西武で初勝利・内海哲也 巨人出戻りで「与えられるポジション」

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西武移籍直後『FRIDAY』の取材に答えた内海。「心機一転、ライオンズで活躍したい」と話していた

「なんにも活躍できず本当にツラい思いをしてきたので、ようやく勝てたなと。ただただ嬉しかったです」

9月2日のロッテ戦後、内海哲也(38)は笑顔で報道陣に語った。今季2度目の一軍マウンドで、西武移籍後の初勝利。実に743日ぶりの白星だ。だが内海が、厳しい状況にいることに変わりはない。

「19年に巨人へFA移籍した炭谷銀仁朗の人的補償で西武入りするも、故障続きで移籍1年目は一軍登板なし。昨年8月の古巣・巨人との二軍戦では、1死もとれず8失点でノックアウトされました。

一軍初登板となった今年8月22日のオリックス戦では好投しましたが(6回4失点ながら被安打3)、辻発彦監督が試合後『思ったよりいけるな』とコメントした通り、想定外だったのがわかります。ボールに全盛期のキレはなく、大きな活躍は期待できないでしょう。球団は若手を起用したい方針です。内海が目標とする40歳まで、西武のユニフォームを着続けられる可能性は高くないと思います」(スポーツ紙記者)

力の落ちつつある40歳近いベテラン。西武を戦力外となれば、どこの球団も獲得に手を上げないと思われるが……。

「唯一可能性がある球団があります。巨人です。内海は巨人で6度の2ケタ勝利、2度の最多勝利をあげた大功労者です。引退への花道を用意することは、十分考えられます。

西武へ移籍する際、当時の石井一夫球団社長は、こう語っていました。『今後はライオンズで子どもたちの憧れとして活躍してもらい、いつの日か、ジャイアンツに戻ってくれることを期待します』と。また内海本人も『一回りも二回りも大きくなってジャイアンツに戻ってこられるようにしたい』と話していました」(同前)

オリックスの1位指名を蹴って貫いた巨人愛

プロ入り前から、内海の巨人に対する愛情は強い。敦賀気比高(福井県)時代の00年、オリックスのドラフト1位指名を受けるも拒否。東京ガスに入社して、03年に自由獲得枠で巨人へ入団したのだ。『FRIDAY』が19年1月に行ったインタビューでは、巨人を去る際の複雑な心境を、本人がこんなエピソードとともに紹介していた。

「(西武への)移籍が発表された当日に巨人の球団事務所にお別れの挨拶に行くと、多くの方に集まっていただいて……。悔しさというより長年プレーした球団を去る寂しさで、涙がボロボロこぼれ止まらなくなってしまった……。おかげで、うまく挨拶できませんでした」

巨人にも、内海に頼りたい事情がある。

「原辰徳監督の3年契約の任期が、来季で終わります。次期監督の最有力候補が、阿部慎之助(現・二軍監督)です。阿部は現役時代、長年にわたり内海とバッテリーを組んできました。阿部の性格や心情を理解し、公私にわたり仲が良かったのが内海なんです。

内海は坂本勇人や長野久義(現・広島)ら、他の選手にも人望がありました。投手、野手とはず食事に誘い、悩みがあれば相談に乗っていた。長年ジャイアンツをまとめていたのだ内海だったんです。当時から、将来の幹部候補だったんですよ。阿部政権が実現すれば、内海は一軍投手コーチや二軍監督など、重要なポジションが与えられると思います」(球団関係者)

巨人のエースとして活躍しながら、ここ数年は結果を出せず苦しみ続けた内海。栄光と挫折の経験は、若手選手への指導に活かされるはずだ。

  • 撮影小松博之

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