87年6月20日 マドンナ「突然の東京コンサート中止」の蜃気楼 | FRIDAYデジタル

87年6月20日 マドンナ「突然の東京コンサート中止」の蜃気楼

細田昌志の芸能時空探偵④

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87年6月1日、後楽園球場で公演を行ったマドンナ(時事フォト)

「穴埋め」という言葉がある。「足りないところや欠けているところを補う」という意味だが、「償いをする」という意味もある。筆者が耳にするのは主に後者で「この穴埋めはいつか」とこれまで何度か言われたが、さほど実現した試しがない。

34年前の1987年6月11日、アメリカの歌手、マドンナが初めて来日した。ワールドツアー「フーズ・ザット・ガール・ツアー」全41公演に日本も含まれ「6月14・15日・大阪球場/6月20・21・22日後楽園球場」という5日間の日程が組まれたのである。

特筆したいのは、梅雨の季節にもかかわらずチケットに「雨天決行」とあったことだ。このとき日本にドーム球場はまだなく、さいたまスーパーアリーナはもちろん、横浜アリーナすらなかった。国内最大の屋内会場は大阪城ホール、都心だと日本武道館となる。

すなわち、降雨のリスクを負ってでも、5回の公演で万単位の観客を動員するには、屋外のスタジアム以外なかったということだ。マドンナを招聘した主催のキョードー東京は「日本人は雨でずぶ濡れになろうと、マドンナのステージを観る覚悟と我慢強さがある」と踏んだことになる。

事実、3月に日本公演がアナウンスされると問い合わせが相次ぎ、5月8日から郵便振替による申し込みが始まると、5日間14万5千人の定員に対し32万通の応募が殺到。チケットは瞬時にソールドアウトした。

このとき筆者は15歳の高1。正直なところこの件にさほどの関心がなかった。唯一気になったのは『プロ野球ニュース』などに映る大阪球場がいかにも古めかしく、2年前に家族で大阪旅行をした折、その外観を目の当たりにして「よく、こんな古い球場でプロ野球の公式戦が出来るなあ」と思ったくらいだった。今なら「風情がある」とか「ペーソスを感じる」と解釈するむきもあろうが、当時はそれを感じ取る嗅覚に乏しかった。

余談になるがこの2年後、筆者はプロレス団体・新生UWF「前田日明対クリス・ドールマン」観戦で、初めて大阪球場に足を踏み入れている。老朽化は想像以上だったが「これはこれで悪くない」と思ったものだ。

ともかく、マドンナの大阪公演は2日間で5万人の観衆を呑み込み、降雨はあったが大事に至らず、トラブルと言えばA席6500円を30万円で売っていたダフ屋が逮捕されたことと、宿泊先の全日本シェラトン大阪(現・ANNクラウンプラザホテル大阪)に集まった300人のファンが「ライク・ア・ヴァージン」を真夜中に合唱したくらいで、まずまずの滑り出しとなった。あとは東京での3公演を残すのみとなる。

日本酒を呑むなど束の間の京都旅行を愉しんだマドンナは、上機嫌で新幹線に乗り込み、午後7時46分、屈強なボディーガード10人を引き連れ、超厳戒態勢の東京に入った。宿泊先は虎ノ門のホテルオークラ。一泊35万円のスイートルームがあてがわれ、完全休養日に充てられた翌日も、朝からアークヒルズ周辺を一時間のランニング。さらに、コム・デ・ギャルソンに現れると青山一帯がパニックになった。さながら台風だった。

しかし、雲行きは次第に怪しくなる。ホテル周辺をランニングするマドンナにレンズが向けられると、あからさまに不機嫌な様子を見せ始めたのである。2日間のオフを終え、19日に「日本ゴールドディスク大賞」の壇上に現れたマドンナは、500人の報道陣を前に「これ以上盗み撮りをしたら私は許さない」「私も昔は悪かったんだから気を付けてね」と凄んでみせた。

このときの新聞報道を、後年国会図書館で閲覧した筆者の脳裏をよぎったのは「マドンナですら『昔は悪かった』という往年のワル自慢をするのか」ということだった。

「昔、俺は悪かった」「あたしは昔はやんちゃだった」と豪語する著名人は今も後を絶たない。「それはいつから始まったか」という疑問は判然としないが一つ思い当たるのが、同じ87年のこの時期、ベストセラーとなっていた小説『塀の中の懲りない面々』(文藝春秋)である。

「前歴はやくざ」という著者安部譲二への関心も相俟って、この自伝的小説はちょっとした社会現象となっていた。この年の「新語・流行語大賞」は「懲りない面々」が大賞を受賞している。つまり、にわかに起こった「空前の安部譲二ブーム」がきっかけとなって「昔のワル自慢」が市民権を得た気がしないでもない。

