人は、映画史に残る最低映画をまとめた『史上最低の映画50本(THE FIFTY WORST FILM OF ALL TIME)という書籍を出版した(1978年)。3人はその本の読者に“史上最低映画”の投票を呼びかけ、その結果を1980年にメドベッド兄弟が出版した『ザ・ゴールデン・ターキー・アワーズ(THE GOLDEN TURKEY AWARDS)で発表した。

『プラン9・フロム・アウタースペース』  ©Legend films.

そして見事、圧倒的得票率で“映画史上最低の映画”に選ばれたのが『プラン9・フロム・アウタースペース』(59)、さらに同書で“映画史上最低の映画監督”として選出されたのが『プラン9・フロム・アウタースペース』を撮ったエド・ウッドことエドワード・D・ウッド・Jr.だった。同書がつけた“史上最低”の称号によって『プラン9・フロム・アウタースペース』とエド・ウッドは、決定的な知名度を得るようになっていった。

さらに1994年、ティム・バートン監督はエドワード・D・ウッド・Jr.の半生を笑いと涙で描いた『エド・ウッド』(94)を発表。人気俳優ジョニー・デップがエド・ウッドを演じ、クライマックスでは『プラン9・フロム・アウタースペース』(59)の製作秘話が描かれた同作は大評判となり、エド・ウッドと『プラン9・フロム・アウタースペース』の知名度はさらに国際的なものとなり、90年代後半以降、エド・ウッドの再評価と関連作品の再上映が世界各地で頻繁に行われることになった。

そもそも『プラン9・フロム・アウタースペース』とはいったいどんな映画なのか? 映画は1956年に撮影され、57年に完成披露試写と著作権登録が行われた。その際の題名は“GRAVE ROBBERS FROM OUTER SPACE(外宇宙からの墓泥棒)”だった。ただ、完成はしたものの、あまりの出来にしばらく配給会社が決まらずお蔵入り。59年7月にようやく配給が決まり、“PLAN9 FROM OUTER SPACE(外宇宙からの第9計画)”と改題されて正式に劇場公開されたが、興行はまったくの惨敗で、配給会社はテレビ放映権を二束三文でテレビ局に売却してしまう。

しかし、それによって同作は、60年代から70年代にかけて全米の深夜放送で何度もリピート放送されることになり、その愛すべきヒドさがマニアの間で話題を呼び、しだいにカルト的人気作となっていった。“最低な映画”として『死霊の盆踊り』(65)も人気だが、世界的には“映画史上最低の映画”といえばまず、この『プラン9・フロム・アウタースペース』が挙げられる。

『プラン9・フロム・アウタースペース』  ©Legend films.

〔批評サイト0点の『死霊の盆踊り』 傑作ダンス映画として再発見!(江戸木純)を読む

アメリカの各地で空飛ぶ円盤が目撃される。それは、軍拡競争で自滅の道をたどる人間たちに警告するために外宇宙からやってきた宇宙人の乗った円盤だった。宇宙人は合衆国政府にコンタクトを試みるが、軍上層部は平和のメッセージが理解できずに拒絶、逆に円盤を攻撃してしまう。

宇宙人は仕方なく、墓場に眠る死者を次々と蘇らせて、その科学力を誇示することで人間たちに力の差を思い知らせ、軍拡を止めさせようとする作戦<第9計画>を発動する。だが、宇宙人のメッセージは結局地球人には伝わらず、円盤に乗り込んだアメリカ人の直情的な暴力に屈して宇宙人は退散する…。というホラーなのかSFなのか、怖がらせたいのか、笑わせたいのかハッキリしない奇妙な物語。脚本ももちろんエド・ウッド自身が手掛けている。