しかし、驚くのはそのことより、マドンナの感情の起伏と比例するように、実際の雲行きまでおかしくなってしまったことだ。

19日未明より関東地方は、台風並みの強風が吹き荒れ、各地で被害が相次いだ。
それでも、誰一人として公演の可否を疑う者はいなかった。チケットに「雨天決行」とはっきり印字されていたからで、その上、A席5千円とジャンボ席4千円が当日券として販売されると聞いたファンは、豪雨と強風にひるまず徹夜で並んだ。この時代の日本人は現代とは比較にならないほど根性が座っていたのは間違いない。

そして、運命の20日。少雨と強風の吹く中、昼過ぎから続々とファンが集まった。この日は土曜日、いつも以上に出足が早く、午後3時過ぎには1万人のファンが水道橋・後楽園周辺を埋めつくしていた。

しかし、開場予定の午後5時になってもゲートは開かず「強風のためステージの設営が遅れています。開場をしばらく見合わせています」というアナウンスが流れた。5時半にもなっても6時になってもゲートは開かない。人は続々集まる。アナウンスは流れる。それでもゲートは開かない。開演は午後7時。それでも開かない。水道橋・後楽園周辺は異様な空気に包まれた。

そして、午後6時35分、主催のキョード東京は後楽園球場に集まった約3万人のファンに、無情にもこう言い放った。

「申し訳ありませんが、本日のコンサートは悪天候のため中止とさせていただきます」

開演20分前にまさかの中止発表である。ただでさえ苛立っていた3万人の不満が爆発したのも無理はない。何せ「雨天決行」なのだ。

「ふざけんなー」「やれー」「マドンナを出せー」と3万人が口々に騒ぎ始めた。ガードマンや学生アルバイトが抑えに入っても、なんら効果はなかった。彼らが「マドンナはここにはいません」と言うと「だったら呼んで来い」と言い返し「強風のため」と言うと「だったらお前らで押さえろ」と激怒した。抗弁は火に油を注ぐようなものだった。

そして、恐れていたことがついに起きた。暴徒化した一部のファンが1番ゲートを壊し始めたのである。これには機動隊を出動させるほかなかった。不幸中の幸いだったのは、逮捕者が出なかったことだ。ちなみに、午後8時には降雨も強風も止んでいた。

それでも、やり場のない怒りをぶつけようと、200人のファンは虎ノ門に移動。ホテルオークラに押し掛け「マドンナを出せ」と詰め寄るなど小競り合いは深夜まで続いた。後日、47歳の会社員の男性が主催に名を列ねた東京放送を相手取り、慰謝料8888円と再演要求を東京簡易裁判所に申し立てを行っている(翌年、すべての訴えは却下されている)。

「マドンナを出せ」「マドンナ出て来い」「マドンナが出るまでここを動かん」と、一夜にして目の敵にされたマドンナだったが、この夜、公演中止が決まると早々にホテルを脱出し、南青山のイタリアンレストラン「エルトゥーラ」に現れた。『FRIDAY』(1987年7月10日号)は《思わぬ公演中止でTOKYOの夜をまんきつした》と伝える。

結局、20日のコンサートは中止となったが、21・22日は予定通り行われ、大阪公演と同じく全16曲、1時間23分のステージをこなした。スポーツ紙は前日の騒ぎが嘘のように、田原俊彦や早見優が訪れた様子を報じている。

事の分別がよく判っていなかった15歳の筆者にさえも、ファンの無念さは伝わった。「ダフ屋から10万も出して買ったのに」と泣き叫ぶ女性ファンに至っては、「ダフ屋も一端のやくざなら、金を返してやるくらいの義侠心はないのか」と憤慨した。また、痛痒を抱いたことで、無関心だったコンサートを身近に感じるようになったのも事実である。

とにもかくにも全日程を終え、翌日都心を離れたマドンナは、成田に向かう道中の酒々井サービスエリアで、やっぱりレンズを向ける報道陣に中指を立てて日本を後にした。

後日のことになる。筆者がぼんやりと記憶するのは、同じ年の四月に始まった『デーモン小暮のオールナイトニッポン』で、この件を採り上げたデーモン閣下が「もし、マドンナが穴埋めする気があるなら、我々のミサの場を提供してやらないこともない」と言ったことである。

このプランを一聴した田舎の高1は「聖飢魔Ⅱとマドンナはどことなく似ている」と両者の親和性に首肯しつつ、聖飢魔Ⅱとのジョイントによるマドンナの穴埋め公演を密かに期待したが、実現はしなかった。(敬称略)

  • 細田昌志

    ノンフィクション作家。1971年岡山市生まれ。鳥取市育ち。サムライTVキャスターをへて放送作家に転身。テレビやラジオを担当しながら、雑誌やWEBに寄稿。著書に『坂本龍馬はいなかった』(彩図社)、『ミュージシャンはなぜ糟糠の妻を捨てるのか』(イースト新書)、近著に『沢村忠に真空を飛ばせた男/昭和のプロモーター・野口修評伝』(新潮社)がある

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