繰り広げられるのは、目的も方法論もあいまいな宇宙人の無駄な努力単細胞で好戦的なアメリカ人の噛み合わないやりとり。

こねくり回してバカバカしくも意味不明になった台詞の羅列、演技力皆無の台本棒読み、動きの鈍い超ダイコン演技、アルミの灰皿を紐で吊るしただけのようなUFOがゆらゆらとスクリーンを浮遊する哀しいくらいにチープな特撮に、明らかにダンボールか何かの張りぼてで作った墓石や宇宙船内などの薄っぺらなセット、まるで小学生の学芸会レベルのダサい衣装…、それらの波状攻撃に見る者は最初途方に暮れるものの、その芸術的なまでの凡庸さと稚拙さは、映画全体に不思議な哀愁を漂わせ、映画ファンの母性本能をじわじわと刺激して、やがて誰もがこの最低の映画を愛さずにいられなくなっていく。

『プラン9・フロム・アウタースペース』  ©Legend films.

何より凄いのは、このヒドさには、奇をてらったり、受けを狙ったりした部分がまるでなく、俳優も監督も、ただひたすら一生懸命、真面目に映画を作ろうとした中で生まれた、極めて純粋な凡庸と稚拙のスペクタクルだということ。そこには、マイホーム・パパが愛を込めて家族を写したホーム・ムービーに近い痛みに満ち、カラオケ大会で熱唱する素人の歌自慢の晴れ舞台に通じる哀しさに溢れている。だからどうしても憎めない。それどころかとてつもなく愛おしい。

あまりにも緩い演出からはそう簡単には読み取れないものの、好意的に何度か見ていくと、実はこの映画に込めたエド・ウッドのメッセージもなんとなく見えてくる。それはエド・ウッド作品の一貫したテーマである「理解されない異形な者の哀しみ」だ。地球人と宇宙全体を救いに来た友好的な宇宙人が、英雄気取りの愚かなアメリカ人に撃退されてしまう姿は、実はとても切なく哀しい。

それは、ゲイではないが女装が大好きで、アンゴラのセーターを愛好し、処女監督作『グレンとグレンダ』(54)では自ら服装倒錯者を演じたエド・ウッドの最も顕著な作家的メッセージでもある。また、『プラン9・フロム・アウタースペース』が描いていた、「コミュニケーションや相互理解の不在が悲劇と争いの元凶」であるという真実も、実は第三次世界大戦勃発の危機さえ漂ってきた世界の今そのものだ。

SFでいえば『2001年宇宙の旅』(68)や『猿の惑星』(68)、 『ブレードランナー』(82)などなど、ホラーでいえば『フランケンシュタイン』(31)から『ゾンビ』(79)まで、映画史に残る傑作SF&ホラーが描いてきたのも「コミュニケーションや相互理解の不在」だった。ほんのもう少し、エド・ウッドに才能といい物を作る根気があれば、この映画は違った評価を受けていた可能性だって、なくはない。

『プラン9・フロム・アウタースペース』  ©Legend films.

“映画史上最低の映画”『プラン9・フロム・アウタースペース』が、徹底的にヒドく、ダメな映画なのは誰の目にも明らかだ。だが、この映画がそれを超えて今もなお愛され続けるのは、これが、運も才能も天に与えられなかったものの、確固たるメッセージを真摯に伝えようとし続けた、紛れもない映画作家のすべてをかけた集大成とも言うべき執念の作品だったからなのだ。

『プラン9・フロム・アウタースペース』はもともとモノクロ作品だが、今回上映されるのはデジタル・カラライズにより全編着色された天然色版。1:1.85のアメリカン・ビスタサイズでの上映も含め日本初上映のバージョンとなる。映画の持つ愛すべきヒドさと哀愁が見る者に色鮮やかに迫ってくる

世界は、一握りの天才と、理解されることのほとんどない、ごく普通の者たちでできている。エド・ウッドの映画の真髄に共感し、愛し、楽しみ、涙することができるのは、私たち天才でない者たちの特権なのである。

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『プラン9・フロム・アウタースペース』  ©Legend films.
  • 江戸木純

    (えどきじゅん)映画評論家、プロデューサー。週刊現代、VOGUE JAPAN、映画.com等に執筆中。

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